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魔モノガタリ  作者: 奈無
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第十五階層


「あの野郎……」


 今、奥で情報屋と何かやり取りしている黒い獣に、たっぷり濡らされた俺は業腹ごうはらながら仕方なく二人の話が終わるのを待つ。

 本来ならば俺の魔法でその黒い肉を同色の燃え殻にしてやるところだが、どうやらあいつは情報屋の言っていた迎えという役割を持っていそうなので見逃してやる。

 もちろんあいつの実力がまだ分からないというのも理由ではある。

 せめて種族が分ければ大体の格も分かりそうなものだが、俺が持つ魔物と人間の知識や常識にも穴があり、どうやらその穴の中にあの黒く大きな獣の種族情報があるらしい。

 かと言ってそもそもあれが一般的に知られている様な種族であるとも限らない、攻撃しておいて何ともやばい感じの頑強な種族だった場合など目も当てられない展開になる。

 やはりここは下手にぶち殺さないのが賢い選択なのだ。

 少なくとも今は。


『さて、こっちのお話は終わったぞ』

「何の話をしてたんだ?」

『別にダンジョン攻略組が気にする内容では無い。森での予定と簡単な確認だ』

「わざわざ攻略組と言う辺りの最悪な気配りをどうも。それとも──」


 俺は情報屋の横に居る黒い獣に視線を動かした。

 スライム野郎は先程まで俺一人をダンジョンに突っ込むと言っていたが、今丁寧に攻略組と言ったのはこいつが付いて来る事になったからかも知れない。


「あ? 今回俺はニグルクルイスには潜らないぞ」


 黒獣本人が否定しているので攻略組の歓迎会は必要無さそうだ。

 つまり情報屋の言い回しは本当に単なる嫌味だった訳で。


『ククッ、どうした期待したのか?』

「ぶっ潰すぞ糞スライム」

「落ち着けよ灰色、独りで寂しいなら途中までは俺が付いて行ってやるよ」

「黙れ、黒いのはそもそもそれが目的だろうが」

『ほう、分かってたのか』

「むしろそれ以外は俺に必要無いからな」

『ククッ、言いやがる』


 北西の森、そのどこかにニグルクルイスのダンジョンがある。

 しかし俺はニグルクルイスの存在など今日まで知らなかった。

 もちろんあの森のどこにあるのかも知らない。

 そこに迎えが来る。こいつが情報屋の用意したニグルクルイスへ行く為の案内役だろう。


『ならお前も最終確認と行くか』

「ああ」

『まずはこいつと一緒に一先ずの目的地、ニグルクルイスまで走る。その途中、抗争は既に始まっているから巻き込まれない様に気をつけろ。ニグルクルイスに着いたら、こいつはそこで別のパーティー会場へ行くからお別れだ。ここまでは良いか?』

「大丈夫だ」


 森に居る連中はもう暴れ始めているのか、しかし外は雨だぞ。

 随分と御苦労な事だな。


『よし、その入り口からお前は単独でダンジョンに潜る。ダンジョン内の奴らは森に出払った後だ。数も少なければ戦力も知れている。ニグルクルイスは全七階層しか無いからな、順調に行けば日が出る頃には攻略出来ているだろう。途中の階層を守る奴らを踏み殺しながら最深層に居る魔王代理を潰して来い。頭も死んでダンジョンも押さえたら向こうの奴らに帰る場所は無くなる。これで馬鹿共の駆除は完了だ。ああ、森の方の旗色は心配するな。情報通りなら余裕、そうでなくとも手は用意してある』

「待て、魔王代理の他に階層を守る奴らも残っているのか?」

『今から魔王の代理を潰しに行く奴が、その仮初め以下の魔物を気にしてどうする。ブラタヴィスの身体に慣れる為の練習台に使っておけ』

「まあ負けはしないが……」


 最深部に到達する程度に成長していれば、代理ぐらい倒せる実力になると言っていたのだから、途中の門番ごときに苦戦するはずも無い。

 現に種族変え前の時点で、ニグルクルイスの三指に入る馬鹿を倒した実力が既にあったのだから、この戦いは無謀ではない。

 そもそも周りの評価が無かった所で、今更ブラタヴィス以下の魔物に負ける俺では無いのだから、この戦いは妄動ではない。


『最後に元三配下、魔王代理の情報だ。種族は、獅子の頭を持って二本の足で移動するグレオ系の上位種族、イルトゥナ・グレオ。名前を覚える必要は無い。戦い方もブラタヴィスと同じく腕力がメイン。ただし、種族的に見るならばブラタヴィス(おまえ)よりも上だからな。今までの経験と今からの成長は必須だ』


 となると家出した元魔王の三配下はブラタヴィス二匹とイルトゥナ・グレオ。全員力任せな暑苦しい奴らだったのか。


 その後、軽い挨拶を交わし俺と黒い獣は木の根から出て、雨降る森へと入っていった。




「雨がうざいな。少しぐらい弱まれよ」

「あ? 何か言ったかー?」


 相も変わらず大雨の森、小さな声では斜め前を走る黒獣にまで届かない。

 声量を上げて何でも無いと否定する手間も、走りにくい地面も、降り注ぐ水滴に妨げられた視界も、全てこの雨のせいだ。


「そうか」


 木の根を出てから数十分は経っただろうか、退屈で劣悪な道中、数十分というのはただの体感であり実際はまだ十分程度だったりするかも知れないな。


「おいおいどうした、顔上げてないと襲ってくる敵が見えないぞ?」


 走りながらの会話。

 こいつは四足で軽快に走り、俺も傍から見れば空気に逆らわず流れる様な、優美な走り方に見えてしまっても仕方ない。

 しかし本当は、ようやく走り方も落ち着いて慣れてきたという所だ。

 一応数時間前に種族変えしたばかりであり、これが俺で無ければここまでの順応性は見られなかっただろう。


「まさか疲れたなんて言わないよな? まだ五分も走ってないぞ」

「あぁ?」


 疲れてはいない。

 だが聞き流してはいけない情報があった。

 この苦行の仲良しピクニックが始まって、まだ五分も過ぎていないというのは大問題だ。


「嘘つけお前、十分は経ってるだろ」

「灰色ちゃんよ、休みたいからってそれはねえよ。もう少し面白い言い訳があるなら考えてやる」

「黒色ちゃんこそ自分が休憩したいんだろ? 俺はまだ休みなんて必要ねえよ、ただ五分は無いと思っただけだ」

「ああ? この俺が五分走っただけでへばる訳ねえだろ!」


 この野郎、「五分」の部分をわざわざ強調しやがってうぜえ。


「じゃあ黙って案内しろや鈍足が。十分は走ったしそろそろニグルクルイスも見えてくるだろ。つか何分かかるんだよ」


 もちろん俺も「十分」の部分を強調してやる。


「はあああ!? だぁれぇが鈍足なんですかねぇ? ぶち殺すぞ灰色が、てめえに合わせてノロノロ歩いてたんだろうが! ……あと半分って所だ」


 今度のアクセントは「歩いて」だ。

 最後にしっかり質問に答えているあたり、本当に怒っているのか分からない。


「ならもっと速く走れよ! なんで俺がお前とのお散歩に付き合わないといけないんだよ」


 返した強意は「お散歩」だ。

 走りながらの愉快なお喋り。

 実際に疲れてはいないし、走行にも慣れて来た今ならば、これの倍程度で走っても問題無い。


「じゃあ、歩きじゃなくてちょぉぉっと走ってやるからよ、せめて迷子にならない程度で付いて来てくれよ?」


 そう言って大きな黒獣は足を速めた。

 この程度ならまだ余裕。足がある種族のブラタヴィスに今までの微々たる移動速度の補正もあるのだから当然だろう。


「ちっ、なかなかやるじゃねえか糞灰色。一応速さを誇る俺が褒めてるんだから喜べよ」

「お前に褒められても吐き気以外感じないな。つかこの速さで誇ってるってのは何の冗談だ糞黒色」

「いちいちムカつく雑魚灰色が、案内の前に実力差をはっきりさせておくかよ?」

「時間の無駄だろ雑魚黒色。速さを誇ってこれじゃあ話にならない。俺はこれで、移動速度よりも戦闘が売りだからな」

「はああああっ? 俺だって別にこれが限界速度じゃねえよ! まあ俺の本気を見せてやっても良いがな、……とりあえず先にお前の得意な戦闘と行くか?」

「良いのか黒色? 今謝るならば俺の繰り出す華麗な技を見学するだけにしといてやっても良いんだぞ」

「お前こそ無理そうならそこで指咥えながら土下座でもしてろ」


 走っていた俺たちは会話の途中、同じタイミングで止まる。

 向かい合って居る間も雨は降り、敵はこちらを狙う。


「雑魚じゃねえか、俺が全員狩ってやるからやっぱ灰色、お前は仰向けで死んだ振りでもしてろ」

「馬鹿お前に任せたら遅くなるだろうが黒色、お前が地面の泥水啜って命乞いでもしてろ」


 楽しい会話の最中も、敵はこちらへ近づいて来る。

 囲む様に、逃がさない様に。

 雨に濡れた狼達は、毛が張り付いていつもより小さく見えた。


「しかしこいつらはニグルクルイスの魔物なのか?」


 牙を剥き飛び込んで来た一匹を、爪で抉る様に叩き伏せながら喋る俺。


「だろうな。まあどこの狼にしろ襲ってきた時点で敵だ」


 反対側から跳び込んで来た一匹を横から噛み掴んで投げる黒色。

 残りは動きを止めて様子を見ている。

 展開が滞留し始める前に終わらせるか。


「ほらもう一匹」


 出方を待つ程でも無い狼相手だ。

 普通に近づいて蹴り飛ばした。

 隣に居たもう一匹の狼が蹴りの隙を突こうと近付いて来たので、回り込み後ろ足を握って、ブラタヴィスになり強化された自分の力を確かめる様に思い切り地面へ叩き付けた。

 外傷は無かったはずの狼だが、叩き付けた瞬間に血を含んだ何かが前方へ綺麗に発射される。


「おいおい汚ないな。洗って来いよ」


 俺が声を掛けたのは死んだ狼にでは無く、俺と同時に動き出して狼狩りをしていた黒色だ。

 もっとも今は、射出されたばかりの何かが黒色の胴体に当たり、そこだけ変色しているのだが。


「てめえわざとやっただろ!」

「何言ってるんだ言いがかりは止せ。心外だ。後ろに一匹居るぞ、噛まれて死ね」


 返答の代わりに飛んでくる狼の死体を華麗にかわす俺。

 その移動先に居た一匹を殴り飛ばす。

 これで黒いのと俺が居る立ち位置から見て、こちら側に居た狼は全て倒した。

 俺が補吸魔法プレデイションで糧回収をしている時には、既にあちら側も全滅させていた様だ。




 走る、並走する。更に速く走る、並走する。


「どおおおしたあああ! これが限界かよおお!?」

「はあああ!? まだまだ助走だぜええええ」


 雨の中を叫びながら猛進する獣の影が二つ。

 片方は俺なのだが、これは暇で仕方なく遊んでやっているだけだ。

 俺が黒い獣に追いついてやると、黒いのは意地になって更に速く走る。

 俺にはまだまだ余裕もあるが、これ以上は黒いのの体力が心配な程の爆走。

 声を出すのも息苦しくあり、顔にぶつかる雨粒も鬱陶しい。俺は余裕だ。

 走る感覚に慣れてきたはずの両足が、何故か種族変えした直後よりも思い通りに動かない。俺は断じて疲れていないので別の理由だろうな。

 ふははは、黒いのは顔をなんとも凶悪に崩して息を荒げている。

 相当に疲れているようだな。俺には分かるぞ。

 そして何故か俺も下顎が下がったまま持ち上がらない。

 いや、持ち上げる体力すら今は惜しい。


「そっ、おおおっ、そろそろおおお、限界じゃないのかあああ?」

「だあっ、ま、まだ余裕に決まってんだろおがああああ!!」


 先程こいつが「あと半分」と言っていた所から、あの言葉が正しければ既に到着している距離なのだが、どうにも十分は経っている経過時間を五分などと言ってしまう馬鹿げた時間感覚も含めて、こいつにそこらの質問をするのは無駄だという事が判明した。

 これで方向感覚すら死んでいたならぶち殺して単独でニグルクルイスの入り口を探す方が早いが、情報屋が案内役に用意したのだから、最低限の役割は果たせるはずだと我慢しよう。


 しかし少々飛ばし、過ぎでは、ない、だろう、か。

 まだ、まだ、よ、余裕だが。


「ふ、ふぉぉおい!!」


 いきなり隣で奇声を上げた黒獣。

 本気で不味い域の全力疾走をした事により、声が掠れて裏返ったのだろう。

 そして何故かそのまま徐々に速度を落とした。

 

「……なんだ黒いの、気持ち悪い声出すなよ」

「あれ、だ。あれ……」


 鼻先で前方へと視線を持って行く様に促す。

 今はそれ以上喋りたく無い状態なのだろう。

 俺にはその気持ちがとても良く分かる。

 だが断じて、俺も疲れているから共感出来たという訳ではない、あの程度は余裕なのだから。


 前方に何かが見える。

 あれがニグルクルイス、目的のダンジョンだろうか。

 木々に挟まれた泥路でいろを全力疾走して、やっと着いたか。


「目的地はあれか?」

「ああ、ニグルクルイスだ。さっさと潰して来い」

「よし、この俺が早速行っ──」


 俺の言葉が別の大音によって遮られた。

 この際なので雨音が奏でる素晴らしい騒音は許してやろう。

 だが木々を巻き込んで、圧し折って、貫いて放つ轟音に重奏を頼んだ憶えはない。


「おいおい大丈夫かよ」


 森の奥からぶっ飛んで来た物体に近付いて行く黒獣。

 軽い調子だが一応心配しているという事は魔物であり味方か。

 俺の目的は飛んできた物体の安否確認ではないので、無視してニグルクルイスへ入って行っても良かった所だが一応近付いてみる。


「こいつ、味方か?」


 このぷにぷにボディからしてスライムなのだが、明らかに普通のスライムではない。

 まず普通のスライムならば、先程の派手な登場で既に地面の泥水と化しているはずだ。

 そして気絶かどうかは知らないが、この動かない本体の周りをふわふわと浮かんでいる小さなスライム質が複数。

 スライムの上位種族か。


「ああ、少なくともニグルクルイスの連中では無いな」

「……お前何で判断してるんだ?」

「森で戦ってる奴らも方法は色々持っているんだろうが、俺の場合は鼻だな」

「臭いか? ……俺には何も」

「こいつじゃなく相手のだ。ニグルクルイスの臭いが染み込んでたら敵。ま、それでもすぐに判断出来る様になる訳ではないからな。お前みたいに間抜けそうだと一生無理だろ」

「いちいち自殺希望の意思を伝えなくても、後で手が空いたらぶち殺してやるから余計な事は一切喋らなくて良いぞ。俺だってその程度少し集中すれば……」


「無理だな。現にお前、今臭ってないだろ」


 その瞬間、俺たちよりも更に大きな影が突っ込んでくる。

 方向は先程のスライムが登場する時に無理矢理広げた木々の道からだ。

 臭いで気付いていたらしい黒獣はもちろん、俺もその場から大きく跳んで避けた。


「やっぱ臭いなんてどうでも良い。気付いていたら問題ないんだ」


 相手は数秒前まで俺達が居た場所に突っ込んで泥は派手に跳ね飛んだ。

 そこからゆっくりと起き上がる大きな影。

 この姿はなんだ。広げれば相当な大きさになるであろう翼には鉤爪かぎづめが備わっている。

 毛に覆われた全身。

 左右の鉤爪を体の前で地に突いて威嚇する。

 毛色こそ隣の野郎と同色だが種族は完全に別。

 俺はこんな翼を持った魔物を知っているが、こんな大きさの魔物は知らない。

 ダンジョンに居る蝙蝠こうもりはもっと小さかったはずだ。


 俺の知識外、つまり紛れもない初対面。


「なかなか大物じゃないか」


 先程の小さな狼達とは雲泥の差がある。

 蝙蝠が持つ大きさ、それは雨夜あまよの森を背景とする事で、輪郭は闇に溶け、本来以上の威圧感を放っていた。


 丁度良い。

 この蝙蝠がどこまでの強さかは分からないが、ブラタヴィスの強化能力を試してやろう。

 意識すると徐々に全身が熱くなってきた。

 なるほど、強化の度合いはある程度調整出来る様だ。


 ふははは、いくぞ蝙蝠。


「これが俺の──」


 俺を包んでいた何かの殻が弾け飛ぶ様な感覚。

 だがそれと同時に、対峙し睨み合っていた蝙蝠が、視界の中心に捉えていたはずの蝙蝠が、瞬刻すら満たさず掻き消えた。


 蝙蝠が唐突に姿を消してすぐ、いきなり響いた音の方向へ目を向ければ木にぶつかり呻く蝙蝠と、そこから後ろへ跳んで離れる黒獣が居た。

 姿が掻き消えたと思ったあの瞬間、実際は黒獣が横から蝙蝠に突進したのだと理解する。

 速い。

 俺が自身の強化に集中していたというのもあるが、それでも速い。

 瞬間的な速度は今の俺よりも上であろうその黒獣が口を開く。


「さっさと行け灰色、こいつに二人も要らねえよ。どのみちこっから別行動なんだ。この蝙蝠は俺が始末しといてやる」


 今の速さを見せられたら、その言葉が虚飾ではなく確かに二人も要らないというのは分かる。

 そもそもこの蝙蝠自体、種族的にそこまで強いのかどうかも分からないのだ。

 それなら黒いのが言う通りに、大人しく目の前のニグルクルイスへ向かった方が賢いだろう。


 だがそれ以前に俺の最強モード、もといブラタヴィスの能力強化を披露する機会が潰れてしまったではないか。

 ……まあいい、まだニグルクルイスにも入っていないじゃないか。

 ここから第七階層まで、試す機会はいくらでもある。


「せいぜい死なない様にな」


 聞こえるかどうかも分からない小さな声で呟いた後、俺は石で出来ているニグルクルイスの入り口を潜った。




「おーい生きてる奴ー、居ませんかー? 殺すのでさっさと出てきてくださーい」


 丁寧な言葉遣いで叫んでみるが反応は無い。

 そもそも低階層には俺の言葉を理解する魔物が居そうにないが、この音に対して何らかの反応はあっても良いはず。

 大体、代理が居る第七階層までこの調子では飽きるじゃないか。

 第一階層の終わりが見えて来たというのに、出会った魔物は雑魚が数匹だ。

 これは予想以上の過疎ダンジョン。

 それだけ戦力が森の方へ出払っているという事か。



 第三階層。

 やはり魔物の密度は変わらず、一つの階層で出遭うのは十匹未満。

 まあ、残念ながらこのニグルクルイスのダンジョンマスターではない俺が隅々まで狩って回れる訳もない。

 恐らく未探索の通路や部屋にも魔物は残っているだろう。


 さて、ようやくまともな相手と戦えるのだろうか。

 俺の進路を塞ぐ扉の向こうから気配を感じる。

 ただしこの程度であまり期待し過ぎるのも良くない。

 ニグルクルイスに潜ってからここまで来る間に、少ないながら魔物を倒してきた俺。

 その中には当然見たことの無い種族も混じっていた。

 最初こそ胸を躍らせるが所詮ニグルクルイスの魔物。

 俺と戦う為に存在していたのではなく、俺の糧となる為に存在していた雑魚だと判明する。


 両開きの扉を開け放ち、今居る通路と今までより広い部屋が繋がった。

 空間は繋がり、前進を可能とする。

 俺は部屋へと進んで立ち止まり、相手に向かって剣を身構えた。


 後ろで扉が閉ざされて、今居る広い部屋と後方の通路が遮断された。

 空間は絶たれ、後退を不可能とする。

 俺はそれを感じ取り、相手がこの階層を守護する魔物だと理解した。


 こんな部屋に閉じ込められたのだから、これはもう相手が第三階層を護る者という事で確定だろう。

 この部屋の反対側に位置する場所で、静かに佇む相手。

 未だに動こうとはせず直立不動でこちらを向いている。


「来ないのなら、こちらから行くぞ」


 森ではあの黒いののせいで見せ場が無かったが、ここでなら邪魔は入らない。

 早速能力強化を試すべく、全身を力ませ集中する。

 身体が徐々に熱くなり纏う力のみなぎりが一定まで達すると、何かが弾け強化が完了する。


「これはなかなか、流石は古の封印から目覚めた種族だな」


 ブラタヴィスという種族の持つ在りもしないエピソードをうそぶき勇む。

 通常時の力に慣れてきていた俺は、更に増大した力を確かめる様に手を握り、突き出した。

 最初の握りと同時に地面を思い切り蹴っていた俺は既に相手の目の前に在り、突き出した拳は俺の速度に対してどうにか反応出来た相手が防御しようと前面を庇ったその片腕を──砕いた。


 岩で出来た片腕の破片は周囲に散乱し地面へと降る。

 しかし、それらが接地するよりも速く、俺は脚の振り上げを試みる。


 本来ならばそのまま頭の位置まで昇る足だが、今はそこまで行くかどうか。

 もちろん身体が硬いからなどではなく、足が辿る軌道に相手の残存する方の岩腕があるからだ。


 次の瞬間、無事に登頂を果たしていた足が意味するのは、初撃で砕かれた破片が全て落ちきる前にもう片腕も爆ぜ失せたという事だ。


 なんだこいつ弱いぞ……。

 開戦直後、岩で出来た両腕を失った相手。

 俺もまさか最初の一発で腕をぶち壊せるとは思っていなかったので驚いていた。

 相手はこの階層を護る者なのだから、それなりに慎重に行くつもりで挑んだはず。

 本来なら初撃で一度離れようと考えていたが、予想以上の結果に対し、即座に予定を変更し蹴り上げたのだ。


 残った頭、胴、両足。

 これらも全て岩で出来ている様。

 つまり勝負は見えている。

 先程吹き飛んだ両腕と同じ材質という以上、俺の基本攻撃に耐える事は出来ない。


 しかし楽な相手だな。

 これがゴーレムという奴か。

 知識にある姿とは多少違いはあるものの、大体の雰囲気は押さえている。


 腕を失ったゴーレムは頭突きをしようと一度仰け反るが、その間だけで充分だ。

 俺は体勢を直して、迫り来る岩の頭に拳を叩きつける。


「動かなくなったか」


 遂に胴と両足だけになったゴーレムは、ゆっくりと後ろに倒れ動かなくなる。

 結局の所、ゴーレムが弱いのもあるが俺が強すぎてしまった様だな。

 俺の持つ知識からすると、普通のゴーレムは雑魚に毛が生えた程度なのでそこそこの人間なら勝てる相手だ。

 それを倒しても強さの証明とはならないだろう。

 しかし、今回のゴーレムは俺の知っていた一般的な奴とは少々毛色が違うのと、更に言えば第三階層の守護を任されているのだ。

 なのでこのゴーレムはかなり強いと思う事にしよう。

 きっと魔王にも迫る勢いの強さ。


 ふはははは!

 それを相手に圧勝してしまった俺。

 遂にここまで化けたか。

 ブラタヴィスの強化も素晴らしかった。

 もはやニグルクルイスの攻略は余裕。

 今頃何も知らずに第七階層で待ちほうけている魔王代理。

 ふっ、やれやれ誰の許しを得て生きているのだろうか。

 生意気にも生存してしまっている魔王代理には在るべき所に納まってもらわねば。


 その在るべき所に、補吸魔法を使って目の前のゴーレムを摂り込んだ俺。

 残骸が消えると共に奥の扉も開いたのでそのまま進んで行くとしよう。


 第四階層、そして第五階層はまたも過疎地。

 別に雑魚がもっと増えれば良いという訳ではない。

 ただ魔物が少ないなら少ないで、階層を護る魔物をもう少し置いて欲しかった。

 命の危険が迫る道中よりかは良いが、ニグルクルイスの攻略を投げ出したくなるみが迫る道中もなかなかきつい。

 飽きとは怖いものだ。それ一つで行動を中止させてしまう程の脅威。


 まさかこれこそが相手の狙いなのか?

 危うく術中に陥るところだった。

 ふっふっふ、俺でなければこのニグルクルイス全体に仕込まれた上級誘引魔法には気付きもせず、戦意を奪われて引き返していただろうな。

 しかし相手も相当な使い手だ。

 今の今まで魔法に影響されてる事すら気付かなかったとは。

 いや、今ですら自身が魔法の影響下にあると感じる事が出来ない。

 俺の持つ魔法補正があってもこの有様か。

 面白い。情報屋の話によると魔王代理──元魔王の配下が得意とするのは力技だと言っていたはずだが、これは相手も日々進化していると考えるべきだ。

 ここで気を入れ直し、俺は第五階層後半部を駆ける。


 久しく見かける事の無かった雑魚コボルトが徘徊しているのを見つけた。

 弱い人間相手なら正面から挑んでも勝てそうだという実力を持つ俺に掛かれば、今更ただのコボルトなど俺の歩行を妨げる事すら叶わぬ存在。

 しかし俺は立ち止まる。

 既にコボルトは地に倒れ、動く事も無いが立ち止まる。

 考えてみると俺の攻撃方法は牙や爪、殴打や蹴りなどの単純なものばかり。

 もちろん魔法はあるのだが、それよりも今は足元のこいつだ。

 コボルトは剣等の武器を持っている。

 足元のこいつが剣を扱い戦うのに、それよりも上位のコボルト、俺が素手で戦っているのはとてもおかしい。


「と言う訳で没収だ」


 俺は刃が綺麗とは言えない剣を空で振り、その感触を確かめる。

 この剣捌き、若干速く振り過ぎて時々どこかへ飛ばしてしまいそうになるが、まあ最初はこんなものだろ。

 何故か少し尻尾が揺れている。

 恐らく剣を振る時に身体のバランスを保とうと尻尾を無意識に揺らしていたに違いない。

 俺はいつも通り冷静な判断で、尻尾揺れの原因を突き止めた。


 俺に剣をくれたコボルト君を糧にして先へ進もうとしたが、鞘が無いという事実に遭遇した。

 コボルト君も鞘を持っていた訳ではなかったし、やはり今は刃を剥き出したまま持ち歩くしかないか。

 装備を一つ増やした俺は、そのまま第五階層を抜けた。



 第六階層も今までとは大きく変わらない様子で、少ない糧を得ながら着実に成長していく。

 既に雑魚相手に補吸魔法を使った時の、成長している感覚が薄れてきていた。

 種族変え直後なら充分成長に貢献する弱い魔物達。

 だが成長量だけではなく基礎能力も上がってきている俺なら、最初から少し強い魔物を狙うという事も既に可能。

 となれば有象無象の塵を必ずしも相手にする必要はない。

 ならば最底辺狩りなど、この出来る魔物である俺に相応しくないのではないか。

 ふむ、最底辺の魔物は相手にしない方向性で行ってみようか。


 しかし第七階層に居る魔王代理を倒すまでは、微量の成長も惜しいので今は仕方なく塵掃除を続ける。

 出来る魔物には柔軟な判断が必要なのだ。

 それに少し強い魔物と言っても、最底辺を除くだけ。

 勝算の見出せない相手に戦闘を吹っ掛けるという意味ではない。

 ただ無難に、そしてなるべく格好が付く様に成長して行きたい。


 考え事をしていると、いつの間にか第六階層の最奥まで辿り着いていた様だ。

 目の前にあるのは見覚えのある扉。

 第三階層、ゴーレムの部屋と通路を区切っていた扉だ。

 つまりこの先に第六階層を守護する魔物が居る訳か。

 第四、第五階層には居なかった為、このまま魔王代理の所まで何も無いのではと心配していた程だ。

 さて、ここが第六階層という事は、次の第七階層に居る魔王代理を除けば必然的にニグルクルイス最後の「非」小物となる。

 だがゴーレムが非小物とは言えない弱さだったので「最後の」ではなく「唯一」のとも言えそうだ。



 ゆっくりと扉を開け、相手の顔を見定めてやろうと剣を構えつつ部屋へ入る。


「……人間、だと?」


 何が、起こっている。

 人間の男が一人、何かの脱け殻を思わせる虚ろな瞳が、何かの意思を持ってこちらを見つめていた。

 気付かない内に焦燥を抱いて纏まらなくなる思考。

 それに気付いた俺は急いで剣先を相手に向け直し一歩退く。


 この程度の展開に焦っていてどうする。

 魔王代理を倒す為にダンジョンへ乗り込み敵を倒す。

 情報屋によれば、ここは魔物と戦う様な人間達の多く集う東の街からは遠く、見返りも無い。

 今のニグルクルイスに人間が居る理由が無い。

 そしてダンジョンの階層を守る場所には魔物が居るはず。

 そんな場所に人間の男が居た。

 それだけじゃないか。

 そこに居るはずがなかろうが、そこに居るべき者と違おうが、敵は敵だ。


 正面に居る男の強さは分からない。

 この第六階層まで辿り着く実力はあるのだろうが、ニグルクルイス(ここ)に出る魔物の強さなんて知れていた。

 運が良ければ素人でも来れる程だ。

 到達階層はあてに出来ない。

 ならば最大限の警戒を。

 俺はブラタヴィスの能力強化を行使して体に赤を増やした。


「……」


 俺と同じく片手に剣を携える男は、素手の左腕をこちらへ向ける。

 人間のくせに無言なのでどこか気持ち悪いが、殺してしまえば一緒だろう。

 素早く相手に近づくが、途中男の素手に何かが集まりだし──


「フレイム」


 男が本日第一声を唱え終えると同時に、手から炎が放射された。

 俺は慌てて横へ跳ぶ。

 もしも強化していなければ俺の毛が焦げる所だったではないか。

 こちらも着地と同時にウィンドボールを横並びで二発、更に遅れて一発撃つ。


 避けきれず一発が男の肩を掠めた。

 軽く半身を弾くも、相手は気にせず突っ込んでくる。


「おいおい反応薄いだろ」

「……」


 距離を詰め終えた男は勢いを殺さず剣を突き出してくる。

 反応自体は問題なく、その刺突を上へ弾いて反撃を入れようとしたのだが、男は弾かれた剣をそのまま手放し、手をこちらへ向けていた。


「フレイム」


 超至近距離で放射された火炎は俺が居た場所を包み込んで部屋を暖めていた。

 一段階能力強化をした今の俺でも、手を向けられてから動こうとしていれば火傷を負っていただろう。

 それ程までに後の事を考えない動き、とにかく一度焼ければ良いという様な無謀を孕む攻撃だった。

 だが、俺も手を向けられる前から気付けた訳ではない。

 それでも避けられたのは、放たれるフレイムに気付いていないのにも関わらず、前段階である剣を手放した時に動き始めていたからだ。


「この剣は没収だ」


 コボルトから没収したボロい剣よりも良さそうなので没収させてもらおう。

 短い付き合いだった剣を後ろの方へ投げ飛ばして、素手になった相手を見据えた。

 さて剣を失いどう動く。


「痛っ」


 突然、後方から間の抜けた声が漏れた。

 先程まで誰かが居た気配などしなかったはずだが。

 敵であれば前後を挟まれている事になるので、横へ大きく移動しながら声の漏れた方を見る。


「よ、よく気付いたな」


 間抜けた焦り声の主はそう言った。

 一体何の事を言っているのか皆目見当もつかない。


「最初から気付いてたが?」


 そういう事にしておくべきだと判断した。格好良い。


「うう嘘だ、だな! そそれなら最初から、こっこっちを狙ってたはず、はずだ!」


 間抜け声のゴブリンを狙うのがこの戦闘での正攻法、つまりこいつらは恐らく仲間。

 間抜けが一見して戦闘に参加していなかったのに、間抜けを先に狙うのこそ正しい戦い方、戦闘が有利に進む戦い方という事は、このゴブリンが何らかの方法で先程までの戦闘に干渉していたという事か。


「例えばダンジョンに乗り込んで」

「……な、なんだよ?」

「強い魔物が居ると思って期待してたら雑魚ばかり。そんな退屈なダンジョンで第六階層の最奥まで来たとする」

「……そ、それ」

「そこで少しは楽しもうと工夫をする訳だ。何かに気付いても見て見ぬ振りをしたり、手を抜いて戦闘を長引かせて遊んだりな。この努力、どう思う?」

「……」

「ふむ、喋れないならもう死んで良いぞ」


 そう言ってゴブリンに一歩近づく俺。


「あわっ、す、すごい努力だ、です!」

「そうだろ。ところであそこの固まってる人間の男は何者だ?」

「あれ、は、魔物を狩ってた人間、です」

「お前の仲間か?」

「ひっ……い、いや、強かったから使ってただけで、ほ、本当はあんなの嫌いで」


 その瞬間、男は糸が切れた様に崩れ落ちた。

 死んだのか。

 ……いや、死んでいたのか。

 戦闘中の様子から見ても間違いない。

 元から死体、それをこのゴブリンが操っていた。


「死体はどこで用意した」

「も、森で、死ん、でた……」


 操れるのは死体だけなのだろう。

 もし違っていたら俺が操られて居るはずだ。

 それとも人間でないと操れないか。


 しかし男の動きは悪くなかった。

 決死の動きで無謀な猛攻をさせ、犬死にとなっても問題無い。

 そもそも既に死んでいる。

 死体を操れるなんて素晴らしい技ではないか。

 帰ってから情報屋に聞いても良いがどうせならこいつから種族名でも聞いておくか。


 あんな人間の男も操れ──

 後ろで倒れているはずの男へ視線を移動させると、男が荒々しくこちらへ向かって走って来ていた。

 このゴブリン、俺を不意打ちしようとしたのか。

 種族名を聞いたら逃がしてやっても良いかと思っていたがやはり殺すか。

 俺は男の突進を小さく避けて振り返る。

 するとゴブリンが悲鳴を上げ始めた。


「ぎ、ひぃぁあああ! 助けてくらあ、っさいぃ!」

「……」


 男の放射する炎の中で踊り回る間抜けなゴブリン。


「自滅か?」


 少し離れての見物。

 男の出した炎が消えた時、ゴブリンは叫ぶ事もせず弱っていたが、男は何度も蹴っては踏んでを繰り返していた。

 しばらくするとゴブリンどころか男の方まで動かなくなり、再度糸が切れた様に崩れて落ちた。


 操られるだけの死体が何故ゴブリンを襲ったのか。

 間抜けゴブリンの操作ミスという事もあり得るが、保身においてそう簡単に失敗が起きるとも思えない。

 暇つぶし程度にそんな事を考えながら二体を糧に成長する。


 まあ、死体を操る技やあのゴブリンの種族については魔王代理を倒してから情報屋に聞くとしよう。

 この部屋へ入る時に使った扉と奥へ続く扉が開き、辺りが少し涼しくなった気がする。

 やはり奥の扉の先が第七階層、魔王代理の居る場所へと繋がっているからだろうか。


 俺はこの部屋に来る前よりも綺麗になった剣を片手に、ニグルクルイスの最終階層に向かった。



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