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ナンパから始まる僕の恋

作者: 滝乃狗族

出会い


ある冬の週末の午後三時頃、僕は藤沢駅の改札近くにいた。 左手には携帯電話を持ち、誰かと待ち合わせている風に見せかけていた。もちろん、そんな予定はない。 ここに来た理由は、何を隠そう、ナンパだ。


きっかけは同期の仕事仲間の結婚が決まったからだった。 二十六歳の僕は、結婚などまだ当分先でもいいと思っていたが、内心焦りだしていた。 同い年の男友達のほとんどは彼女がいるし、親はそろそろ見合いでもと言い出す始末だ。


何故、駅でナンパという手段に出たかというと、単純にそれしか考えられなかったからだ。 仕事場には、年輩の女性と彼氏持ちの女の人しかいなかったので出会いは皆無。 出会い系サイトを利用する手段もあったが、あまり気が進まなかった。 ネット詐欺の噂はチラホラ耳に入ってきたし、出会い系サイトで知り合ったと知人に話すのも恥ずかしかったからだ。


しかし、駅でいざ声を掛けようとするのは結構勇気がいることが分かった。 当たり前だ。 やはり迷惑行為なんだろうなという自覚はある。 だから、携帯電話を片手に、まだ声もかけられないで三十分近く駅の改札前の壁に背もたれていた。


さすがにずっとこうしているわけにもいかないな。 駅員さんに怪しまれるし、次の電車が着いて誰にも声が掛けられなかったら諦めよう


探していたのは大人しそうで、見た目もまあまあな子だ。 下手に気が強いのに声をかけると精神的にダメージを受けてしまう場合があるので注意していた。 相手に「ナンパとかうざい」とか罵られたら数日は立ち直れる気がしない。 この点に関しては慎重に構えていた。


しばらくするとホームに電車が参りますーというアナウンスが聞こえ、改札口に人があふれ始めた。 帰るか、と思ったそのとき僕は彼女を見つけた。 背は百六十前後、黒髪は肩までふわっと伸び、服装はなんとなく地味な大人しそうな女の子だった。 急いでるような感じもなく、ゆっくり歩いていた。 少し迷ったが、思い切って近づいて声をかけることにした。 コートのポケットに手を入れながら、


「こんにちは、今日は寒いですね」


それしか思いつかなかった。 すると彼女はちょっと戸惑った感じで返事を返してきた。


「そうですね・・・」


知らない人がいきなり話しかけてきたら普通警戒するよな。当然の反応だ。 とはいえ、かなり恥ずかしかった。 「人違いでした!」と言って笑って逃げたい気持ちでいっぱいだ。 すると彼女は、


「あの、どこかでお会いしましたっけ?」


もう後戻りなどしたくない。 せっかく声を掛けられたのだから、と覚悟を決めた。


「いえ、会ったことはないですね。よろしかったらお茶でもどうですか?」

「・・・」

やはりストレートすぎたかな。 彼女は横を向いて迷っているように見えた。 迷っている彼女は特別かわいく見えたが、困らせるのは不本意だ。


「あ、いえ、もし時間があれば。無理にとは・・・」


すると彼女はクスッと笑って言った。


「そうですね。 雪も降ってることですし、この後も予定も特に入っていないのでそこの喫茶店で少し時間を潰すのも悪くないかもしれませんね」


彼女と僕は駅からすぐ側の喫茶店に入り、窓際の席についた。 僕はコーヒー、彼女はレモンティーをオーダーした。 しばらく、僕はぼーっと窓の外を眺めていた。 すると彼女はつぶやいた、


「雪、綺麗ですね」


「そうですね」


はっ、しまった。 自己紹介すらしてないじゃないか・・・


「すいません。僕、冬野栄二っていいます」


「私は美咲夕子。始めまして」


何を話したらいいのだろう。 もともと、仕事以外は家でゲーム、テレビ、寝ることくらいしかしてない僕に話題など思いつかなかった。 まさか本当に女の子を誘うことができるなんて思ってもみなかった。 なので当然、準備などしてなかったし、考えてもいなかった。 それに緊張もしていた。 年の近い女の子と話すのなんて何年ぶりだろう・・・


「冬野さんはこの近くに住んでいるんですか?」


「はい。 藤川駅から歩いて五分くらいのアパートに一人暮らしです。美咲さんもこの近くですか?」


「大体ここからバスで十分くらいのとこですね」


「そうなんですか。」


「ところで好きなテレビ番組とかってあります?」


「最近で好きなのは・・・」


彼女とはなかなか話しやすかった。 アニメなども結構観ているらしい 。こうして三、四十分など一瞬のように過ぎていった。 すると彼女は窓の外を見て、


「雪止んだ様なので、そろそろ・・・」


「あ、そうですね。」


喫茶店を出てすぐそばのバス停に二人で向かった。


「今日は楽しかったです! よろしかったら携帯のメルアド教えてもらってもいいですか?」


「あの、ごめんなさい・・・」


そっか。やはり僕なんかじゃダメだったか、と思ったが彼女はすかさず両手を前で振った。


「あ、違うんです、携帯を持ってないんです。」


「え、現代の社会において携帯持ってないってありえるのか?」と突っ込みを入れたかった。 いまどきの小学生ですら持ってるいるというのに。 教えたくないから嘘を、という考えが頭をよぎった。


すると彼女はバッグから紙とペンを取り出し、


「自宅の電話番号です。夜八時すぎには家にいると思うのでよかったら連絡くださいね。それと次はいつ会えますか?」


これは想定外だ。 内心、飛び上がって喜びたい気持ちでいっぱいだ。


「来週の土曜日なんてどうですか?」


「大丈夫です、では朝十一時に藤沢駅改札前で待ち合わせにしましょうか。楽しみにしてますね。」


「はい、では来週の土曜日に。」


そう約束した後、彼女はバスに乗った。 窓から手を振っていく姿を見送りながら、来週がとても待ち遠しかった。


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