第八階層
愛愛しさの化身、アウリムラビットさんを狩る事数匹。
特に考えても居なかったので、もしかすると二桁に届いていてもおかしくは無い。
どちらにせよスライムの定位置である可愛い種族のポジションを奪おうとしていたのだから、更に駆逐されても文句は言えないはずだな。
次のアウリムラビットを発見。
もはや単純作業と化して来た兎狩りだが、その嫉妬の炎は衰えを知らない。
今見つけたあそこの兎は一匹だが、さっきなんて二匹相手にしても勝てたのだ。
当然一匹は不意討ちで退場してもらい二匹目とだけまともに戦って勝った。
どうやらあの兎は食事中の様。
今から喰われると言うのに暢気なものだな。
ん? あいつの食ってるあの草は薬草じゃないか!
なんて可愛く美味しそうに食べているんだ。
アウリムラビットの可愛さポイントが上昇する前にさっさと始末するか。
だいたい誰の薬草だと思っている。
俺が見つけたのだからあれは俺のだろう。
残念だがお前の種族は薬草ではなく可愛さを選択したのだ。
どちらも得よう等と勝手な真似が許されるのはスライムのみに決まっている。
ここまで来ると、こういった軽い戯れでもしながら狩らないと暇で暇で仕方がない。
黙々とただ兎を狩るだけよりも、何か考えていた方が狩りも楽しくなるはずだ。
そんな事を言ってる間にも、兎を倒して吸収している俺なのだが、少し良い事を思いついた。
スライムは木に登れるのか?
葉を食べられた薬草の茎を見ながら考える。
試さない理由も無いので早速挑戦してみるか。
まずは近くにあった木の中でも比較的垂直になっている木へ登ってみよう。
『ふぬっ』
ずるずるずる。
駄目だ駄目だ。
何回か繰り返して少し登れそうな気もしたが、結局枝分かれしている部分までは辿り着けない。
ならば次は少し傾いた木。
木に自分の重心を移していき、そっと前へ上へと進んでいく。
少し滑っている感じもするが後退している訳でもない。
なるべく滑らないように、木にしがみつく要領も取り入れながら工夫して登っていく。
大きく全体的に枝分かれしている部分まで来ればあとは何も問題ない。
ここは森だ。
隣々へ太い枝の接触している部分から移動していく。
上から見下ろす森の風景も悪いものではない。
地上では周りが草や木だったが、枝の上なら緑に揺れる葉の世界。
狩りの観点からしても、相手に見つかりにくく見晴らしも良い。
ただ移動速度は期待できないのが難点。
流石に地面を進むより、枝を進むとなると所々でゆっくりと動かなくてはならない。
慣れたら跳ねて移動なんて事も出来るかも知れないが、あいにく世に蔓延る最弱種のスライムこと俺様に、そんな高度な移動技術が備わっている訳が無い。
枝上移動の件は置いといて、まずは兎の二匹組みを発見だ。
出来れば一匹を相手に試したかったが仕方ない。
早く試してみたい気持ちと兎相手の慣れから来るであろう決断だ。
何を隠そう木に登ろうと思ったのもこれの為、俺は硬化で重い一撃を与える戦闘方法をとっているが、何もぶん殴るだけじゃなくても良いだろう。
そんな理由で刺殺斬殺を試みたのも今や微笑ましい思い出なのだが、今やろうとしているのはどちらでもない。
──名付けて『天より舞い降りる圧死』だ。
俺だってたまにはこういう格好良い技名とか欲しいと思うよ?
スライムだから仕方ないけどさ、最近──具体的に言うと種族変えして強くなる気満々だったけどゴブリンしか選択できなくてお預け食らった時ぐらいから、小粋な技の一つや二つあっても良いんじゃないかと思っていたね。
ともかく、木の上から無防備な相手に硬化して落下する訳よ。
下部を重点的に広範囲で硬化させれば結構ダメージは大きいはずだ。
スライムが人間の膝にも満たない小ささだとか言っても、木の上から人間の肩幅大で硬化したスライム、良く言えば岩が落下してくる訳だ。
スライムの俺でも全力で遠慮する。
むしろスライムだからこそ遠慮する。
人間達は盾で防げるかも知れないが、俺なんて硬化しても防げるかどうか。
もちろん対処しないで食らったらそのまま地面が湿るんだろうな。
結果としては流石の威力。
今は既に一匹そこで伸していて、もう一匹に止めをさしている所だ。
二匹相手も悪くなかったな。
だって俺が突然登場すると同時に一匹が倒れるんだぜ。
颯爽と現れた俺に仲間をいきなり瞬殺されて焦る生き残り。
得体の知れない魔物を前にした様な恐怖を持って驚く兎。
この瞬間こそ強者にのみ許された愉悦じゃないか。
別に戦闘狂って訳じゃない、ただスライム以外の可愛い魔物は滅びれば良いと思っているだけだ。
自重した感じの、『ちょっと可愛い』程度なら生存を許可してやるが。
さてさてこの二匹の死体、吸収するのは一匹だけだ。
一匹は位置を調整して放置。
あとはそのまま近くの木からまた枝上へ。
上から見下ろすと言うのはなかなか気持ちが良い。
種族変えは空を飛べる奴も候補へ入れたいな。
そう木の上で大人しく種族変えの事を考えていると、森の奥から兎よりも大きな影がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
こちら──とは言っても枝の上に居る俺は見下ろしている状況なので、正確には俺の真下にある地面を窺うその魔物。
奴は『アグルウルフ』と言う種族。
くすんだ灰色の体で肉を好んで食べるのだが、先程遠くから魔物の死体を貪り食っている所を見て思いついたのがこれ。
兎の死体を餌にして誘き出し、潰してくださいと言わんばかりの場所に来て食事を始めた所で……スライムプレス!!
完璧な作戦だ。
奴はそれほど強いと言う訳でもないが、もちろん兎よりは上なので少し危険が伴うかも知れない。
かと言っていつまでも兎狩りをしている様では最強種族への道は遠い。
それに兎狩りも数をこなしたので、ダンジョンから出て来た時より若干強くなっているのが感じ取れる。
やはり向上心は大切だという事。
何も知らないアグルウルフが俺の置いた餌である兎の死体へ近寄ってくる。
汚れた様な灰色の体を、俺の真下へと進ませて死体を前足で触り始めた。
まだだ、まだ早い。
餌が動かない為、死んでいる事を確認したのか、前足で死体の頭を抑えて首の一部を噛み千切る。
今だ……!
枝から離れる俺の体は硬化し、アグルウルフの胴体へ一閃を描き急下降していく。
落下しながら考える。
そういえば直撃の瞬間に、相手を突く様に体を出せばどうなるのだろうか。
「キャィンッ──……」
狼の毛皮と硬化した凶器は接触し、先程のスライムプレスとは若干異なる手応えを感じつつも、大きな一撃を受けた狼から短い声が漏れたのを確認して一度大きく跳ね間合いを取る。
油断するな俺。
即座に体の狼側部分を硬化しながら、警戒してアグルウルフを見る。
……倒れている?
くすむ灰色の毛皮は、地に足つける事も無く横たわっている。
一応少しの間警戒してその場を動かない俺。
辺りを包む沈黙の中を風が虚しく吹き抜けた事で既に倒しているのだと悟る。
もしやこいつ、兎と大して変わらない強さなのでは?
確かにスライムプレスの威力には自信もあったが、アグルウルフが一撃で死んでくれるとは。
そこまで気構えする必要もなかったな。
兎の様な憎く可愛い姿と違って、普通に魔物してる見た目で騙された。
改めてダンジョン連中と比べたらそこまで強そうにも見えないが、やはりアウリムラビットを見た後だと見掛け倒しも良い所だ。
それでも冷静になって考えると、これはこれで良い教訓になったのではないか?
今回は逆に見掛けよりも弱かったが、逆に兎のような一見弱そうな見た目に騙されて、自分よりも遥かに強かった場合はどうなっていたのか。
いずれ俺の知らない魔物とも出遭う事があるはずだ。
見た目だけで強さを判断するのはよろしくないな。
元よりそんな油断するつもりは無かったので、一応知っている魔物だけを相手にしてきたが、良い意味で再確認できた。
首元を損傷した兎の体と今倒した狼を吸収しながら空を確認すると、陽はやっと上の方で森を照らし始め、もうすぐ昼になりそうなので狩りは一度中断し、木の根に真っ直ぐ向かう事にした。
木の根、今回は二度目の訪問だ。
スライム君とはここらで待ち合わせしているはずだが、まだ来ていない様子なので、仕方なく情報屋のスライムに会って行くか。
俺が渋々木の根に入ると、そいつはこちらに気付いた後、していた作業を打ち切ってこちらへ近づいてきた。
『どうした? まだスライムだったのか? ククッ』
『うるさいぞ情報屋。種族変えに必要な成長が足りなくてゴブリンしか選択肢が無かったから保留だ』
『そうかそうか、とりあえず狼頭の野郎には会えた様だな』
『まあな、それに関してのみ感謝してやる』
『気にするな、好きでやっている事だ。それにお前……どうやらあいつもお前の事を気に入った様だ』
『は?』
なんだ、なぜそんな事が言える。
そいつはどこから仕入れた情報だ。
まず『狼頭の野郎には会えた様だな』、これはどこの情報だ。
もちろん俺は伝えた覚えなんて無いぞ。
いや違う、これは俺が伝えたのか。
こいつから聞いた情報量を上回る種族変えの話を俺がした時点であれから進展があった事が分かるな。
それは良い。
じゃあ次の『あいつもお前の事を気に入った様だ』、これは流石におかしいだろう。
なんであいつが俺の事をどう思っているかも分かった?
明らかにおかしい。
あれか、気に入った奴にしか情報を流さない奴なのか?
いやコインの意味無いだろ。
それにあの隻眼の情報屋はそこまで相手を選り好みする様には見えなかった。
気に入らない奴や嫌いな奴に情報を流さないと言うのなら分かるが、気に入った奴のみと言うのは可能性が低い。
となると、こいつらが何らかの方法で接触したのか?
『ククッどうした? 考え事か? 何でも聞いていいぞ』
『知らん。何も無い』
『ところでお前、あの野郎から何か受け取ったか?』
『ん? ああ、変な指輪をもらったな。あいつがやってる酒場の客の証だとか。俺が酒場上級者なのだと見抜いたんだろうな』
『その指輪少し見せてみろ』
『別に良いぞ、これだ』
俺は酒場の隻眼マスターに渡された、あの黒い指輪を情報屋のスライムに見せる。
『ほう、客の証かなるほどな……ククッ』
『な、なんだ? どうかしたのか?』
『どうもこうも、こいつは客の証なんかじゃない。そもそも俺の知る限り、あいつはそんなもの作ってなどいないはずだぜ』
『何?』
ふむ、客の証じゃ無いのか、じゃあそもそもこの指輪なんだよ。
『こいつはちょっとした玩具でな、魔力を使って遊ぶんだよ』
『玩具なんか俺に渡して何のつもりだったんだ』
『さあな、本人に聞けば分かるだろ──』
──なあ? 聞こえてるんだろ?
“思ったよりも早かったな”
黒い指輪から聞き覚えがある隻眼マスターの声が響いてくる。
なんだこの状況。
『ククッ、それで? こいつを使ってこれを運ばせたのは、俺に何か用があったからじゃないのか』
“そういう事になるな……”
『っておい! 客の証云々は嘘かよ!』
“証なんぞ必要ないだろう、お前は既に俺の店が囲う立派な客だ”
『ああもうそれでいい、俺は寛大だからな』
“それで用件の方だが、久しぶりに俺の店に飲みに来い”
『……ククッ珍しいな』
“話したい事もある、もちろん……それなりの肴はある”
『そいつは俺も、良い酒を持って行ってやらないとな』
“お前の酒ならこちらも期待できそうだ。ではな”
『ああ、そのうち顔を見せてやる』
途中からは二人の会話を適当に聞いていた俺だが、話が区切りに至ると、黒い指輪がその場で蒸発した。
『うぉ!?』
『それは役目を終えたから消えただけだ』
『しかし、あいつめ。よくも俺を運び屋に使ってくれやがったな』
『ククッ、種族変えをして強くなったら寝首でも狙ってみると良いぞ』
『先にお前を、この木の養分に換えてやるのも悪くないな』
『そいつは楽しみだ。さて、そろそろ時間じゃないのか?』
『ん?』
『おーいキミー! お待たせー!』
木の根入り口には、スライム君が来ていた。
全くもって情報屋のこいつらは好きになれないが今は仕方ない。
色々と文句を言ってやりたい気持ちを抑えてスライム君の方へ向かう俺。
『行ってくるぜ情報屋、俺は種族変えの為にしばらく森で狩りをするからな、次会う時は更に強くなっているはずだ』
『楽しみだと言いたい所だが、所詮スライムだろう』
『お前が言うなスライム野郎』
『ククッ、ほら行けスライム』
軽く予定を伝えておき、今度こそ外へ出てスライム君と森を進んでいく。




