第二階層
第二階層で戦闘を繰り広げる音がしている。
もちろん観戦させてもらおう。
「おりゃあ!」
「どぉらっ!」
「えいやぁっ!」
魔物と戦うのは三人組。
人間の男女と……全身が毛で被われてる男。
なんだあいつ、魔物じゃないのか?
違いが分からない。
だが見当はつく、あれが話に聞いた獣人だろう。
それにしてもこいつらの戦い方はなんだ。
『ダメ、全然ダメ。なってないな』
『あー、そこは一旦離れろよ。そっちはどこ狙ってんだか』
まったく、俺の注意した所に気をつけて戦えば苦戦しないと言うのに、大人しく従え、観戦のプロフェッショナルであるこの俺にな。
しばらくして三人が部屋の魔物を倒した。
獣人の男は剣、人間の男は斧、人間の女は……剣。
さっきの戦いも前衛、前衛、前衛。
もちろん全員が剣の奴らも見かけたことはあるし、二人組みならばそう珍しくも無い。
だが全員が剣でも役割があったり、一人や二人組みであっても魔法等を駆使して戦うのが基本。
この三人は終始、斬って斬って斬るだけだ。
ああ分かった、戦いに慣れていない初心者か。
今は運良く勝てたが、次で死ぬ。
休憩した後、引き返さずに奥へ進み始める三人。
付いて行きながら少し笑う俺。
『俺の助言が聞こえていたら今から死ぬ事もなかったのになー!』
少し気が強くなっているが改めはしない。
初心者を前にすると調子の一つや二つ乗るもの。
もっとも、今から死ぬと言うのは事実なのだが。
第二階層、最奥部。
その部屋の扉に辿り着く三人。
流石はダンジョン初心者、行ける所まで行ってみようなんて愚行を迷い無く踏み締めてくれるとは面白い。
何故彼らが死ぬのか、僭越ながら自称ダンジョンマスターの俺はもちろん分かる。
「……それじゃあ、行くぞ」
「ああ」
「うん!」
扉を開く男、頷く獣人と女、笑いを抑えて三人を見守る俺。
「……」
「っ……」
「こ、こいつが──」
部屋の中央に居る魔物。
──リザードマグナ
第二階層の最奥で、この階層を踏破しようとする者を待ち構える魔物。
ストレス解消にスライムを潰して帰ったあの男達も無知ではない。
今、三人を視界に収めているこのリザードマグナには勝てないと分かっているから、必要以上に奥へは進まなかった。
その二人よりも戦力としては下であろう初心者が三人。
『さーて、どうやって死ぬのかねー』
「ねえ帰ろう……?」
「扉は既に閉まっているだろう」
「ここまで来たらやるしかないんだ!」
「そうだ」
「……」
「どうした! 早く武器を構えろ!」
リザードマグナの頭は三人の身長とほぼ同じ大きさ。
もちろん会話してる三人を大人しく待っている訳も無く、動き始める大トカゲ。
口を広げ牙を剥き、かなりの速さで三人に迫って行く。
獣人は左へ避ける。人間の男は右へ避ける。
しかし、女は放心してまだ動こうとしない。
『早速一人死んだか』
「ミーネっ!!」
叫んだのは獣人、女へと駆ける。ミーネって名前なのか。
先程の戦闘でも見れなかった速度、これが獣人の全力疾走。
いや、彼女へ近づくにつれてその一歩は、走るではなく飛ぶに変わって行く。
それは間に合い二人が転がる。
『格好良いな獣人……』
「おいしっかりしろ!」
「あ、えっ、うん……ごめん、大丈夫!」
「次が来るぞ!」
リザードマグナは噛み付きが失敗に終わるのと同時に、避けた獣人達の方へと振り向き、後ろ足に力を込めて前方へ数歩、それと同時に上半身を浮かせて後ろ足と尾だけで立ち上がる。
三人の顔が引き攣る高さ。
その上半身は落下し始めた、獣人と女を下敷きにするべく。
今度は獣人もミーネもそれぞれ避ける。
震動と共に石畳にひびを入れる巨体。
それと同時に斧を持った人間の男は横から首に斬りかかる。
「っらぁぁああ!!」
血を咲かせるも反撃に移るリザードマグナ。
横へ仰け反ったのかと思った男は油断していた。
反射的に痛みで仰け反ったのではなく、自らの判断で後ろを向いたのだ。攻撃の為に。
「後ろだ!!」
またも獣人が叫ぶが今度は遅い。
仰け反ったはずの頭とは逆方向から尾が唸る。
「っぇはっ!?」
何かの音と共に声が漏れた。
高速の尾に触れた男はもちろん吹き飛ぶ。
その速度は先程の獣人が見せた全力疾走を超えているのではないか。
そのまま壁には届かずとも、最後は床を転がり壁際まで。
『まずは斧が退場か』
あの首への攻撃は少し関心したが残念。
さてあと二人、どっちが先に死ぬのか。
二人は、飛んで退場した男ではなく、しっかりと魔物を見ている。
それでも堪えている様で獣人は歯を噛み剣を構える。
ミーネは瞳を潤ませ唇を噛んで剣を構える。
「なんだ……?」
獣人は異変に気付いた。熱気だ。
「そうかこれはっ! 離れろミーネ!」
二人は走って離れていく。
一応この魔物の事は調べている様だ。
火を吐く。だから離れる。
『何が間違いかと言うと必死に走ってるのが間違い』
リザードマグナの口が開くと同時に炎の塊が撃ち出された。
一発のみ、人の上半身程の大きさを持つ炎塊が走って逃げる獣人へ。
軽く放射される炎でも想像したのか、この時ばかりはより早く、後ろを振り返る余裕もなく走っている。
少し離れて走っていた二人。
一瞬だけ、一緒に走る獣人を視界の中へ入れたミーネは気付いてしまった様だ。
もちろん異常が混じる。
ミーネの視界にはダンジョンの背景と走って逃げている獣人だけが映るはずだった。
そこに混じる異常、ミーナの視界からは今まさに彼の命を狩ろうかとする炎塊までもが余分に見えたはず。
「────!!」
まあ遅い。その叫びは炎塊が獣人を飲み込む音に掻き消された。
『あと一人、と』
思ったよりも健闘したものだな。
薄い壁一枚の向こうに死を感じて戦っているから成長でもしたのか。
今ミーネと死を隔てているその壁も崩れるのは時間の問題だろうけど。
「絶対に許さないっ!!」
半分泣きながら叫んでいる。
さっきまで走って逃げて来た直線を逆走。
リザードマグナへ向かうミーネ。
獣人を仕留めたと確認した魔物はミーネを横目で見てから後ろへ向きつつ、その尾を高々と振り上げるが彼女は止まらない。
『あれ、ミーネ無駄死にかよ』
「やぁぁぁあっっ!!」
斜めにミーネへ向かう尾、猛進する彼女は見えていないのか。
地面へ叩き付けられた尾は石畳を赤く染めること無く終わる。
『おー今のはなかなか』
ミーネを捉えられずに振り切った尾の余力でそのまま横に向くが、ミーネはまだ止まらない。
その剣先を下へ向け重心を落とす。更に速く。
遂に横腹へ到達して速度を乗せた剣がリザードマグナを切り裂いた。
首に負わせた傷よりも深い。
血を巻き上げる魔物は若干怯むが死にはしない。
そのまま横腹の近くに居た彼女は前足に引っ掛けられて、リザードマグナの前方へ突き飛ばされる。
斧の男が吹き飛ばされた時程ではないが、バランスを取るなんていうレベルではないので当然倒れていた。
「ひっ……」
この部屋に入った時とはまた別の恐怖。
思っていた以上に長引いたけどなかなか楽しめた。
口を開けた大トカゲは丁寧に、ミーネへと近づいて行く。
「ちょっとまっ──」
何か言いかけた時には既に口が閉じていた。
咀嚼。噛んで、砕いて、磨り潰す。
『ふー終わった終わった』
観戦するのも楽しいけど、やっぱり実際に戦ってみたくなった。
そろそろ俺も魔物になるとしよう。
もちろん場所は弁える。
第二階層にもいくつかある、何も無いから誰も来ない部屋。ただの行き止まり。
そうと決まれば早速移動。
俺もリザードマグナになったりしてな。
ふっふっふ。
今の観戦とこれから魔物になる事を考えると高揚で何かが高鳴る。




