第十二階層
俺は漂う魔光だ。
地面とは少しだが離れている。つまり浮遊状態。
ならばもっと上、魔物共が届かない所から一方的に魔法を放てるのでは。
そう思い試してみるも、結果は微妙に高くなっただけ。
『暇だな』
現在は魔法戦闘にも慣れた為、まだ陽も無い夜空の下で情報屋に言われた北西の森へ移動している俺。
ただ移動するというのもつまらないから、先程の高度上昇を始め色々と試している。
勿論、メインは新技のネーミング思案だ。
目的地――新しい狩場の目安として、ダンジョン周辺の森には居ない様な魔物が出始めたらそこが狩場。
風が通り抜け、頭上で葉が揺れ擦れ合う森を進む。夜中なので暗い。
未だ、見掛ける魔物は兎と狼。
ただし北西に近づくに連れて、兎の数が少なくなって来た気もする。
しばらく進み続け、若干空は白んで来たが景色は相変わらずの森。
だが俺の正面に居る魔物が、ここは既に今までの狩場とは違う場所なのだと告げていた。
『シャープボア』、そう呼ばれている魔物が俺にその牙を向けて威嚇している。
毛色は赤黒い茶色で胴体が細い、そして前方に伸びた鋭い牙がこの猪を構成している。
油断などするはずも無い、猪は敵対している。
既に先制で一発、ソイルボールをかましたが故の威嚇だ。
向かい合うこの状態から、俺はファイアーボールを直線軌道で放った。
それと同時に相手も駆け出し、火球へ自ら突っ込んで来る。
『おいい!?』
鋭い牙がファイアーボールを突き刺し弾く。
全く止まる気配の無い猪突は奴の予定通り、その速度は俺の想定以上。
今まで戦って来た魔物が見せた動きの中でもトップレベルの速度を誇るこの突進。
観戦のプロフェッショナルである俺にとって反応出来ない速度でもないのだが、ファイアーボールを突き刺し消滅させた状況に驚いて対応が遅れる。
一瞬の行動。
猪の前方に伸びた二本の槍、俺は緊迫した状態で最低限、『串刺し魔光』になる軌道からは回避したはずだ。
猪の鋭い牙が通り過ぎる瞬間、反射的に魔光の体を強張らせて衝撃に耐えようとしていた。
硬い物が金属と擦れ合う音。
直撃こそ免れたが掠ってしまう。
魔光の体を牙が擦ったはずなのだが、生まれた音は何かおかしい。
しかし今は深く考えていても仕方ない。
そのまま少し走り抜けた後、一度減速してから振り向く猪にウィンドボールを放つ。
今度はしっかりヒットした様で荒い鼻息ではなく、高めの鳴き声を漏らした。
体勢を整えた猪は、また突進。更に振り返っては突進。
ここで気付いた、こいつの突進は速いだけだ。
猪の動きに合わせる訳でもなく、俺はただ猪に対して横へ移動し続ける。
正直な所、何故こんな直進猪の攻撃を掠り食らってしまったのか分からない。
今も必死に猪突を繰り返すシャープボアだが、戦闘中にも関わらず俺は敗者を眺めている感覚だ。
猪君は雑魚だった。
とりあえず横へ動いておけば問題なく攻撃をやり過ごせる。
元々突進してくるタイミングを見計らう必要など無かったのだ。
さてさて、どういう風に止めを刺そうか決めたので、そろそろ残念な猛進を終わらせてやろう。
俺は猪から距離をとった所で止まった。
問題ない、既に見慣れた速度となった猪突を誘う。
ただ単に横へ動きながら攻撃すれば済む戦闘だが、俺の魔光ボディに傷をつけてしまった猪、ここは決定的な勝利を納めておきたい。
向き合う俺と猪、最初と違うのは両者を結ぶ直線の上に魔法陣が一つ敷かれている。
『さあ来いよ』
なるべく素早く発動出来る様にと魔法陣を用いたが、中身はただ威力を上げたファイアーボールだ。
猪が走り出す。
俺は魔法陣に足を踏み入れた猪を見届けてファイアーボールを撃ち出した。
地面から上に向かって放たれた火球は、前を向いて走る猪を腹から襲う。
接触と同時に猪の体は折れ曲がり、足は地から離れてバランスは失われるも、突進の勢いは消えずしばらく地面を転がる。
流石に今のは効いた様で、猪がこれ以上動く事はなかった。
ふっ、流石は俺だ。
突進の攻略法を見出しておきながら、あえて正面から猪を誘って倒す。
これが強者の余裕というものか。
補吸魔法を使って猪肉という食事を摂りつつ、先程の戦闘中に鳴った妙な音について考える。
魔光の体は剣で斬られたならば普通にダメージを食らうのだが、硬い牙と擦れた所であの様な金属質を思わせる音は聞こえないはずだ。
そして何よりあの時の感覚には覚えがあった。
スライムの硬化。
行動は迅速に、とりあえず硬化を試して……成功、魔光の体は硬くなった。
だが驚く点では無い、エイカオーネも種族の特徴だとかを引き継ぐと言っていたではないか。
そう納得して、次は変形を試す。
丸い小さな魔光の体から腕が伸びるのを意識して……変化無し。
硬化は出来るが腕を出したりといった変形は出来ないのか。
そうなるとこの硬化、攻撃には使い難いのであまり使う機会は来ないだろう。
漂う魔光はスライムよりも格段に素早く、元々敵の攻撃は受け止めるより避けるスタイルだ。
硬化が出来るからといってわざわざ避けずに防御するのは何か違う。
逆に避けることが難しい強力な攻撃を放たれた時に、この硬化で凌ぎ切れるかと言われるとそれも怪しい。
成長に合わせて硬度が更に増したなら変わってくるかも知れないが、今はあくまで無いよりは良いかという程度。
さて、気を取り直して狩りを始めよう。
新しい魔物、シャープボアが出て来た訳だからここが新しい狩場、ダンジョンから見て北西の森なのだろう。
俺は辺りを漂い廻りつつ、戦闘を重ねていく。
猪を火球で突き上げた時から一時間は経ったか、北西の森に光が届き始めていた。
新しい魔物である猪も対処法をしっている俺が苦戦することは無く、狩りは順調。
この辺りに居る魔物は狼と猪、兎はダンジョン周辺と比べて数がかなり減った。
あとはコボルトだ。
今の俺は能力的にも格好良さ的にも犬頭の魔物――コボルトより上なので、一対一なら勝利も疑い様が無いのだが、狩りを続けていると先制が取り辛くなって来た。
他の魔物相手なら適当に近づいていきなり攻撃する事も可能なのだが、コボルト相手の場合は何故か既に敵視されているといった状況が多い。
俺の養分となる為に生まれてきた事を悟ってしまったか。
なかなか賢い種族の様だ。
感心するのはコボルトの賢さだけではない。
ここに居るアグルウルフやアウリムラビットは、ダンジョン周辺に居る奴らより少しばかり強い気がするのだ。
やはり新しい狩場に来て正解だった。
思考をしつつも行動は止めない。
魔法を試すだけでなく、出した魔法陣を動かしたりもする。
一つに見える重ねた魔法陣から、滑る様に複数に分かれる。
格好良過ぎるだろう。
元より魔法陣など使う必要の無い魔法ばかりなのだが、そんな事を気にしていてはエイカオーネの様にお堅い考えしか出来なくなってしまう。
魔力も初期量こそ少なかったが、魔法特化の種族である為に成長率は高い様だ。
周りに誰も居ないのでしばしの休憩。
倒した魔物の補吸に比べれば微々たる回復とただの好奇心を持ち、先程コボルトが食べていた赤い果実を補吸魔法で摂取してみる。
……何故か味が分かるぞ。美味い。
俺に食事姿を見せ、間接的にこの果実の事を教えてくれたコボルト君は、既に何者かによって倒され糧となっている。
お礼をしておきたかったが仕方ないな。
全く、こんなに甘い果実だと分かっていれば俺も食事時を好機と見て後ろから襲わなかったというのに。
これはちゃんと説明しなかったコボルト君が悪い。
休憩を終えた俺は魔法のアレンジに取り掛かる。
情報屋の『派手に』、というリクエストに応える為、何か一つ欲しい。
まずファイアーボールは火球を飛ばす魔法なのだが、飛ばす機能は取り払う。
その形も、標的に当たるまで維持しておく必要は無いので、威力を一瞬に集中させる。
考えているのは軽い爆発を起こす魔法だ。
ファイアーボールは目の前で発動するが、今回は俺の隣で爆発などされたら困るので、発動地点は少し離す。
地点指定、離れた所でいきなり爆発を起こすのはまだ難しいので、もちろん魔法陣を使用する。
魔力を消費しながら今の魔法を思い描く。
さあ発動しろ。
数メートル先の空中に魔法陣が出現する。
元にしたファイアーボールがエルフや人間の拳大なので、この魔法陣も極めて小さく俺と同じ程の大きさだ。
そのまま爆発、規模で言えばコボルトの上半身を半分包むかといった具合。
効果は問題無い。
小さいながらもファイアーボールと比べればかなり派手だ。
だが魔力の消費が多過ぎる。
数発ならばまだ余裕もあるが、そんな使用回数で十分という程の大技でも無い。
改良が必要、とりあえず呼び名は『小爆発』にでもしておこう。
大技では無いものの、ただの火球よりは威力も強い。
なんとか上手く使いたい魔法だ。
問題は魔力消費、発動する時の感覚からしてどう考えても距離のある地点で魔法を起こすのが魔力を食う。
かと言って目の前でどかん、これは無しだ。
ふむ……数分考えた後、一つ良案を思いつく。
魔法陣の状態で維持させてはどうか。
自分の近くで魔法陣を広げれば魔力消費は抑えられるはず、そこから俺自ら離れて爆発させる。
爆発する罠を置き逃げする要領だ。
早速試してみたが、思ったより上手くいった。
魔力消費はファイアーボールよりも少し多い程度。
ふははは! 実用的な小爆発を会得した俺に勝てる奴は居ないだろう。
格好良さに欠けてしまう小爆発だが、たまには効率を求めるのも大切だ。
この臨機応変な所が、そこらのダンジョンに居るエルフとは違う。
ここからは小爆発を使いまくり狩る。
ボール系の魔法で誘き寄せて、仕掛けた小爆発で重い一撃。
小爆発を考案した時はあまり考えていなかったが、なかなか良い戦い方が出来て便利だ。
回復しつつも狩り続ける。
魔物一体を狩る速度も上がってきて、複数の魔法陣を仕掛けておいて爆発させたりと、魔力の量は先程よりも更に余裕を見せてくれた。
そんな調子で数時間、既に陽は頭上に昇り昼までずっと暴れていた。
小爆発も魔力回復の休憩を挟まずに軽く数十発は使えるだろうか。
その間は森の至る所で、やや小振りなものの断続的に爆発音が響き続けるのだ。
これは情報屋のリクエストにも充分適っているはず。
出来る魔物は仕事を選ばないというのは事実だったか。
午後の狩りに備えて休憩する。
今ダンジョンに戻っても種族変えはそこそこな品揃えで俺を待ってくれているはずだ。
弱い魔物に種族変えを続けても、別にマイナスとはならないので休憩を終えたらダンジョンに戻る選択肢もある。
一種族に拘るにしても、一度別種族になってからまた元の種族になって……と繰り返した方が遥かに強くなる。
まあ、あまりにも成長が少ないとまたゴブリンオンリーという状況にも陥る為、適度な成長というのは大切だ。
さて、俺は木陰で休憩しているのだが、ふと辺りを見回して視界に入る見慣れぬ者の姿に気付いた。
そいつが居る木々の少し開けた場所へ注意を向けた。
犬頭という事は、コボルトの上位種だろうか。
灰色の毛で二足歩行。
普通のコボルトとは色だけでなく大きさまで違い、一回り大きな堂々たる体躯が周囲に存在感を撒き散らす。
強敵か。
隣に居る普通のコボルトと何か話して――どうやら怒っている様だ。
少し荒げた声がここまで届くが、何を言っているのかまでは聞こえない。
俺も少しは強くなってきた。
たまには雑魚だけでなく強敵も倒そうかと思っていたが、最初から怒っているとなれば厄介だろう。
そんな灰色のコボルトに、何かの肉を渡した普通のコボルト。
一気に空気が和み、灰色コボルトは一口でその肉を食らう。
満足顔で喜ぶ強敵。
食べ物に釣られるとは馬鹿だったか。
あの上位種に対する評価を下げる俺。
肉に釣られて喜ぶ馬鹿ならば問題ない、勝てるだろう。
あれがさっき食べた赤い果実なら仕方ないが肉は別だ。
傍に居たコボルトはまた少し会話した後に去っていく。
木々の奥へと入っていった普通のコボルトを確認して、俺は木陰を出る。
ふっふっふ、強敵を相手にする時が来たようだな。
俺が繰り放つ魔法は既に非凡の領域。
さあ始めるか、高度な魔法戦に付いて来いよ、強敵。
これから始まる戦闘の展開をイメージしながら、通りすがりの魔物を装い近づいていく。
こちらに気付いた灰色のコボルト、だが今から俺に殺される事にまでは気付けないだろう。
そのまま先制可能な間合いまで近づき止まる。
馬鹿な奴め、命を刈取りに来た俺を見ながらにやけている。
そんな馬鹿面を見ると俺まで笑いたくなるだろう。
数メートル、そんな間合いでお互いを見て嘲笑う俺達。
そこで灰色コボルトが口を開く。
「よーーう、クッソ魔光オオ! まさかテメエの方から出て来てくれるとはなアアア!!」
強敵は何か盛大な誤解をしていた。