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大晦日の眠巫女

作者: kazu



「あれは、儂がまだ子供の頃だった……」と祖父は山小屋の中で語り始めた。外は、深々と降り積もる雪で周りの音は掻き消され、囲炉裏にくべられた薪の弾ける音と祖父の声のみが静寂を止めていた。囲炉裏の前で私が寒そうに毛布を肩まで羽織ると、祖父は困ったように笑い、新たな薪を囲炉裏にくべた。一際大きく炎が情熱的に踊り、闇に暖色が広がった。それに合わせて、近くの壁には大きな影が二つ浮かび上がった。

私が「ありがとう」と言うと祖父は囲炉裏の前で姿勢をくずした。私は祖父を見た。皺が幾重にも刻まれた顔。その中で祖父の瞳は、遠く遠く、今はもうない過去を俯瞰ふがんしているようだった。この物語は、私と祖父とのたった一つの遠い昔話。


祖父の地元では大晦日を跨ぎ、新年にかけての二週間、齢十一に達した氏子が氏神様に一人でお宮参りに行くという風習があった。氏神様に、ここまで大きくなれました、ということ報告しに行くのが目的らしい。簡単に説明すると氏神とは、地域で共同に祭る神様で、氏子とはその地域で生まれた子供の事だ。

お宮参りに行く途中には村の墓があったため、一種の肝試しに近いものがあった。そのため、途中で泣き出す子も多かった。しかし、見事成し遂げた場合は、友達に自慢できる。そんなことから勝気な祖父は、周りに「全く怖くない」と口では達者な事を言っていた。だが、内心は恐怖で一杯だったそうだ。

大晦日にお宮参りが決まった祖父は、皆が寝静まった頃、厚手の半纏はんてん、毛糸の手袋、長靴に着替え、懐中電灯を持ち、外に出た。

その夜は、この地方では珍しく、雪が地面を覆い隠すように積もっていた。周囲は寒気により冷却され、白い世界の中、吐く息だけが祖父の存在を物語っていた。

五分ほど坂道を登ると、人里は街灯の微かな明かりを残すのみとなった。そんな闇の中、懐中電灯を前にかざすと、針葉樹の木々が祖父を見定めていたそうだ。

小一時間程歩き、氏神様の社にたどり着いた祖父はお宮参りを済ませた。意外とあっけないもんだ。そう思った祖父は、このまま帰っても面白くないと考えた。

そして、登ってきた道を見ながら祖父は思案し、下り道を利用して雪玉を作っていはどうかと考えた。家までかなりの距離がある。うまくやれば大きな雪玉ができ、そこから雪達磨ができるだろう。親や友達に自慢できる。

そう思った祖父は、懐中電灯に付いた紐を目一杯伸ばし、首にぶら下げた。これで両手が自由になる。そして適当な丸みを帯びた石を見つけ、しゃがみ、帰りの坂道を転がしていった。石は、降り積もった雪を周りに付け、小さな雪玉ができた。

我ながら名案だと祖父が思ったその時、懐中電灯が突然消えた。真っ暗な闇の中、本当に一人になる。接触不良かもしれない。祖父は慌てて、電源の突起を何度か往復させた。

何度か試した後、ようやく明りが付いた。祖父がほっと一安心した時、後ろからふいに声を掛けられた。

『なにしとんのかのう?』

お宮参りは一人のはずだ。自分だけだ。他は誰もいないはずだ。驚いた祖父は、声の方に向かって振り向いた。

そこには、同い年くらいの着物の少女がいた。祖父は思わず息を飲んだ。少女の髪は、端正なおかっぱで切り揃えられていたが、その髪は雪のように真っ白だった。着物もそれに合わせたように白。周りの風景と同じなのに少女を取り巻く空気は異質そのものだった。

『だから、なにしとんのかのう? と聞いておるのに』

思わず身構える祖父に、少女は再度尋ねた。

『雪玉を作っておるんよ。……おぬしはどこのもんじゃ? 今日は、儂一人のはずじゃ』

 ここで逃げては村の笑いものだ。お化けだろうとモノノケだろうと弱みを見せてたまるか、と祖父は思ったそうだ。そして、震える声を振り絞り答えると、少女は目を興味深そうに見開いた。

『ほう……雪の玉か。これまた不可解、面白そうなことをしておるのう。うちは、村の千恵ちえというもんじゃ。一人で心細くてのう』

少女は地面に座り込み、まださほど大きくない雪玉を軽く突いた。祖父は千恵という子なんて聞いた事がないと思ったが、全くこちらに危害を加えようとしない少女に、ひとまず警戒心を解いた。

『千恵も作ってみんか? 今から転がせば、村に着く頃には大きな雪玉を作れるぞ』

『ほんまかい?』

祖父は、はしゃぎ喜ぶ千恵に雪玉の作り方を教えた。千恵は要領がよく、すぐに小さな雪玉ができた。

『なかなか上手いのう』

『久しぶりの雪なんに誰も来んから、つまらんかったが、これはなかなか面白いのう。転がせ、転がせ、大きくなりやんせ』

どうやら、この千恵という少女は雪が珍しくて村から出てきたみたいだ。自分の結論に安心した祖父は、千恵に負けてはいられないと雪玉を夢中に転がした。白い深夜、目の前には雪の玉。その隣には千恵が、祖父より小さい雪玉を一生懸命転がしていた。奇妙な夜だ。でも、不思議と怖くない。そう思った祖父は、そのまま家まで千恵と一緒に雪玉を徐々大きくしていった。

やがて、家の前に着いた頃には、雪玉は祖父の腰ほどの高さまで成長した。千恵のは、それより小さく膝ほどの高さだった。

『大きくなったのう、千恵』

『ほんまじゃ、これでどうするのじゃ?』

二つ並んだ雪玉の周りを、千恵が手を広げ、くるくると回る。今まで気がつかなかったが、千恵の髪には鮮やかに装飾された小さな赤い髪飾りが付けられていた。

『ちょうど、ここに雪玉が二つある。千恵の雪玉を儂のに乗せよう。そうすれば、雪達磨ができるわい』

『ほんまかい? 楽しみじゃのう』

祖父は、千恵の雪玉を自分の雪玉に乗せようとするが、重く持ち上がらない。そんな祖父を見た千恵が『うちも手伝う』と手を伸ばす。すると、雪玉は重さを失ったように軽くなった。そして、多少不恰好ながらも満足の良く雪達磨が出来上がった。

 『なかなかのもんじゃが、んーーちと不細工じゃのう……そうじゃ』

千恵は髪飾りをはずすと、雪達磨の頭に優しく差し込んだ。

『これで、多少は別嬪べっぴんになるもんじゃろうて。では、そろそろ家に帰らなくてはな。久々に楽しい夜じゃった、礼を言うぞ。また、おまいさんとは会いたいもんじゃ』

そう言うと千恵は闇の中、駆けて行った。どこの家かを知るため、祖父は呼び止めようとしたが、千恵はそのまま消えていった。名前は知っている。明日、父にでも聞こうと思い、祖父はそのまま家に入り寝床に着いた。

翌朝、祖父は父に昨晩の自信作を披露しようと外に出たが、雪達磨は忽然こつぜんと消えていた。周りには何もない。あれだけ積もっていた雪も消えていた。ただそこに、千恵の髪飾りを残して。

祖父は髪飾りを手に取り、自分を笑っていた父に昨晩の事を話した。そして少女の名前を告げ、証拠として髪飾りを見せた途端、父の顔色が変わった。

いきなり手を捕まれ、大きな屋敷に連れて行かれた。村の地主の家だ。朝早くに来訪者を受けた体躯の良い地主は、初めは不機嫌だった。しかし父の話を聞いた後、地主の顔つきは神妙となり、中に招かれた。父と共に長い廊下を渡り、ある部屋に入れられた。

そこで、昨晩会った少女に出会った。ただ髪形は同じだが、黒髪だった。寝ている。

地主の話では、娘の千恵は五年前から氏神様に仕える眠り巫女となったそうだ。それから食事も取らず、ずっとこのまま。お医者様の話では、血色も良く、健康上は何の問題もないそうだ。

眠り巫女とは氏神様の世話役のようなもので、おそらく千恵はお役目が終わったんだろう、と祖父は父に教えられた。

 祖父は状況が掴めないままだったが、何かに引き寄せられるように千恵のそばに近寄った。そして何かが足りないと思った。手には、髪飾り。祖父は迷いもなく、それを寝息を立てている千恵の髪にすっと差し込んだ。すると、千恵はうっすらと目を開け、寝ぼけたように『おはよう』と言った。 


「それが、儂と婆さんの出会いじゃった」

「え、お婆さんが、あの夜の女の子?」

私は祖父に尋ねた。

「いや、分からん。聞いてもうまく話をはぐらかされてのう。とうとう分からずじまいじゃった。真実を知っているのは、もう墓の中の婆さんだけじゃ。そうじゃ、その時の髪飾りを恵美えみに挙げよう」

祖父は懐から、古びた巾着袋きんちゃくぶくろに入っていた髪飾りを取り出した後、それを私の手の平にゆっくりと託すように置いた。

「もう遅い。そろそろ、寝ようかのう」

そう言うと祖父は、囲炉裏の火を消した後、横になった。寝つきがいいのか、すぐに寝息が聞こえてきた。

私は渡された髪飾りを闇の中、時間をかけて付けた。そして寝ている祖父に「覚えといてくれて、ほんまにありがとう」と囁いた。

そして、壁の向こうを視た。明日には世界は色を取り戻すだろう。                                                了


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