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第三話

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 俺は久しぶりに全力疾走している。日頃の運動不足がもろに出て、口の中一杯に鉄の味が広がっている……。

 俺が全力疾走するハメになった原因である熊の様なモンスターは、俺の10m程後方を四つん這いで、涎を撒き散らしながら追いかけてきている。

 喰う気満々だな、おい! 勘弁してくれ……。

 幸い巨体が祟ってか、林の中では思うように走れないようだ。しかも鴉の凛が時々モンスターの近くを飛びまわって気を逸らしてくれるおかげもあって、俺の運動不足のこの体でも何とか持ちこたえている。


 しかし、そろそろ足と心臓が限界だ。その様子を見た凛が上空から声をかけてくる。 

「もっと気合を入れて走ったほうがいい。追いつかれる」

「気持ちだけでっ、早く走れるならっ、誰もっ、困らねーよ!」

 俺は半ばやけくそ気味に叫ぶ。息があがっているため、言葉も途切れ途切れになる。

「でも、そのままだとコータは食べられておしまい」

「だからっ、全力で走ってるんだろ! お前もっ、神様の使いならっ、この状況をなんとかっ、できないのか!?」

「今は難しい。ここは別の世界だから、色々制約がある」

 その制約とやらをクリアできれば何かできるのだろうか? 

 しかし酸素が不足している脳では、細かな思考はできない。また、今はそんなことを考えている場合ではない。

 現実から逃避しかけた意識を戻し、前方に何か助かる手がかりが無いかと、疲労と酸素の欠乏に喘ぐ頭で考えようとした時、何かに足を取られる。

「あっ」

 木の根か何かに躓いたのだろう。そう声に出した時には既に体が空中に放り出されていた。俺はそのまま重力によって地面に叩き付けられる。

「ぐっ」

 全身を打って一瞬意識が飛ぶ。意識が戻ると視界に、勝利を確信したかのように咆哮を上げるモンスターの姿が映る。

 何とか再び動き出そうとするが、極限まで達した疲労と体を地面に打ち付けた衝撃とで体が満足に動かない。

 これは終わった……。あっけない最期だったな……。

 視界の端に全速力でこちらに飛んでくる凛の姿が見えたが、もう追いつかないだろう。まあ、追いついてもこの状況をひっくり返せるとは思えない。

 そしてモンスターが目の前まで迫ったところで体を起こし手を振り上げる。確実に仕留めてから喰うのだろう。どうせ一撃で終わるのだ。俺は観念して目を瞑った。


「女神イーリスよ、我に加護を! ウインドブラストッ!!」


 モンスターの一撃を受けることを覚悟したその時、良く通る耳障りの良い女性の声が聞こえた。

 俺は思わず目を開ける。するとちょうどモンスターが暴風と共に吹き飛んで木に叩き付けられるところだった。

 良く分からないが助かった! って俺も一緒に吹き飛ばされてるじゃないか!?

 空中で体が錐揉みした後、顔面からテイクオン。

「んごごごごっ」

 俺は声にならない声を上げる。

 ……いてぇ。これ、木とかに当たってたら死んでたんじゃ……。


「今よ! 矢を!!」

 また別の女性の凛々しい声が号令をかける。その声を合図にいっせいに放たれる矢。そしてその矢はどんどんモンスターに吸い込まれていく。

「ゴアァァァァッ」

 重傷を負ったモンスターは最後の力を振り絞って暴れまくる。

 おいおい、木の幹が紙切れのように吹き飛んで行くぞっ!? さっきの攻撃を受けていたら潰れたトマト確定だったな……。

 一歩間違えば自分の未来だったであろう状況を想像し、今更ながらに背筋を恐怖が這い上がってくる。


 俺が恐怖に襲われているその間も、弓の部隊が距離を取りつつ四方から矢を射かけていく。

 流石に弱ってきたのか、徐々にモンスターの動きが鈍くなってきた。その様子を見て、先ほど号令をかけた女性が再度号令をかける。

「弱ってきたぞ! 槍で止めを刺せ!」

 すると号令と共に、後ろで控えていた部隊が槍を持って、いっせいにモンスターに襲い掛かる。

 モンスターの前方に三人が位置しモンスターの気を引いているが、それはどうやらおとりで、本命の一人が後ろに回っている。

 そしてその本命の一人が急所である心臓を一気に貫く。

「ガァァァァァァァァァァァァッ!」

 心臓を貫かれたモンスターは咆哮を上げ、最後にビクッと一度体を震わせると、地面に為す術なく倒れこみピクリとも動かなくなった。

 こうしてあっけなく勝負は決したのだった。


「大丈夫? 危ないところだったわね」

 最初に魔法の様な攻撃でモンスターを吹き飛ばした女の子が、木漏れ日を浴びて輝くブロンドの髪を、風に揺らしながら声をかけてくる。

 整った顔立ちをしているが、まだ幼さを残しており、美人というよりも可愛らしいと形容をしたほうがしっくりくる。

 俺に一番生命の危機を与えたのはお前だがな!! と心の中で突っ込むが、助けてもらったのは事実なので素直にお礼を言っておこう。

「あ、ありがとうございまふ」

 大事なところで噛んだ……。

 やはり他人とのコミュニケーションとなると、対人恐怖が顔を覗かせるため、うまく対応できない……。

 凛との会話ではそうでもないが、まあ、鳥だしな……。

「でもあなた、こんなところで何をしてたの? それによく見ると変な格好ね……」

 まずいな、なんて答えよう……。

 今の俺はスウェットにジーンズという軽装をしているが、こちらの世界の服装がどんなものかわからないし、変な受け答えをして不審者と判断されるのは避けたい。

 不審者と判断されれば、最悪の場合投獄されてジ・エンドということも有り得る。

 大体助けてくれたとはいえ、相手の正体もまだ分からないしな。


「い、いやっ、あの……」

 神様のお嫁さんを探しに異世界から来ました? いやいや、それじゃあ確実に頭がおかしい人だろう。事実だがな!

 それにしてもこの女の子、結構明け透けに物を言うな。

 こういうタイプは会話している内に、自分がどんどん追い込まれる気がするので、苦手なタイプかもしれない。とにかく早くなにか答えないと……。

「た、旅の途中で道に迷ってしまって……」

 なんという不審者のテンプレ……。

「そんな丸腰で?」

 そういいながらこちらを値踏みするように見る女の子。

 だよね! 俺だってそんなやつ見たら怪しむ。

「じ、実は私は商人なんですが、旅の途中野盗に襲われてしまって……。なんとか逃げ出したのですが持ち物は全て奪われてしまったのです……」

 これも無理があるが、なんとかこじつけないと!

「商人? 確かに変わった格好はしてるけど……」

 後何か、商人に見えそうなものは何か無いか!? 

 そう考えていると視界の端の方に凛の姿が見えた。

「あ、あの、証拠になるかはわかりませんが、珍しいペットならそこに……」

 俺は凛の方を指差す。

「ほ、ほーら、凛、おいで~」

 俺の方をギッと睨む凛。ペット扱いされて怒っているようだ……。

 しかし俺は気付かない振りをして、ここに止まれとばかりに右腕を胸の辺りまで上げる。

 すると気持ちが通じたのか、凛がゆっくりと羽ばたいてこちらに向かって来る。なんとか凛が言う事を聞いてくれたことに俺は安堵した。これである程度言い訳も立つだろう。

 しかしあろうことか凛は、腕には止まらず俺の頭に着地。そしてそのまま頭皮を鋭い爪でがっちりホールド!

 ブシッ! と爪が食い込んだ頭から勢い良く血が吹き出す。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

「!」

 頭から勢い良く血が吹き出す俺を見て、目を丸くする女の子。

 まずい、このままだと更に怪しまれる! な、なんとかしないと……。

 クソガラス、後で覚えておけよ!!

 俺は頭から勢い良く流血しつつもニッコリと笑顔で会話を再開する。

「ほ、ほーら、珍しくて賢い鳥でしょう?」

「あ、あなた凄い量の血が出てるわよ……」

「こ、この鳥は鴉といって、わ、わた、私の国では、神様の使いとされているんデスヨ」

「いや、だから血が……」

 なんだか意識が薄れてきた……。女の子が何か言っているが良く聞こえない。

「そ、そ、それにほらっ、こ、この瞳なんて円らでか、かわいいでしょう?」

「わ、わかった! わかったから! 信じる! あなたが商人だって信じるから、落ち着いて。そのままだと死ぬわよ!」


 良かった……。なんとか納得してもらえた……。

 あれっ、ホッとしたらなんだか目の前が暗くなってきた……。 

 体も自分のものじゃないように重いな……。

 そんなことを血の気の失せた頭で考えていると、不意に体が大きく傾いた。

「ちょっ、ちょっとあなた! 大丈夫!?」

 俺は目の前の女の子に向かって倒れこむ。

「きゃっ」

 すると、女の子が俺を抱きとめてくれたのか、なにやら柔らかなふくらみが顔を包み込んだ……。

 あぁ、良い香りがする……。このままずっと顔をうずめていたい……。

 ……しかしでかいな……一体何カップあるんだろう……。

 

 そんな最低な思考を最後に、俺の意識は完全に途絶えたのだった。

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