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魔モノガタリ  作者: 奈無
4/16

第四階層

 第一階層まで来るとやっと俺の同士を見かけるようになった。

 スライムだ。

 なんとも微笑ましいフォルムで、ぷよんぷよんした所も愛らしい。

 他の魔物や人間達にはこの素晴らしさが分からん様だ。俺がもう少し強くなっていれば皆殺しにしてやると言うのに。

 運が良かったな格上共が。


 仲間を集めるにしても一人で強くなるにしても最低限の情報は必要だ。

 漂っていた頃は、魔物達の会話からだけじゃなくダンジョン内を移動しているだけで何故か自然と知識が身に付いている事もあったのに、スライムになってからは勝手に情報が入って来る事が無くなって、会話からの情報収集がメインだ。

 自然に入ってきた知識も、役立つものから役立たずなものまでバラバラ。

 黒月光草は月の光で綺麗に光るが毒があるとか、油と言うのは火を強めたり料理に使ったりするなんてどうでもいい。

 そもそもまだ外に出た事が無いのに何が黒月光草だ!

 花の香りまで知ってても嬉しくない。

 どうせならもっと凶悪な魔物になる方法でも知りたいものだ。


 おや、あそこに見えるのは我が同士のスライムじゃないか。

 何かと戦っているようだが、隠れて観戦してやろう。


 ぷよっ、ぷよよん。


「はぁっ! はっ!」


 ぷよん。


 人間の女剣士か、スライムもなかなか華麗に避けている。

 流石だな、やはりスライムこそ最強種族だったか。

 俺は誇りに思うぞ、頑張れスライ……


 びちゃああっっ!!


『スライムーーーー!!!!』


 あの女剣士はヤバい。我が最強種族のスライムを一太刀の下に葬ったのだ。

 くそ、このダンジョンは終わりだ。スライムですら勝てなかった強い奴が他の魔物で抑え切れる訳がないだろう。


「よし、コレクティオ!」


 そんな八割本気の戯れを遮る様にして、瓶を手に持った女剣士が言い放った。知っているあれは魔法だ。

 その魔法が使われると、さっき自分を撒き散らして床を濡らしたスライムの液体が瓶の中に入っていく。


「結構集まったな」


 元々液体が入っていた瓶の中身が更に増えた。

 集めてたのか、まさかあの液体は全部……

 怖すぎる、怖すぎるぞ女剣士。狙うなら俺以外にしろ。


「でもスライムの液体はあまり安くしか売れないからな……」


 スライムの液体が売られているだと?

 ますます見つかったら危ない、第一階層も危険過ぎる。ここは裏道から外に行くしかないな。

 俺程のダンジョンマスターともなれば、そこらの魔物が知らない、ダンジョンの裏道や罠がどこにあるかぐらいは常識レベルだ。

 ふふふ、やはり最強だな。

 今さっき見たのは幻だ、見なかった事にすればいい。


『やっと着いた』


 あの明るいのが外だ。第一階層と外を繋ぐ所だけは闇で繋がっている訳ではないので、そのまま外に出る俺。

 眩しい、それに禍々しい空気が弱くなっている様だ。なんと不愉快な。

 辺りは木々に囲まれている。森か、ダンジョンとは違う新鮮な景色だな。


『キミ、もしかして生まれたばっかり?』


 俺が景色を楽しんでいたら声を掛けられた、チャンスだ。

 強い魔物なら仲良くなって仲間になろう。まずはフレンドリーに。


『ああ、まあね。そっちは……ってスライムかよ!! くそ、雑魚が俺に何の用だ? スライムごときが俺に気軽に話しかけて良いと……』


 あっぼくもスライムです。


『ああいや、何でもない。ダンジョンでは舐められない様に強気で居たからな。いきなり悪かった』

『アハハ、いいよいいよ大変だったでしょ?』

『まあな、スライムじゃダンジョンは少し厳しい』

『とりあえずあっちに行こう、ここは出入り口だからよく人間達が通るんだ』

『確かにまずいな、さっきの女剣士が戻ってきたら俺達まで売られる』


 そうなったら流石に笑い話では済まないから移動しながら話を続ける。


『えっと……売られるってどういう事?』

『ああ、スライムの液体は安くしか売れないって言ってたぞ』

『スライムの液体って倒された時のあれだよね? 誰が言ってたの?』

『その女剣士だけど』

『……』

『どうかしたのか?』

『その人が使ってた言葉分かるの?』

『まあ一応』

『本当? 生まれたばかりなのに凄いよ!』

『そんなに凄いのか?』

『うん、スライムであの言葉を理解できるなんて珍しいよ! しかも生まれたばかりだ』

『今喋ってるこれは凄くないのか?』

『これは別に、スライム同士なら誰でも意思疎通できるから』

『そうなのか』


 あまり実感が無い、漂っている頃から普通に聞いてたからな。

 しかしこのスライムは親切だな。よし、スライム君と呼んでやろう。


『ところでスライム君』

『なにかな?』

『早速だが俺は強くなりたいんだ。何か良い方法は無いのか?』

『方法はあるよ。戦ったり食べたりするんだ』

『戦うにしても相手がみんな強すぎるしな……食べるって言うのは?』

『例えば人間を倒した後、スライムだから取り込んで吸収するんだ。吸収の仕方はスライムだから分かるはずだよ?』

『ああ、なんとなく分かる。でもそれで強くなるのか?』

『少しずつだけどね。成長すると少し大きくなったりも出来るよ』

『大きくなるだけ? ずっとスライムのままなんて嫌だぞ!』

『スライムでも平和に暮らせば楽しいよ……? だけど成長を重ねると今とは違う強いスライムになるって聞いた事はある。でも途中でみんな死ぬんだよね』

『ぐっ、たしかに』


 違う種類になっても結局スライムかよ。

 しかもそれすら厳しいときたか。確かにスライムは弱過ぎるからな。


『スライム君は成長してないのか?』

『ボクは平和に生きてるから、戦ったりはしないよ? 人間にやられた魔物が放置されててそれを吸収した事はあるけどね』


 『少し見てて』と言ってスライム君が少し離れる。

 何をする気だ。スライムに伝わる必殺技か? 必殺技なのか!?

 ついに俺もスライムによる真の恐怖を人間どもに見せつける時が来た様だな。

 すぐにでも体得してやろう。


 ぐぐぐ。


『どう? 少し大きくなったでしょ?』


 なんだ、何をした? 何も見えなかったぞ?

 確かに気持ち大きくなってる気がする。だが必殺技が速過ぎたのかどんな攻撃をしたのか見えなかった。

 もしかしてスライム君はかなり強いのではないか?


『い、今何をしたんだ……?』

『ん? 大きくなったんだよ。成長して行くともっと大きくなれる様になるよ』

『今のは大きくなっただけ?』

『そうだよ』

『離れる必要はあったのか?』

『……無いけど雰囲気出す為に』

『へえ、凄いなスライム君』


 スライム君め潰してやろうか。期待させやがって。

 今はもう大きさが元に戻ってるから、いつでもサイズは変えられるんだろう。

 とりあえず成長していくと最大サイズが大きくなって、あとは人間達だけじゃなく魔物でも吸収出来る様だな。

 とりあえず死体でも探せば良いのか。


『そういえばスライムに戦いで強くなる方法なんてあるのか? まず戦い方も分からないし』

『ボクは詳しくないけど、人間達と時々戦ってるスライムなら知ってるよ。ボクより強いし』

『本当か! そのスライムがどこに居るか知ってるか?』

『うーん今日はまだ見てないからどこに居るか分からないなー。明日でも良いなら分かるかも』

『流石だな、スライム君。頼りになる』

『そうかなーえへへ。実戦じゃなくて戦い方を知りたいだけなら、物知りなスライムが居るから、今からでも教えてもらえるかも』

『場所は分かるのかスライム君』

『うん、その物知りなスライムさんはいつもだいたい同じ場所に居るからね』

『なるほど』


 とりあえずスライム君は褒めとけば良いと言う事が分かった。

 俺達は更に森を進んでいく事にしたが、時々ダンジョンでは珍しい魔物も見かけたし、やはり外は魔物の種類が少し違っている様だ。


 しばらく木々の合間を縫って進んでいると他とは違う形の木が見えてくる。

 木の根が地上で大きく分かれ、その間が空洞になっていた。

 スライム君があの木の中だと言っているので目的地はあそこなのだろう。


 根の中には、一匹のスライムが居た。

 薄暗い空間でスライム君がそのスライムを呼ぶ。


『すいませーん!』

『……珍しいな、どうした? 何か用か?』

『あ、さっき会った友達なんですけど戦い方が知りたいって』

『そういう事か、分かった。あとはこっちに任せろ』

『はーい! じゃあキミ、明日のお昼にこの木の近くに集合ね!』

『分かった、また明日な』

『またあしたー!』


 スライム君が出て行って、根の中はスライムが二匹。

 それにしてもこのスライム、なんとも簡単に引き受けたな。

 俺も騙されて売られたり……そうなれば俺の必殺スライムアタックで殺してやろう。

 もちろんまだ覚えていないので一先ず逃げてからの話だが。


『見ない奴だな、生まれたばかりか?』

『まあな、ダンジョンで生まれて今し方外に出て来たばかりだ。そこでさっきのスライム君に会ってここを紹介された』


 魔物が新しく生まれる方法ならば知っている。自然に生まれたり、同じ種族の魔物から殖えたりだ。


『災難だったな、ダンジョンで生まれた奴は迷ってるうちに床を濡らす奴が半分だ』

『そんなに危なかったのかよ』

『真っ直ぐ外へ出られたらそこまで危険じゃないが、彷徨うとなると別だ』

『たしかにその内、人間達と遇う事になるな。生まれたばかりじゃまともな戦い方も知らない訳だからそこで終わり』

『ククッ、生まれたばかりと言う割になかなか賢いじゃないか』

『そうか?』

『ああ、他の新顔と比べても悪くないだろう。まあ良い、とりあえず戦い方が知りたいんだったな』

『大きくなれるって言うのだけは聞いたが』

『魔物や人間達を取り込んでな』

『この知識だけじゃ、おこぼれの死体探しが一番妥当になる』

『安全にと言うならば直接戦うよりはそれもアリだ』


 一息置いて少し後ろへ下がるスライム。


『それじゃあまずは形を変える事が出来るかだ』


 このスライムの丸みを帯びたその柔らかな体の一部が伸び始めた。

 俺もそれぐらいならば出来る。


『こうだろ?』

『そうだ、それを地面に振り下ろしてみろ』

『いくぞ……ふんっ!』


 べちん。俺のぷよんぷよんボディが接地した瞬間に頼りない効果音が鳴る。


『次は俺を見ていろ』


 物知りなスライムも同じ様に伸ばした体の一部を振り下ろす。

 速度は別に速くない。俺の時と同じぐらいだ。


 だがそこからは明らかに異質な音が鳴った。まるで硬く重い物が落ちた様な鈍い音。


『なんだそれは!』

『今のは先の一部分を硬化しただけだ。スライムならば誰でも出来るはずだからやってみろ』

『なるほど硬化か、分かったやってみよう』


 体を伸ばすのと同じ様に、その部分が硬くなるのを意識する。

 すると少しずつではあるものの、伸ばした部分の先が硬化し始めるのが分かった。


『はっ!』


 それを振り下ろすと一度目の頼りない音とは違い、低く鈍い音が響く。

 目の前に居る物知りなスライム程ではないが、確かに硬い物が地面にぶつかった音がした。

 衝撃の後はそのまま元のぷにぷにに戻した。


『最初にしては硬化するまでの速度もなかなかだな』

『ふっふっふ、ついにまともな攻撃手段を手に入れたぞ』

『まず形についてだが、慣れもあるが成長するとより複雑な形になれる。硬化する速度は練習していればその内に上がるが、硬度は逆に成長しない限り一定以上は上がらないから注意しろ』

『なるほど、それで成長しまくれば更に強い種のスライムになれるんだよな?』

『上位種族。確かに可能だが滅多にない。俺も戦闘は得意じゃないがある程度の実力は持っている。それでもスライムはスライムだ。例えば人間の大人だが、弱っていたり素人相手なら恐らく勝てる。だが複数相手や腕に覚えのある奴になれば……ほぼ勝てない』

『スライム……』


 何というスライムいじめ。弱すぎるだろ……このままではいずれ呆気なく殺される。


『更に、倒すにしても喰うにしても強い奴程成長度合いが高く、スライムが倒せる様な弱い奴は塵程だ』

『あースライムの弱さはよく分かった』

『そうか、これでわざわざ危険を冒してまで戦う気は失せたか?』

『いや全然、それよりもスライムとは違った系統の種族になる方法はないのか?』

『ククッ……面白い奴だな』

『何がだ?』

『生まれたスライムの中には時々強さを求める奴がいる。普通の奴は今の話で自分の種族は戦闘に向かないと考え、そこまで強さを求めない違う過ごし方をする。だが更にその中で、話が理解できない馬鹿や理解して尚それでも諦めない奴が居て、地道に上を目指しては床を濡らしていくんだ』

『その諦めなかった奴の更に一部が運良く強くなって行く、と』

『そしてお前は更に特殊な考えだな。スライムとは全く違う種族になりたいんだろう? 本気か?』

『もちろんだとも。リザードマグナになったら人間達を皆殺しにしてやるぞ! ふーははははっ!』

『普通……』

『ん?』

『普通スライムじゃなくても、自分とは全く違う種族になろうなんて思う奴は居ないんだ。本能的なものかどうか分からないが、俺はむしろなりたくないな』

『それこそ俺にはよく分からない』

『クックククッ本当に面白いな……さて、全く別の種族になる方法』


 笑いの後、急にトーンを下げて話を続ける怪しくも物知りなスライム。

 周りの空気を張り詰めさせる様な気配を放ち始めた。

 なるほど、これが本当の貌か。

 だがこの溜めこそ、ほとんど方法があると言っている様なものだ。

 俺は落ち着いて、先を促そうではないか。


『ある、んだな?』

『流石に分かるか……ああ、存在する』


 根の下にあるはずの空間、先程から話していた場所とはまるで別の空間であるかの様な空気。

 存在すると言って、その中をゆっくりと奥へ進む奴の姿は、とても同じスライムには見えない。

 上位種族? 姿容も遜色無いはずの存在にそんな考えを持った程だ。

 流石に言い過ぎか、俺はスライムになって間もないのだから、これもいずれは慣れる感覚なのだろうか。

 先程よりも警戒して、奥から戻ってきたスライムを視る。


『ところでお前は今何か持っているか?』

『なんだ? 持っていないが』


 スライムは揺れる表面から一枚の葉を出して、俺の方へと差し出す。


『これは薬草だ。吸収して使えば癒える。これを一枚やろう』

『俺に?』

『ああ、ただし今は保管だ。吸収はせずに体の中へ置いておけ』

『分かった』


 試した事は無いが、薬草へと自らを伸ばしていく。

 ゆっくりとそれを引っ張って自分の体の中へ、吸収も出来るがこのまま、奥へ、奥へ。

 薬草が自分の中に在るのが分かる。


『出来たな、次は出してみろ』


 今の感覚を思い出す。自分の中に存在するそれを外へと持ち出す。

 先程よりスムーズに出来た様で、伸ばしたその歪な一本の腕の上に薬草が乗っている。


『よし、もう中に入れておいて良いぞ。それはやるから好きな時に使え。薬草はこの辺りの森にも生えている。葉だけ採って集めておくのも賢いだろう』

『助かる、だが今は種族の話だ。さっき奥へ行ったのは薬草を取りに行っただけか?』


 違うな、そう確信しているが故の愚問をわざと言う。この怪しさ、何かあるに決まっている。

 もしくは今の薬草が何か意味のある行動だったのか。

 俺の話を聞いた後、相手も少し黙っている。いや、笑っているのか。


『いいや違う。薬草なら元々持っていた。取りに行ったのはこれだ』

『……金か?』


 人間達が死んだ時に遺すコイン。それは人間達の生活に必要な金だ。俺はこれも知っている。


 笑い。今度は分かる。隠そうともしていない笑いだ。物知りなどう考えても普通ではないスライムは俺を見て笑う。


『本当に生まれたばかりか? 嘘を言ってる様には思えないがこいつが何なのか理解してるみたいだ。ククッ本当に楽しませてくれる奴だな。ともかくこいつを吸収されたら困るんでな、薬草はその試用だ。』


 薬草と同じ様にコインを受け取って、自らの中へと保管しながら言葉を返す。


『このコインがどうかしたのか、魔物には必要の無いものだろ?』

『流石にそれ以上は知らない様だな……いいか?』


 ──これを使っているのは人間達だけではない。


 その声は響く。なんだ? 意味は理解したが理由が分からない。

 魔物がこの金を使う理由も、特に強調させた理由も。


『考える時間は終わりだ。別にクイズをやろうって訳じゃないからな。そもこの金を人間共の金として考えるのは間違いだ。限られた一部だが、魔物だって同じ様に使うものだ』

『そうなのか、なら今度から人間達が死んだ後、誰も取らない金は拾っておくか』

『悪いことは言わない、それはやめておけ。ほとんどの奴は興味が無いからガラクタ同然、一部の奴は取ったら狩られるから取らないだけだ』

『狩られる?』

『こいつを知ってて持ってる奴は限られた一部だと言ったな?』

『ああ、聞いた』

『入手する方法は至って簡単、持ってる奴を殺して奪え』

『持っているだけで危険なのか』

『いいや必ずしもそうではない。奪うのは主に人間共から、但しこれが重要で、殺した奴のものになるんだ。人間どもの強さはピンキリで、雑魚であっても少ないながら持ってる奴が多い。だが魔物で持ってる奴は限られた一部。つまる所が戦闘面では低階層に転がってる奴らとは訳が違って来る』

『お前も強いのか?』

『いいや俺は違う、少々別の理由で──知っていて、持っている』

『……』

『誰が言い出したのか、表向きのルールがそれを知っている限られた魔物は自らが倒した奴以外から奪う様な醜い真似をするな、まあこの金の情報自体が随分表とは離れていてるが、これに対する暗黙のルールが、卑しい真似をした魔物は殺しても良い、だ。この卑しい奴はとある場所で情報を広められて、殺せば更に賞金が出ると来た』

『手厳しいな』

『ああ、賞金もそうだが、ただ殺しを楽しんでる奴の方が多い。今のルールじゃこの金を持ってる魔物は殺しても良いんだが、もちろんそこらの人間よりも強い魔物だ。限られたそいつらは強いが、その中ですら殺しを楽しむ奴も居る。より強い奴を求めて、このコインを持つ魔物を狙っては喜んで殺す。だがそういう魔物を殺しまくった奴らは必ず死ぬ。どこからともなく現れる何かに殺されると聞く。今じゃそれも広まって、ルールを守って金を持ってるだけじゃそう殺されはしないだろうな』

『強い奴と戦いたいから殺してるんじゃないのか? その何かと戦う為にわざと殺しまくる奴は居ないのか?』

『その何かの役を、このダンジョンの上に近い奴らがやってるらしいからだ』

『上ってなんだ?』

『……いや、忘れていたが一応生まれたばかりだったな、そもそもダンジョンのトップが誰なのかは知っているか?』


 何か呆れられたぞ。拙いことでも言ったか俺。

 だが知らないぞそんな話は。


『いや、悪いが知らない』

『魔王と呼ばれている奴だ』

『時々聞くが魔王って本当に居るのか?』

『そもそもダンジョンはそいつが居ないと成り立たないと言われている。ダンジョンにはトップに立つ奴がいる。ダンジョンのトップに立つ奴を魔王と呼ぶ。だからダンジョンが成り立っていると言う事は魔王が居る。これはそれぞれのダンジョンでも言える事だ』

『おいおい、それぞれのダンジョンってもしかしてここ以外にもあるのか?』

『このダンジョンの近くに人間共の沢山居る街というものがある。人間共はこのダンジョンみたいに、一箇所に人間達を集めて街、それを更に纏めた国というものを作っている』

『それは知っている』

『何故それを知っていてダンジョンの事を知らない。まあいい、ダンジョンは言わば魔物の街だと思えば良い。もちろん他の街も存在する』

『なるほどな』

『話がかなりずれたな。魔王はここのトップで、強さを競おうものなら桁が違う。それに近い者も同じく異常な強さだ。これは常識。だからわざとその何かを呼び出す為にコインを持つ魔物を狙う奴は居ない。戦闘狂でも無駄死にと分かっていて突っ込む馬鹿は居ない。それが、コインの事を知っていて上手くやってる様な賢い奴等なら尚更だ』

『理解した』

『コインを渡したのはさっきの別種族の件に必要だからだ。たしか種族変え、と言う。だが俺は詳しく知らない。それを知ってる奴を紹介する。ダンジョンの第五階層、後で教えるが裏道を通った先に──』

『ああ、酒場か』

『クククッ、そいつまで知ってたか、つくづく興味の湧く奴だ』


 自称ダンジョンマスターの俺が知らない訳ないだろう。

 だが、あそこでコインを使っている所は見たこと無いな。


『とにかくそこの酒場でマスターをやってる片目に傷のある狼頭を探してコインを見せれば良い』

『ただの酒場のマスターであるそいつが種族変えの事を知ってるのか?』

『……情報屋だ』

『なるほどな』

『コインを見せる時はなるべく他の奴らに見られない様に気をつけろ』

『分かった。一つ聞いてもいいか?』

『ああ、一つと言わずいくつでも聞け』

『どうしてここまで教えてくれる?』

『ククッ、分かっていない様だな、お前が面白いからだ。俺はお前を気に入った。お前は自分が思っているよりも数段特異なのだと覚えておけ』

『そうか、なら言葉に甘えてもう一つだけ──』


 既に外は暗くなり、いつの間にか点いていた木の根内部の灯りはゆらゆらと、周辺の地面を薄暗く映し出す。そんな木の根から出ようとする俺は最後に聞いてみる。どこまでも怪しく親切なそのスライムに。


 ──お前は一体何者だ?


 どうせはぐらかすか、あのククッと言う笑いしか返って来ないのだろうと考えて、答えを待たずに外へと動く。それでも興味はあるもので、一応はゆっくりと、後ろのスライムに意識を留めて。


『ククッ、俺はただのスライムだ。酒場に居る片目野郎の親友で──同業者だ』


 やっぱりかこのスライムめ、俺はしっかりと聞き届けてやってから第五階層へと向かう為、暗い森の中へ溶けて往く。


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