第五話
気まずい沈黙が流れたものの、何とかお互い気持ちを立て直し改めて自己紹介をすることになった。
「初めまして……ではないけど、まだ名乗ってなかったよね? 私はリーザ・クロイツ。エリスの町にある神官学校の生徒よ。もう体調は平気?」
リーザが簡潔に自己紹介を終える。体調を気遣ってくれるなんて優しいな。
それにしても神官学校か……。そういえば出会った時から白を基調とした祭服のようなものを着ているな。これが制服も兼ねているんだろうか?
「私はエステア・リード。リーザと同じくエリスの町の神官学校の生徒よ。あっ、後、私はあんたのことは全く信用してないから。うまく騙したみたいだけど、大方リーザのストーカーか何かなんでしょ?」
うん、こいつはやっぱり敵だ。間違いない!
しかし、商人と偽っている事に関しては事実だから、こいつの言っていることもあながち間違ってはいない。
俺の天敵の様なこいつは、燃えるような赤色を基調とした髪色で、気の強そうな目つきをしている。
黙っていれば可愛いのだろうが、喋りがすべてを台無しにしている。
「あ、あはは、や、やだなぁ。人畜無害な旅の商人ですよ。リーザさんと会ったのは今日が初めてですし……。えと、あ、挨拶が遅れましたが、俺は川上幸太といいます。後こいつは鴉の凛です。」
「くぁ~っ」
凛が気だるそうに鳴く。こいつ一応鳴けるんだな……。
俺の方は疑われている緊張で笑顔が引きつっていたかもしれない……。
それと、先ほどから気になっていた、がなぜ異世界のはずなのに普通に会話が成立しているのだろうか?
これが元いた世界の神様の力なのか今は不明だが、凛と二人になったところで一度確かめてみよう。
もしかすると何か能力とかもくれていたりするかもしれないしな。
まあ、ほぼ期待はできそうも無いが。……なんたってうちの神様だし。
そう思って凛の方をチラッと見ると、所在無げな様子でボケ~っと佇んでいる。こいつ俺のサポートしに来たとか言ってたけど、本当に役に立つんだろうな……?
「コータね。じゃあ私のことはリーザって呼んで。後、あなたの方が年上だろうし敬語なんていらないわよ。もともとそういう堅苦しいのってあんまり好きじゃないしね」
「ちょっと、リーザ。そんなこと言っていいの? 気をつけないとこういうやつは勘違いするわよ。大体こんなやつ様付けで呼ばせてもいいくらいよ。ねぇ、あんたもそう思うでしょ?」
居丈高な態度で同意を求めてくる天敵。
こいつ、俺が大魔術師になったら、チャームの魔法 (あるかわらかんが)でヒィヒィ言わせてやるからな!!
そんなことを考えていると、エステアの気の強そうな瞳と目が合う。
……嘘です、ごめんなさい。そんな度胸一ミリも無いです……。
「エステア! もうっ、いい加減にしなさいよ。ごめんね、コータ。この子は悪い子じゃないんだけど、ちょっと口が悪いの」
ちょっとか!? という突っ込みはあるが、リーザがそういうならそういうことにしておこう。
「い、いや、大丈夫だよ! エステアは面白い人だね」
するとエステアはこちらを睨みつける。
「私は敬語抜きで良いなんて一言も言ってないわよ。」
「す、すいません……」
こ、こいつ生粋のいじめっ子や!
俺のピュアハートはまたもや粉々にくだけ散った……。
「エステア……」
リーザが悲しそうな顔でエステアを見つめる。諌められたエステアはため息を一つついた。
「は~……、わかったわよ。私も敬語抜きでいいわ。リーザ、本当に後悔してもしらないからね」
「きっと大丈夫よ。そうよね? コータ」
リーザが今度はこちらに向き直り尋ねてくる。
「えっ!? あ、ああ、もちろん」
今の展開で、”ぐへへっ、バカめ。いつかお前を手篭めにしてやるぜ~”なんて言える勇者がいたら会ってみたい。
馬車内にまた微妙な空気が流れたため、俺は強引に話題を変えた。
「そ、そういえば、この馬車はどこに向かってるんだ? それに俺みたいな部外者が乗っていても大丈夫なのか?」
率直な疑問をぶつけてみる。
「この馬車はエリスの町に向かっているわ。私たちの信仰する女神イーリスを祀る神殿があるの。私たちはちょうど学外での実習から帰る所で、あなたのことは私たちを護衛してくれてる部隊の隊長さんに言ってあるから、エリスの町までは連れて行ってもらえるわよ」
女神を祀る神殿かぁ。そういえば神様の嫁探しにこの世界に放り込まれたんだよな……俺。
その神殿に行けば女神に会えたりするんだろうか?
でも会えた所でなんて言えばいいんだろう? 異世界で神様が待ってるんで嫁に来てください?
……神殿から放り出される未来しか想像できないな。
というか嫁になってくれる女神を探し出せられれば元の世界に帰れるのか? その辺も今のところ全く分からんな。
まあ、凛とも相談できないこの状況じゃあどれだけ考えても答えはでないだろうし、今は街や女神の情報収集が先だな。当の凛は俺たちの会話に興味なさそうにボケ~っと遠くを見ているし。
そう頭を切り替えてリーザに問いかける。
「俺に魔法を教えてくれないか?」
俺は自分が思っていたよりも魔法に対する憧れが強かったのだろうか?
先程まで街のことや女神のことを聞こうと思っていたのに、思わず魔法を教えてほしいという願望を口に出してしまった。
「え!?」
何の脈略もなく、いきなりお願いされたことにびっくりして目を丸くするリーザ。
「はぁ!? あんたねぇ……、商人なんじゃなかったの? 商人が魔法なんて学んでどうするのよ? それに私たちの魔法は通常の魔法とは違うわ。適正がないと学んでも無意味よ」
横からエステアが厳しい表情で的確な突っ込みを入れる。
ん? リーザ達の魔法は何か特別な力を使うのか?
しかし、俺は魔法に関しては、厨二病時代に培った無駄な自信がある! 根拠は全く無いがなんだかやれそうな気がする!
俺のこの呪われた右手が唸りを上げるぜ! ……まあ、一度も発動したことは無いがな。
「いや、最初に言ったように盗賊に襲われて身包みを剥がされた経験もあるし、今後身を守る術を持っておきたいと思って。……やっぱりだめか?」
もっともらしいことを言ってリーザの方を見る。
「んー……、駄目じゃないけど、エステアも言ったように私達が神聖魔法と呼んでいる力は神様の加護を基にしているの。だから、神様からの加護がないと私がいくら教えても使うことはできないわ」
ふむ……、そういうカラクリになっているのか……。
俺に適正があるもかはわからないが、俺の厨二病に犯された精神を満足させるだけでなく、いつ帰れるか分からないこの状況なら、身を守れる術の一つも欲しいというのが正直なところでもある。
「そうか……。しかし、さっき死に掛けたこともあるし、今後のためにも試してみたいんだ。もし適正が無ければすっぱりあきらめるから、適正を判断する方法だけでも教えてもらえないか?」
リーザの方をまっすぐ見て俺は頭を下げた。
こんなに他人とちゃんと話したのはいつ以来だろう……。
しかし、いくらリーザが優しくてちゃんと話を聞いてくれると言っても、やはりまだどこか硬くなってしまう自分がいる。
この世界で少しずつ他人と関わっていけば、いつか誰とでも自然に話せるときがくるのだろうか……。
「……分かったわ。適性判断はエリスの神殿でできるから、許可がでるかはわからないけど司祭様にお願いしてみる」
「ありがとう! リーザ!!」
「まだ許可が出るかわからないから、あんまり期待しないでね」
リーザはそう言ってはにかんだ。
最初は気が強そうで苦手だと思ったけど、俺の勝手な思い込みだったな……。
いや、気が強いのはそうなのかもしれないが、俺が苦手としていた人種とはまったく違う気がする。
会話しているとまだ緊張はするが、気分が悪くなったりは全然しない。不思議な気分だ……。
「ちょっとっ、リーザ! そんな約束していいの? 大体ただの生徒の私達がどうやって司祭様にお願いなんてするのよ!? それに何度も言うけどそんなやつにそこまでしてやる義理なんてないでしょ!」
エステアが我慢できなくなったのか横から口を挟む。
「それは……そうかも知れないけど……。でも、あそこでああやって出会ったのも女神イーリスのお導きかも知れないでしょ? それに司祭様に頼むための伝には少し心当たりがあるの」
「そこまで言うならもう止はしないけど、忠告はしたからね!」
「ありがとう、エステア」
エステアは感情的になるものの、基本的にはリーザを心配しているから口うるさくなってしまうみたいだな。
根は悪いやつじゃあないんだろう。俺の天敵なのは変わらないがな!
「たぶん後少しでエリスの町に着くから、そうしたら私に着いて来て。少し寄り道をしてから神殿に連れて行ってあげるわ」
「わかった。面倒をかけるけどよろしくな」
予定外ではあったが、これで何とか魔法を学ぶ機会を得ることができた。
よくよく考えてみると、その女神イーリスとやらの神殿にいけることになったのだから、神様の依頼である嫁探しの方もこれで進展するかもしれないし、一石二鳥だな!
そんなことを考えていると、少し遠方に町並みが見えてきた。あれがおそらくエリスの町だろう。
これから何が起こるのかは想像もつかないが、俺は実家で引きこもっているときには感じることのなかった高揚感に包まれていた。