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第六話

 リーザと約束を交わした後も、三人で何を話すでもなく取り留めの無い話をした。

 まあエステアは主に俺への厳しい突込みだったが……。

 どうやらエリスの町はイーリスという女神を祀っている他に、商業の盛んな街としてもこの地方では有名らしい。海に近い立地も相まって街として貿易でも利益を上げているようだ。

 そういえばお金を稼ぐことも考えないとな。一文無しのままでは飢えて死んでしまう。

 しかし、俺みたいなのでも雇ってくれるところはあるのだろうか?

 そんなことを考えていると、馬車の速度が徐々に緩む。どうやらエリスの街に到着したみたいだ。


「エリスの町に到着したみたいよ。私達はこれから歩いて学園の方に向かうから、コータも着いて来て。そこで会わせたい人がいるの」

「わかった」

 会わせたい人というのはさっき言っていた神聖魔法の適正を判断してもらうことに関係する人なのだろうか? どちらにせよ俺には着いていくことしかできないし、神学を学ぶ異世界の学校についても興味があったので二つ返事で了承を返す。


 馬車を降りて辺りを見回すと、確かに商業が盛んな街というだけあって大勢の人が通りを行き来していた。

 凛も俺の肩に乗って辺りを珍しそうに見回している。

 建物の数も大小様々だがたくさんあり、通りの両端にはずらりと屋台がならんでいる。

「ちょっと! あんた、その格好じゃ目立つからこれでも着てなさい。後あんまりきょろきょろしないでよ、みっともない」

 エステアが忙しなく辺りを見回している俺に向かって、祭服の一部であるローブを投げてよこす。

 スウェットにジーンズという出で立ちだが、やはりこちらの世界だと地球の服は目立つのだろう。

 大きさがリーザやエステアの物より大きいな、男物の予備だろうか。

「あ、ありがとう」

 そう言って俺は今来ている服の上からそのローブを纏う。

 ローブを纏う間は凛が俺の頭の上に退避している。地味に爪が刺さって痛い。

「別に……。その服じゃあ目立つし、こっちが恥ずかしいから渡しただけよ」

 そういってプイっと顔をそらすエステア。

 こ、これは! ツンデレフラグというやつか!?

「クスクスッ」

 そんなエステアを見てリーザが可笑しそうに笑っている。

「何よリーザまで! 本当に目立つのが嫌なだけで何でもないんだから!!」

 なんだか微笑ましい物を見た気がして俺も笑顔になった。

「……あんた何見てんのよ、気持ち悪い。それ以上その気持ち悪い顔でこっちを見たら股間を蹴り上げるわよ」

 こちらを鋭い眼光で睨むエステア。俺の股間のリトルボーイが縮み上がった気がした。

 フラグは立つ前にへし折れたようだ。


 その後エルミナ学園を目指して三人で歩いていると、不意に道の端から怒声が聞こえてきた。

「この邪教信者め! この街からさっさと立ち去れ!」

「そうだそうだっ! 汚らわしい!!」

「卑しい異教徒め、穢れた神を崇拝する者などこの世から消え失せろ!」

「……」

 声のする方を見てみると頭まですっぽりと黒いローブを纏った人物が、大人数人に囲まれて罵声を浴びせられていた。

 一方罵声を浴びせられているローブの人物は黙り込んで特に反応がない。

「あいつらまたやってんの? 異教徒だからって集団で罵倒してなに考えてんのかしら……」

 エステアが眉間に皺を寄せながら苦々しい口調で、声のする方向を見つめる。

 俺はその光景を見て、心臓が鷲掴みされたかのように息ができなくなる。

 いじめられていた時の嫌な記憶がフラッシュバックして、どんどん血の気がどんどん引いていく。冷たい汗が体から噴出す。

 いつの間に俺の肩から降りたのか、凛が正面からじっと俺のことを見つめている。

 ……やめろ……見るな……俺のことを見ないでくれ……。

「この街にはイーリス以外の神様を信仰する人たちもいるのだけれど、この街はイーリスの信仰がとても厚いから、残念だけれど行き過ぎた人たちがああいう風に他の神の信者の人達に絡んだりすることがあるの。……コータ! 顔色がすごく悪いけど大丈夫!?」

 リーザが俺に話しかけてくれたが、俺は既に足元がおぼつかず立っているだけで精一杯だった。

「おいっ、こんなやつぶっ飛ばしてやろうぜ!」

「そりゃあいいな! 賛成だ!」

 会話がどんどん物騒な方向に流れていく。

 俺はローブの人物に過去の自分を重ね、自分が言われているかの様な錯覚に見舞われて吐き気がこみ上げてくる。

「ちょ、ちょっと、あいつらやりすぎよ! 私止めてくる!!」

「エステアっ! 危ないわ!」

「大丈夫だって! リーザはそこの役立たずを見てて!」

 エステアが男達を止めようと駆け出すが、既に一人の男が腕を大きく振りかぶっており、その拳がローブの人物に襲い掛かる。

「おらぁっ!」

 しかし、まさに男の拳がローブの人物にぶつかる瞬間、ローブの人物はその攻撃をまるで見切っているかのように身を傾け寸でのところで交わすと、攻撃を交わされよろける男の鳩尾に膝蹴りを見舞った!

「うごぇっ」

 男は想定していなかった反撃に、つぶれた蛙のようなうめき声を上げその場にうずくまる。 

 俺は自分を投影していたローブの人物が、自分の予想とはまったく違う結末を迎えたことに驚いた。

 一連の動きで頭を覆っていたローブが捲れ、きれいな銀髪の髪と特徴的な褐色の肌が露わになる。ローブの中の人物はリーザやエステアと同じぐらいの年の女の子だった。

 俺はその女の子から目を離すことができなかった。

「こ、こいつ! やりやがったな!!」

 仲間をやられた男達が逆上し、次々と襲い掛かろうとする。


「ちょっとあんた達、何やってんのよ!!」

 そこでエステアが大きな声を上げる。

「なんだぁてめぇ、こいつと一緒に殴られてぇのか!?」

「お、おい、やめとけ……こいつエルミナの生徒だ」

「マジかよ……ちっ、しょうがねぇなずらかろう」

 男達はエステアがエルミナの生徒だと分かると、うずくまっている男に肩を貸し、気まずそうな顔をして足早に去っていった。

 その後、俺も何とか持ち直したためリーザにもう大丈夫だと伝え、エステアの元に行かせる。

 そして俺も凛と共にリーザの後を追って、ゆっくりとエステア達の方へ向かった。

「エステアっ、急に飛び出していくから心配したのよ! あの、あなたも大丈夫ですか?」

「リーザ、ごめん。あんた、大丈夫? まあ手助けする必要も無かったかもしれないけど」

 リーザとエステアが銀髪の女の子に声をかける。

「……イーリスの信者か。別に手助けなんて必要なかった。でも、ありがとう」

 銀髪の女の子はそういうと、踵を返した。

 去り際に俺と凛を一瞥したが、すぐにまた前を向き去って行った。

「え、あ、ちょっと! ……行っちゃった。何だか変わった奴だったわね」


 少しイレギュラーはあったが、また学園に向かって歩き始めると程なく視界に大きな木造の建物が見えてきた。

 おそらくあれが神学を教える学校なのだろう。

「あれがリーザの言っていた学校なのか?」

 そう問いかけるとリーザが頷く。

「そう。あれが私達の通うエルミナ学園よ」

 歩いて近づいていくと大きなアーチ状の門があり、門をくぐると校舎へ続く道の途中に広場が見えた。

 この頃にはリーザやエステアと同じ祭服を来たこの学園の学生達がちらほら見えるようになっていて、こちらをちらちら見ているようだった。

 ローブを纏ったとはいえ、やっぱり向こうの服は目立つのかな?

 なんだか監視されているみたいで落ち着かない。

「なあ、俺達なんだか目立ってないか?」

 気になったので聞いてみた。

「そりゃあ目立ちもするわよ、肩に大きな鳥を乗せた奇天烈なやつなんてそうはいないし」

「あ、……それもそうだな」

 これは盲点だったな……。

 肩に鴉なんて乗せたやつがいたら元の世界でだって注目の的だ。


 そんなやり取りをしていると学園の広場に到着する。そこには女性の姿をした像が建ってるのが見えたが、これはイーリスの像なのだろうか。

「この像はイーリスを模っているの。イーリスは自然を司る女神で、私達に自然の恵みを与えてくれるのよ」

リーザがそう説明してくれた。

「そうなのか。じゃあリーザが俺を助けてくれた時に使っていた魔法もそうなのか?」

 モンスターと一緒に俺も吹き飛んだ魔法だ。哀しくも懐かしい……。

「そうね。あの時使ったウインドブラストは風の中級魔法よ」

 中級……確かにあのでかいモンスターが吹き飛んでたし、かなりの威力だった。

 よくわからないが学生で中級魔法が使えるということは、リーザはかなり優秀なんじゃないのだろうか?

「学生なのに中級の魔法が使えるなんて、すごいんじゃないのか?」

 俺は素直に関心する。もしリーザが俺に魔法を教えてくれることになれば、俺にはもったいないぐらいの師匠だな。まあ、それも俺に魔法の適正があればの話だが……。

「当たり前よ。リーザは学園でも一、二を争うぐらい優秀な成績なんだから!」

 エステアが自分のことのように誇らしげに告げる。

 そうか……、そういわれると確かに立ち居振る舞いも落ち着いているような気がする。

「そんな大した物じゃないわ。それにそれを言うならエステアの方がすごいじゃない。なかなか使える人がいない火の魔法をあんなに上手に使えるなんて」

「ま~ね~♪ 否定はしないわ」

 エステアも実は優秀なのか。しかも火はエステアの赤い髪のイメージとぴったりだな。

「なによ……?」

 俺は自分でも気付かないうちにエステアをじっと見ていたようだ。

「いや、エステアの赤い髪の色とぴったりだなと思って」

「えっ!? ……ば、ばかじゃないの! 今度変なこと言ったら燃やすからね!」

 いや、なんで怒られたんだろう……? 

「ご、ごめん」

「別に……怒っては無いわよ……」

 いや、怒ってたじゃん……。エステアは良く分からないな。


 そうこうしているうちに校舎にたどり着く。しかしリーザは校舎には入らず、校舎のはずれにある小屋のほうに向かったので、俺とエステアも後を着いて行く。

「リーザ、もしかして伝っていってたのはエルドお爺さんのことなの?」

「そうよ、みんなほとんど知らないけど、エルドさんは昔神殿で司祭をしていたのよ」

「そうなの!? 全然知らなかった……」

 リーザとエステアが会話しているエルド爺さんというのは、この学園の用務員かなにかだろうか。

 しかし、昔神殿で司祭をしていたという話だが、一体何者なんだろうか。

 そんなことを考えていると小屋に到着し、リーザがドアを数回ノックする。

「エルドさん、いらっしゃいますか!」

 気持ち大きめの声でリーザが呼ぶと、小屋の奥から返事が返ってきた。

「はいよ、ちょっと待ってておくれ」

 中から老人の声が返ってくる。その声がしてからしばし待つと、立派な白ひげを蓄えた爺さんがドアから顔を覗かせた。

「誰かと思ったらリーザか、今日は何の用かの? 変わった客人も連れているようじゃが……」

 そういうと俺と凛のことをじっと見つめるエルド爺さん。

「実はコータ……この男の人のことでお願いがあるの。この人の神聖魔法の適正を神殿で見てもらいたいんだけど、なんとかならないかしら?」

 リーザはそういってエルドの顔色を伺う。この爺さん、元司祭だという話だが、そんな権力をもっているのだろうか?

「ほう……、確かに変わった格好をしている男じゃの。しかも驚くほどの間抜け面じゃ。それにその男が連れておる鳥も真っ黒で変わっとるのぉ。……しかし、リーザはなぜそこまでこの男の面倒をみてやるんじゃ? 別段いい男というわけでもないしの」

 間抜け面かつさえない男で悪かったな!

「そ、そんなんじゃないってば! 町の外で偶然モンスターに襲われているところを助けたんだけど、なんだか放って置けなくて……。それで、もしかしたらこれもイーリスのお導きなんじゃないかって思ったの」

「ふぅむ。まあ気のせいじゃとは思うが、リーザがそこまで言うなら司祭に頼んでみよう。コータとかいったな、お主リーザに感謝するんじゃな」

「エルドさん、ありがとう!」

「ありがとうございます」

 リーザと共にお礼をいう。失礼な爺さんではあるが、俺のために動いてくれるのだ。お礼ぐらい言ってもバチはあたらんだろう。

「それじゃあ早速行くかの」

 エルド爺さんは一度小屋の奥にいって戻ってくると、リーザやエステアが着ているような祭服に豪華な刺繍が入ったローブを纏って出てきた。司祭時代の祭服だろうか?


 俺達はエルド爺さんについて神殿まで歩いて向かう。

 神殿の入口には警備兵もいたが、エルド爺さんのことを見ると特に身の回りを調べることもなく中に入れてくれた。まあ俺と凛のことはかなりじろじろ見ていたが……。

 神殿の中は顔が映りこむほどに磨かれた白い石が床一面に敷き詰められており、それが中央の祭壇まで続いているようだった。

 俺達はずんずん歩いていくエルド爺さんに遅れないよう着いていく。そうして神殿中央の祭壇近くまで来たとき、不意に声がかかった。

「おや、エルド司祭様じゃないですか」

 声の主である温厚そうな青年がエルド爺さんのもとに歩いてやってくる。

「おお、ラウル司祭か。わしはもう司祭じゃないんじゃからその呼び方はよしてくれ。それはそうと、今日はちょうどお主に用があって来たんじゃ」

ラウルと呼ばれた青年が俺たちに視線を移したので、リーザ、エステア、俺は軽くお辞儀する。

「そうなのですか? それは珍しいですね。エルドさんのお願いであれば喜んで。それで今日はどのような用で?」

「実はこの男……コータというんじゃが、こやつの神聖魔法の適正を見て欲しいのじゃ。わしが懇意にしているこの娘の強い希望でな」

「ほう、その娘さん達はエルミナ学園の生徒さんですね。それで、この方の適正ですか。……これは!? 驚く程のまぬ……いや、多くは詮索しますまい。わかりました、お受けいたしましょう」

 おい、ちょっと待て! 今明らかに間抜け面って言おうとしたよな!?

 俺ってそんなに間抜け面なのか……。

「おお、受けてくれるか! すまんな」

「いえ、大した儀式でもありませんし、気にしないでください。ではコータさんこちらに」

 そう言ってラウル司祭が祭壇の方に歩いていったので、色々釈然としない気分ではあったが付いて行く。

 そういえば肩に凛が乗ったままだがいいのだろうか?

「ではこれから女神イーリスの祝福の儀式を行いますので、ここに跪いて手を組み、目を閉じてください」

 俺は言われた通り跪いて手を組み、目を閉じた。


「我らが母なる大地の神、イーリスよ……、ここに汝の加護を求める者あり。この者にその資格あらば、祝福を与え給え!」

 ラウル司祭が朗々と祝詞を読み上げる。

 ……。

 ……。

 ……何も起こらないな。失敗だろうか。

 そう思って目を開けると、いきなり目が眩むほどの光が視界を覆い尽くす!


「な、なんだこれは!?」

「きゃぁ!」

「ちょ、ちょっと、何よこれ!!」

「な、なんじゃなんじゃ!?」

 ラウル司祭、リーザ、エステア、エルド爺さんの声が聞こえる。


 おいおい、どうなってんだ! なんか良く分からないが、どう考えても成功したのではなさそうだよな!?

 女神の怒りを買って消し炭……なんてオチは勘弁してくれよ!

 そんなことを考えながら俺は光の渦に飲まれていった……。

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