第九階層
スライム君が少し先導して森の中を移動する。
戦闘経験の豊富な知り合いと会わせてくれるという約束の為だ。
俺も魔物相手なら少しは戦える様になったが、ダンジョンに来る人間達ともなれば全く勝手が違うだろう。
まず奴らから見れば魔物は言うまでも無く敵であり、消し去るべき存在だ。
魔物同士なら言葉も無く殺される様な事は無いはずだが、人間共に見つかればその時点で既に敵対状態。
そんな人間相手の戦闘に関してお手本があると言うならば、会っておいて損は無い。
『なあスライム君、そいつと待ち合わせしてる場所はここか?』
しばらく森を進み、少し開けた所に来た俺達。
先導していたスライム君が止まったので、そのスライムとの待ち合わせ場所がここなのかと確認する。
『うん、そのはずなんだけど……まだ来てないみたいだね』
『まあのんびり待とう』
『そうだね』
俺は先程の狩りで動き続けていたので丁度良いだろうと休憩し始めた。
兎と狼は倒せる。
ならば次に倒すべき魔物はなんだ?
焦り過ぎる必要は無い。
まだ二種族共、弱過ぎる相手と言う事でも無いし、もう少しの間はこいつらだけでも成長の効率はそこまで落ちないだろう。
兎狩りに狼狩りも問題無い。
それでも兎と狼だけに飽きたなら、狩場の範囲をもう少し離れた所まで広げれば魔物の種類も増えて来るはず。
今の俺ならば狼より少し強い魔物でも倒せるのでは?
もちろん俺が常時先手で不意打ち上等だ。
戦場を掌握する能力は最強への一要素と言っても過言では無い。
だが流石にここから離れ過ぎる訳にはいかない。
遠くても往復で数日以内の狩りが良いな。
俺の行動範囲と言えば、未だにダンジョンと木の根、この二ヶ所の周辺に広がる森だけだ。
知り合いも少ないし、何より見慣れたダンジョンは安心感がある。
しばらくはダンジョンを拠点とするべきだ。
そもそもこの森がどれだけの広さかが分からない。
昨日だったか、情報屋からこの近くに街があると聞いた気がするし。
それにしてもスライム君は暢気なものだ。
草や土の上でぷるぷるゆらゆらしている。
『おう待たせたな!』
俺達が思い思いに時間を潰していると、知らないスライムが現れた。
恐らくこいつが人間相手に戦闘しているというスライムだろう。
あまり強そうに見えないのはスライムだからか。
いくら強くなろうと相対して弱そうに見えるのは魔物として残念過ぎる。
逆に油断を誘えるという点で悪くも無いのだが、やはりこう、最強種族に軽い夢を見る俺としてはいつまでもスライムって選択肢は無いな。
今一度再確認した。
『スラムニル君、遅いよー!』
『すまんすまん』
なんだこいつ、スラムニルって言うのは名前か?
それともまさかスライムから派生する上位種族にスラムニルという種族が!
ああ、いやそれは無い。俺の持つ知識に無いから、ではなくて血と液を垂らした努力の結果が『スラムニル』なんてダサい種族名になる事実は認めたくは無い。
だから種族名である説は無いとして。
なんでスライムのくせに名前なんか持っているんだ。
『スラムニル君、はじめまして』
『おうよろしくな。さて今日はお前らに俺が人間と戦ってる姿を見せてやろう』
『スラムニル君かっこいいー!!』
『ハッハー! そうだろそうだろ』
名前の事はあとでスライム君か情報屋のスライムに聞けば良いだろう。
それにしてもスライム君と同じくこいつも褒めとけば良いタイプか。
『どこで戦うんだ? ダンジョンに来る奴らは強過ぎると思うんだが』
正面から戦うとすれば、ダンジョンに来る人間なんてスライムの手に余る強さだろう。
スラムニル君の実力はどれ程のものなのか。
『ん? ああここから少し東に向かって森を抜ければ草原があるんだが、俺の狩場はそこだ』
『なるほど、それじゃあ早速向かおう』
『ハハハッ、そんなに俺の戦う姿が見たいか!』
『もちろんだともスラムニル君! 君の戦いで、スライムこそが魔物の上に立つべき種族なのだと証明してくれ!』
『ハッハッハ! 期待してろ!』
『スラムニル君かっこいいー!!』
スライム君はさっきから同じ間延びした褒め言葉を繰り返しているが、他に喋る事は無いのだろうか。
俺達三匹は出会った場所から更に森を東へ進む。
途中で魔物と戦う事も無かった為、スラムニル君の戦いぶりが見れなかったのは残念だが、人間を倒せると言っているのだ。
兎の一匹や二匹ぐらいならばきっと問題なく倒すだろう。
会う前は、人間を狩るぐらいのスライムだからもっと怖い奴なのかと思っていたが、実際そうでもない様で、思っていたよりも話の弾んでいた所で狩場の手前まで着いた様だ。
森の終わり、恐らくは東端か。
森を出た向こう側は草原になっている。
所々に岩や、単独の木が生え緩やかな高低差も見れる。
『そこの草原になってる所が俺の狩場だ』
長い草や木、岩などに隠れなければいけないので森より奇襲をかけるのは難しい場所だ。
ここが人間を相手するのに適しているのは分かった。
草原の更に向こう、あちらの方に見えるのが街だろう。
人が多く住む場所から近い草原、歩きにくく距離もある森と違って人間は多いはずだ。
ここで戦うのか、スラムニル君はきっと俺よりも強い。
『おっと、早速獲物が居たな』
『えっ! どこどこー?』
スライム君が尋ねているが、俺にも分からない。
草原には疎らに人や魔物の姿があるが、どれもスラムニル君が伸ばした腕の先には居ない。
『じゃあ俺がこっちまで連れて来て近くで戦ってやるよ。お前らはこの木に隠れて見とくんだぞ?』
『うん!』
『そんなに上手く誘き出せるのか? 出来る事があるなら俺も手伝うぞ?』
『大丈夫だ。ああいう奴らはみんな馬鹿だから深追いしてくるのさ。相手がスライムなら尚更な』
そう言って森から草原へと境界線を跨いで進んでいくスラムニル君。
最後は少し笑っていた気がする。
若干格好良かったな。
『あっ! スラムニル君の向かった先に人間が居るよ!』
確かに人間が居る。
スラムニル君はわざと見つかり誘う。
こちらへ近づいてくるスラムニル君。
スラムニル君を追いかける人間。
『……なるほどな』
スラムニル君の狙いが分かった。
それは人間だが──子供だ。
子供ならば上手くやれば脅威にもならず、ダンジョンに来る人間を相手する為の練習には持って来い。
もう少し強くなったら俺もスラムニル君を見習ってここで狩りをしよう。
『こっちに戻ってきたね!』
『そうだな、戦闘が始まるぞ』
スラムニル君は森の東端近くまで戻ってくると、動きを止めて構えた。
追いかけて来た子供も少し息を切らせながら構える。
逃げ方も上手く、草むらに潜って時々身を隠したり現したり。
草原でも慣れれば奇襲は出来そうだ。
ただ戦闘の強さに関してはまだ分からない。
子供を相手にするスラムニル君の強さはどれくらいなのだろう。
先程までは人間相手に戦闘経験も豊富そうで強いと思っていた。
だがその全てが子供相手だった場合、実力は微妙なのかも知れない。
『なあスライム君、スラムニル君はいつも子供を相手にしてるのか?』
『うん、大人になった人間は危ないからね!』
『そう、だよな』
子供とは言え武器を持っていた。
それにしても、あんな子供が草原にのこのこ現れて戦闘してくれるとは意外だな。
確かに草原に居る魔物は、スライムを含めて弱そうな奴らだ。
子供が充分戦えるぐらいの適所だろう。
だが馬鹿め、スラムニル君は子供狩りのプロフェッショナルだそうだからな。
いつものスライムと同じだ、なんて油断していたらやられるぞガキ。
子供は片手に持った小剣で切り払う。
スラムニル君は後ろへ避けて、今度は子供の足下を硬化した腕で払う。
流れるような動き、転倒する程では無いが子供の足にダメージを与えたようで、相手の顔は少し曇っていた。
今度は縦振り、上から振り下ろされる小剣がスラムニル君を液体に変えようと襲う。
だが、子供の腕力を乗せた小剣は大きく弾かれる。
『上手い!』
スラムニル君は体の硬化によって身を守りつつ、腕を突き出し剣を弾いたのだ。
機と見るやスライムニル君はバランスを崩した子供の方へ跳ね、腕を大きく伸ばす。
これで決着がつくだろう。
スラムニル君の伸びた腕は後ろへ溜められ、子供の頭部をぶち抜ける高さまで跳ねている。
とても長く感じられる。
これこそがスライムによる人間の敗北なのだと。
最初から最後までスライムの力による勝利なのだと。
興奮と感動は既にはち切れる寸前。
早く、早くその腕を振りぬくんだ。
俺の期待に応える様、スラムニル君の振りかぶった腕は子供の頭部へ向かった。
死の音。
次に俺が聞いたのは予想を裏切った死の音だった。
びちゃっ! びちゃびちゃっ!!
何が起こった。
スライムの力で人間の頭部から今の音を出す攻撃が出来るのか。
その答えを示すのは未だ健在している子供の頭部。
ならばもちろん今の音は、この戦場に居ないスラムニル君から発せられた音だ。
居ないでななく、居なくなった。消された。
『スラムニルくーーーーん!!』
叫んだのは俺の隣で一緒に観戦していたスライム君。
木の陰から見守っているからこちらは見つからない。
だが、スライム君は叫びながら動き出してしまった。
木の陰から、森から、境界線を越えて草原へ、戦場へ。
反射的なものだろう、スライム君は一生懸命進んで行く。
周りは見えていないはず、ただスラムニル君の居た場所へ。
スラムニル君が濡らした地面へ。
スラムニル君から発せられた死の音を聞いた時は事態の把握が出来ず混乱していたが、皮肉にもスライム君が我を忘れた瞬間の叫びによって落ち着いた。
だから次は予想が出来てしまう。
誰が音を出し、地面を濡らし、消えていくのか。
今度はスライム君が存在を散らし消えていく。
スラムニル君と同じ場所、スラムニル君と同じ音で地面を濡らした。
子供は未だに放心状態。
いつからか、それはスラムニル君に止めを刺されそうになった瞬間からだ。
その時からスライム君が消えた今までずっとその場で尻餅をついて放心している。
小剣は横へ落ちて、手は草の上で広げられ体を支えていた。
もちろん二匹が消えたその時もだ。
スライム君とスラムニル君を倒したのは誰か。
「ふう、まだ隠れていたのか。スライムのくせに頭の回る奴も居た様だな。ほら立てるか?」
「ぁ……あ、ありがとうパパ」
子供の父親だった。
「どうしてこんな森の近くまで来たんだ?」
「ごめんなさい……スライムを追いかけてたらいつの間にか」
「まあいい今日はもう家に帰ろう。離れるんじゃないぞ?」
流れとしては俺も『スライムくーん!』と叫んで敵討ちでもする所なのかも知れないが、そんな事はしない。
まあスライム君は良い奴だったが仕方ないな。
別にそこまで大切な奴って訳でも無い。どんまい。
それに相手はあの悪魔の様な人間だぞ?
スライム君は正真正銘の雑魚だったとして、スラムニル君は一応戦闘慣れしているんだ。
それでも軽々と倒してしまう辺り、父親の方はダンジョンに潜っていてもおかしくはない実力。
装備だって当たり前の様に充実してる。
どう見ても草原でスライムを狩る装備じゃないだろ。
俺がわざわざ死ぬ為に立ち向かう必要性を感じない。
まあ俺も冷酷無慙なスライムじゃないからな。
相手が子供だけの雑魚なら、俺が格好良く同じ種族を殺したガキに意趣返ししてただろう。
でもやっぱり相手は選ぶべきだと思う。
『スラムニル君は運が悪かったな、うんうん』
とても面白く高度な洒落を言った俺は既に森の中へと引き返して移動していた。
感傷に浸る程でも無いし、いつまでもあそこに居た所で時間の無駄だろ。
そんな事してるなら一匹でも多く狩れるものを狩っていた方が良い。
兎なら二匹以下、狼なら一匹で居る所を見つけ次第倒しながら進む。
もしかすると少しは不機嫌なのかも知れない。
死なないで済んだならそっちの方が良かったかも。
どちらにしてもその程度の事、気にするな俺。
さて、さっさと強くなってスライム脱出だ。




