第二話
「ざっけんな! 何だよ、そのピンポイントな好みは! ……ってあれ!?」
自称神様の男に文句を言おうとするが、自分が現在いる場所が、先ほどまでいた神社の境内ではないことに気付いた。
辺りを見回すと、見たこともない種類の大きな木がまばらに生えているのが目に入る。人の気配はどこにも無い。
「ど、どこだよここ。あいつ、本当に神様だったのか!? ということは、ここは異世界なのか!?」
本当にあの男が神様なのか分からないが、俺を神社から全く知らないこの場所へ飛ばしたということは、少なくとも人知の及ばない力を持っていることは事実のようだった。
混乱している頭で考えるが、この辺りに見える物の情報だけではここが異世界なのか、正直判断できなかった。とにかく辺りを調べようと動こうとした瞬間、不意に近くの茂みで何かが動く音がする。
この瞬間に至るまで考えが及ばなかったが、ここが本当に異世界だった場合、今の状況は非常にまずい。異世界ならどんなモンスターがいても不思議ではないし、そうなればいつ襲ってくるとも知れないのだ。
俺は、相手に気付かれているか分からない状況なので、姿勢を低くして近くの木に身を隠し、いつでも逃げられるような体勢をとったまま様子を見ることにした。
茂みを揺らす音が少しずつ近づいてくるにつれ、俺の緊張も比例して上がっていく。何せこちらは丸腰なのだ。モンスターに出合ってうまく逃げられなければ餌になるしかない。
異世界に送るなら特別な力とか、伝説の武器とかぐらい持たせろよな……。
ここに送り込んだ張本人である自称神様に毒づく。
とうとう揺れが茂みの終わりに差し掛かり、茂みを揺らしていた生き物が飛び出してくる。
「ガァ!」
「!」
鳴き声を聞いて思わず体を硬くするが、正体はカラフルな羽毛を持つダチョウのような鳥の群れだった。しかし、よく見るとどの鳥も胴体から首が2本生えており、驚くほど気持ち悪い……。
鳥の群れは俺の気配を感じたのか、一瞬立ち止まり辺りを見回していたが、脅威はないと判断したのか、再び自分たちの進路へ顔を向け去っていった。
危険なモンスターではなかったものの、流石にこの状況ではここが異世界だと認めざるを得ないようだ。少なくとも地球には頭が2本生えている鳥はいなかったはずだ。
そう思い至ったところで、これからどうすればいいのかという不安が鎌首をもたげるが、同時に異世界という響きに少なからず興奮も覚えた。
古来より、物語の中に出てくる異世界と言えば、やはり壮大な魔法が飛び交うファンタジー世界だろう。
俺もどっぷりオタク文化に浸かってきた世代だ。
小学生の頃は友達とカメハ○破を撃つ練習をしたし、中学生の頃は妄想の中で、隠された力が宿る右手が暴走した。
「これは……もしかすると……ふふふっ」
ついに……、ついにこの時が来たのだ!
俺が大魔術士となって蔓延る悪をなぎ倒し、どこぞの魔王に捕らえられているであろう姫を救って、ついでに世界の救世主となって地位も名誉も手に入れる。そんな記念すべき英雄への第一歩を踏み出す時が!!
まあ、この世界に魔王がいるかどうかも分からんが……。
しかし、今この状況ではそれも些細なことで、こうなれば俺の厨二心は止まらない!
俺は一度大きく息を吐き、意識を集中する。徐々に大気の中にある(であろう)魔力を手のひらに集めていくイメージを高める。そしてゆっくりとした動作で右手を前にかざす。
そして息を大きく吸い込み力ある言葉を唱える!
「炎を統べる火の精霊よ、その大いなる力をもって、我が眼前に立ち塞がる愚者に滅びを与えよ!!」
「ファイアァァァァァッストォォォムゥ」
…………。
…………。
…………。
うん、ここは火の精霊力が弱かったんだな。ならしょうがない。
では次は召喚魔術を試してみよう。
俺は再び大きく息を吸い込み、両腕をクロスさせながら前に突き出す。
そして再び力ある言葉を叫ぶ!
「偉大なる精霊王よ、我との血の盟約に従い、その姿を我が前に現せ!!」
「オォォォォプゥゥゥンザッゲェェェェトォォォォォ」
……………………。
……………………。
……………………。
な、なんだなんだぁ、この世界には精霊がいないのかぁ?
それならしょうがないな。うん、しょうがない。
じゃ、じゃあとっておきの一発をぶちかましてやるか。
俺は自分で思っている一番イカした顔をし、自分の中に眠る(であろう)力を解き放つ!
「俺の中の隠された力よ、今こそ解放の時! 邪悪なる魂を浄化せよ!!」
仰々しい動作で腕をぶんぶん振り回した後、左手を突き出す。
「インフィニットッ、ブレイk……」
「何をしてるの?」
「あふんっ」
いきなり背後から声をかけられ、変な声が出た。
急いで後ろを振り返りるが、そこには誰もいない。しかし、視線を下にずらしていくとそこに一匹の鴉がいた。
鴉が喋った? なんでこの世界に鴉が?? あぁぁっ、見られた!!!
一度に色々な思いが駆け巡り、思考が固まってしまう。
「お、お前はなんだ?」
結局間抜けな問いをしてしまった。
「私は凛。さっき会ったばかりなのにもう忘れたの?」
「?」
まだ厨二病状態を見られたことでドキドキしていたが、そうも言ってられない。当たり前だが俺に喋る鴉の知り合いはいない。
怪しそうに見ていると、鴉は続ける。
「コータはとり頭。とても残念なお頭をしている」
鳥にとり頭といわれるのはなんだかシュールだな……いやいやっ、そうじゃない!
「俺にはしゃべる鴉の知り合いはいないし、今初めて会っただろ! 後、俺はとり頭じゃない」
「さっき確かに私とコータは会った。その時私は神様の横にいた。後、コータはとり頭、間違いない」
言いながら羽を広げて、やれやれと鳥の癖に器用に首を振る鴉。イラっとした。確かにあの神様の関係者だ、間違いない!
後、とり頭は譲らないんだな……。
「って、神様の横にいたってことはあの変な女の子か!?」
「さっきからそう言っている。私は神様の使い。コータをサポートしにきた」
変なといわれて鴉はムッとしているのか、再び喋り始める。
「コータは女の子といい雰囲気になっても、あせってすぐに女の子のパンツを脱がそうとして嫌われるタイプ。間違いない」
「いや、濡れ衣もいいとこだし、意味わかんねぇよ!!」
というか、そんなシチュエーションになったことがねぇよ! くすんっ。
このクソガラス、鳥の分際でめちゃくちゃなこといいやがって。俺の硝子の心は粉々だよ!
「まあ、そんなことはどうでもいい。結局さっきは何をしていたの?」
「ぐっ」
色々有った衝撃で忘れていたが、先ほど恥ずかしい場面を見られたということを思い出す。なんとか誤魔化さないと……。
「コータには隠された力があるの?」
ぐぬぬ、どう誤魔化したものか……。そうだ!
「い、いや、あれは劇の練習だったんだ。ほら、いつ向こうの世界に帰れるかわからないだろ? だからいつ帰ってもいいように練習してたんだ」
我ながらうまく返した!
「引きこもりのニートなのに?」
でもなかった! というかなぜヒキニートだと知っている!?
いや、気になることは色々あるが今はこの状況を回避することに専念するんだ。
「正直に言おう。この世界がどんな力で構成されているか確かめようとしていたんだ。これからどんなモンスターに出会うか分からないだろ? 備えるに越したことはないと思ってな!」
「ふーん、そう」
凛は興味なさそうに呟く。よかった、誤魔化せたようだ。とりあえず脅威が去ったと胸を撫で下ろしていると、凛が呟く。
「コータは厨二病……っと」
「全部分かってんじゃねぇかぁぁぁぁ!」
こいつ、鬼か!
「コータ、うるさい」
鴉である顔をゆがめる凛。
「ど、どこから見ていた!」
俺は焦って問いただす。死にたくなってきた……。凛はおもむろに右の羽をすっと前にかざす。
「炎を統べる精霊よ……ファイアァァァッストォォォムゥ。……クスクスッ。なかなか愉快だった」
「最初からじゃねぇかぁぁぁぁ!! 殺せぇぇ、今すぐ俺を殺してくれぇぇぇぇぇぇっ!!」
俺は頭を抱えながら地面をごろごろ転がりまわる。もう立ち直れない……。
「ゴガァァァァ!」
突然大気を震わす咆哮があたりに響き渡る。
「えっ!?」
俺は間抜けな声を上げて、咆哮が聞こえた方を見る。そこには3メートルほどもある巨大な熊の様なモンスターがいた。
「コータっ! 私が時間を稼ぐ。急いで逃げて」
凛が叫ぶが、突然のことに呆然として反応できない。そうしていると再び凛が焦った声で叫んだ。
「早くっ!」
「!」
俺はようやく自体を飲み込み、驚きで絡まる足を何とか押さ込んで立ち上がり、走り出す。
一体どうなってんだよ、これは! せめて俺の砕け散ったピュアハートが回復するまで待てないのか!?
え? 神様のお嫁探し? それどころじゃねぇよ!!!