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第一話

薄暗い部屋の中、カーテンごしの朝日を受け少しずつ意識が覚醒していくのをぼんやりと感じる。

 何かしなければならないことがあったような気がして、目を開けようかぼんやりしたままの頭で考える。しかし、このまま惰眠を思うさま貪りたいという気持ちに負け意識の海にまた深く沈んでいくことにした。


 俺は、現在絶賛引きこもり中のニートである。

 まあ、引きこもりといっても近所のコンビにへ行くぐらいなら大丈夫なため、本当の意味での引きこもりではないかもしれない。

 引きこもりになった原因も、軽いいじめを受けたことで他人との係わり合いに恐怖を覚えるようになってしまったからという、波乱万丈の人生を送っている人には申し訳なくなるような理由だったりする。

 いじめは想像を絶するというようなものではなかったが、俺の心を折るには十分だった。 

 発端を思い返してみると、クラスの中心的な存在の生徒と些細なことで対立したことが原因だったように思う。

 自分の今の状態の引き金となった当時の体験を色々と思い出し、気分が重く冷たくなっていく。

 そんな忘れたい過去の記憶が後から後から溢れ出してきそうになった時、不意に下の階から部屋が振動するほどの大声が聞こえてきた。

「幸太っ!いつまで寝るんだ、さっさと起きて境内の掃除をしてこい!!」

 実はうちの実家は代々続く神主の家系で、神社の横に家を構えている。

 ニートになってからも境内の掃除だけは続けるよう親父から言いつけられており、しばらくニートをする上での親父との約束でもあった。

「こうたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「わかったって! 今行くよ!!」

 返事をしなければ二の矢三の矢が飛んでくるし、最後には部屋にまで入ってきて力ずくで引きずられていく未来が確定しているため、素直に従うことにする。

 こんな親父ではあるが、なんだかんだ俺のことを心配していることはなんとなくわかっている。

 しかし、今はその気持ちも重たく感じるのだ……。


 簡単な支度をして境内に出ると、まだ春先ということもありひんやりとした空気が肌を刺激する。朝早く起きるのは辛いが、この時間のこの空気は嫌いではない。

 冬の雰囲気といえば伝わるだろうか、何となく空気が新鮮で神聖な感じがする。

 あくまで主観的な意見だが……。 

 そんなことを考えていると二人の参拝客がやってきた。一人は中年男性で、もう一人は女の子だ。

 男のほうはこの世の不幸を一手に背負っているかのような渋面をしており、不規則に伸びた無精ひげが一層渋面を引き立てている。

 女の子の方は肩口で切りそろえられた髪が、漆黒のようにどこまでも黒く、時折風に煽られてさらさらと揺れる様が何とはなしに目がひきつけられた。しかも全身黒い服で固めているため、髪の色と相まって独特の雰囲気を醸し出している。

 何にせよ、この時間は基本的に人はあまり来ないし、来たとしてもお年寄りがほとんどなので、かなり珍しい。

「よぉ」

 不機嫌そうな男の方に声をかけられ一瞬びくっとなるが、何とか会釈だけは返すことができた。

「お前が幸太だな」

「……あっ、え? ひっ、ひゃい。な、何か御用でしょうか?」

 もう声をかけられることは無いだろうと思っていたところに更に声をかけられたこともあり、盛大にキョドってしまう。なぜ俺の名前を知っているのだろう?

「私は川神というものだ。まあ便宜上の名前のようなものだが」

「は、はぁ、どうも。」

 なんでいきなり名乗ったのかと、間抜けな返事をしてしまった。両親の親戚か何かだろうか?

「この神社では何が祀られているか知っているか?」

 話しがいきなり飛んだな……。

「えと、縁結びの神様が祀られているって聞いてますけど……」

「そうだ。それでその神様と言うのが私だ」

「は?」

 やばい、あっち系の人だ。

 もう少し暖かくなってくるとちらほら出てくると聞いたことがあるけど、急に出会ったこともあって頭が真っ白になってしまった。

「神様、それじゃあただの頭のおかしい人。きっと伝わらない」

 初めてこの女の子の声を聞いたが、声音が頭に凛と響くような感じがする。

「何っ? 自分のとこで祀ってる神様も見て分からないのか?」

「神様、人間相手にそれは無茶というもの。後、本題」

「むっ、そうだったな。実はお前には私の嫁を探してきてほしい」

 なんか、話がどんどん意味不明になっていく。

 俺の頭の中では、まともに相手をするのも避けたいが、あまり雑に扱って逆上される危険は回避したいという考えがぐるぐる回っていた。 

「えーと……、この神社では残念ながらそういったサービスはしておりません。それに、神様であればご自分でお探しになったほうがいい相手が見つかるかと……。ほら、縁結びの神様ですし」

「それは無理」

 女の子が神様を自称する男を見ながら告げる。

「えっ?」

「神様は他人の縁は結べても、自分の縁は結べない。しかも愛想が壊滅的に悪い。だからお見合いも全敗。438敗1引き分け。」

「1引き分けってなんだよっ!?」

 あまり関わらないようにしようと思ってたのに思わず突っ込んでしまった。でも、どうなれば引き分けなんだろう……?

「とりあえず話はまとまったようだな」

「今のやり取りのどこをどう聞いたらそう聞こえるんだよっ!!」

 あぁっ、また突っ込んでしまった。というかこの二人組みはわざとやっているのではなかろうか……。

 神様を自称する男は渋面を一層きつくする。

「ふぅっ、お前はなかなかに面倒なやつだな」

「あなたにだけは言われたくないですけどね!」

 そう言った後で意図せず大きなため息が出た。

 そもそも、両親以外の人間とちゃんと話したのも久しぶりだし、この二人の相手をするのはそろそろ精神的にも限界のようだ。

 しかし、会話のスタートがめちゃくちゃだったからか、他の人を相手にする時よりは恐怖を感じてないような気がする。だからといって長々と話し込みたい相手でもないが……。

「神様、時間が無いからプランCで」

 女の子が神様を自称する男に言う。プランAは今までのがそうだとして、プランBはどこへ行ったのだろう……。

「そうだな。こうなっては仕方ない」

 そういうと神様を自称する男はこちらをじっと見つめる。俺は不気味な気がして視線を外そうとするが、なぜか男から目が離せなかった。


「川上幸太、異世界で俺の嫁をさがしてこい!」


 神様を自称する男は、決して大声ではないが不思議と力のある声で再び自分の依頼を口にする。なぜだろう、従わなければいけないような気がする……。

「……あ、はい。」

 思わず了承の言葉を口にしてしまった。 

「よし、言質はとったな」

「これで万全」

 神様を自称する男と女の子はお互いうなずき合う。

「いやいや、ちょっと待ってください! 今何かしたでしょう!? しかも異世界って……訳の分からない要素がまた増えてるし!」

 俺は神様を自称する男に向かって叫んだ。

「まあこの際細かいことは気にするな。重要なのは俺が依頼をしてお前が受けたという事実だ。これはお前のためでもある」

 どこをどう解釈すれば俺のためになるというんだろう? 意味が分からない。

 女の子が男の後をついで補足する。

「神様はこの世界の女神にはあらかたお願いした。でも全部だめだった。だからもう別の世界で探すしかない」

 俺はなぜこんなのを相手にしているのだろう。しかも神様発言に加え、異世界とか更にぶっ飛んだことも言い出したので、この際適当に同意して早く帰ってもらった方が懸命な選択だろう。

「……わかりました。あなたのお嫁さん探しをすればいいんですね」

「やっと観念したか」

 男がやれやれと首を横に振る。イラっとした。

「じゃあ早く探しに行きたいので俺を異世界に送ってください!」

 できるものならやってみろ! という気持ちを込めて言う。

「なんだ、急にやる気満々だな。分かった、すぐに送ってやろう」

 そういうと男はなにやらぶつぶつと呟き始める。なんだか本格的だが、どうせできるはずがないのだからその内諦めて帰るだろう。面倒だがそれまで付き合ってやればいい。

 そんなことを考えていると急速に視界がゆがみ始める。

「えっ!」

 思わず声を上げるが、その間にもどんどん視界の歪みが激しくなっていく。

 なんだこれは!? 高熱を出している時のように頭がくらくらする。

「そういえばまだ伝えていなかったな」

 神様を自称する男が、最期の言葉でも伝えるかのようにまじめな顔をして口を開いた。

 この視界の歪みの理由でも説明してくれるのだろうか。


「俺の好みは身長低めの童顔で、胸が大きくいやらしい女だ」


 心底どうでもいい情報だった……。

 そして俺は意識を完全に失った。 

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