第十一階層
吸収出来ないとなれば、俺が知る成長手段の半分が失われる。
非常に拙い、戦闘による経験でしか成長出来ないのは痛過ぎる。
『お……おいエイカオーネ』
「はい」
『漂う魔光って、どうやって吸収するんだ……?』
「えっと漂う魔光はスライムの様な吸収ではなく、補吸魔法を使うかと」
『補吸魔法? なんだそれは』
「プレデイションと言う魔法で、使用すれば吸収と同じ様に成長出来るかと思います。もちろん倒した相手でないと効果は発揮しませんが」
『プレデイション……』
俺の使える魔法を確認してみた。
先程エイカオーネから魔法について教えてもらった通り、俺は魔法をいくつか使えるというのがなんとなく把握出来た。
その中でプレデイションもこう使うのだろうな、と言う感覚はあったが、やはりちゃんと知っているのとそうでないのとでは随分と違ってくるはず。
不確定な感覚に頼るよりはここで聞いておけて良かったと思う。
補吸魔法のプレデイション、成長する手段にも魔法が絡むとは流石だな俺。
既に魔法を極め始めている証拠に違いない。
それはそうと、プレデイション以外にも最初から使えそうな魔法がいくつかあるのだ。
ダンジョン周辺の森で体慣らしに軽く兎共を狩る予定だが、雑魚とは言え目の前に相対してから魔法が使えません、じゃあ困る。
一応、魔法がちゃんと使えるかこの部屋で試していくのが良いだろう。
『エイカオーネ、少しここで魔法の試し撃ちをしても良いか?』
「はい、そちらの壁に向かって放てば大丈夫だと思います」
『よし』
自分が覚えている魔法の中でも、魔力の消費が少なそうな魔法を選んで使ってみる事に。
感覚的な作業、魔力を消費して使用したい魔法を放つだけ。
『ファイアーボール』
俺の体が人間達の拳大。放った火球も拳大。
壁に向かって飛んで行き、ぶつかり弾けて消え去った。
わずかにだが壁が黒く焦げているのが見える。
どうだ見たかそこのエルフ、これが伝説の轟炎超魔法の威力だ。ふははは!
ちらり、と驚き感涙しているであろうエイカオーネを見てみる。
「……」
くそ、こちらを見ているが無反応だ。
だがしかし、ここで終わらないのが俺だ。
一応これは試し撃ち、フェロルの生き様とでも言うべき魔力消費の多そうな魔法を出す程でも無い、無いのだがこのまま諦めるのも少し違うだろう。
そもそも一発放っただけでは、まだ扱いも不安定、なので魔法をもう数種類は試してみようと思っていた。
これはあの無反応エルフを見る前から決めていた事だ。
問題ない。
次はこの魔法だ……
『ソイルボール』
土の塊が壁を目掛けて一直線、軌道は先程放った俺のエレガントなファイアーボールと同じ様だ。
壁にぶつかった土は爆ぜる様に周囲へと存在を散らしていく。
何を隠そうこの魔法は、古より大地の深淵に在る最強の魔王が愛用していた。
という設定を密かに自作したので、無反応なエイカオーネも流石に怯えている事だろう。
無理も無い、語らずとも感じるはず、自作設定した魔王の恐怖を。
「……」
ぐっ、このエルフめ、お前の顔面は飾りか!
……分かったいいだろう、見ているだけでは凄さが分からない様だな。
ちょっと失敗して撃つ方向間違えたって事で、エイカオーネにささやかな威力を抑えた一発を贈ってあげよう。
『ウィンドボール』
風なのでエイカオーネも目視しにくいだろうと期待して放ってみたが、そうでもない様で普通に見える小さな風の球がエイカオーネの方へ向かって飛んでいく。
「きゃっ!」
短く声を上げて、エイカオーネはしゃがんで避けた。
「フ、フェロルさん何を……」
『……チッ、悪いな手が滑った』
「伝わる様に舌打ちしないでください」
『聞き間違いだろ? 俺には打つ舌も滑る手も無いからな』
「手が滑ったと言ったのはフェロルさんです……」
『やれやれ、これだから堅物エルフは困る、軽いジョークなんだから一回ぐらい笑いながら死んでおけ』
「ごめんなさい……」
『何故そこで折れた。少しは乗ってくれても良いだろう』
俯いたエルフは放っておくとして。
とりあえず、火、土、風、の魔法は使えた。
魔力消費が少ないのを選んだとは言え三発撃ったからだろうか、魔力が減ったのを感じる。
『たった三発で魔力がこんなに減るとは思わなかった。これじゃあ確かに魔力消費の多い魔法を使った後は逃げるしか無いな』
「あの、これを……」
『ん?』
「魔力が回復する草です。補吸魔法で使う事が出来ます」
エイカオーネに差し出された手の上に乗る草へ補吸魔法プレデイションを使うと、草が光に変わり俺の体へ入って来た。
たしかに魔力が回復したのを感じる。
なんだこの草は素晴らしいな。
『気が利くな、ありがとうエイカオーネ』
「いえ、さっきフェロルさんに渡してもらった薬草ですので」
『おい!?』
いや、どうせこいつに預けたまま放っておく予定だった薬草だからどうでも……ん?
薬草で何故魔力が回復するんだ?
元々そういう効能だったのか、スライムの時は魔力を使っていないから気付かなかっただけという可能性もあるな。
『……今のはなんと言う草なんだ?』
「魔力草です」
『魔力草? それじゃあ俺の薬草はどこに逃げた』
「薬草から魔力草に変化させました。魔力草は魔力の影響を一定以上受けると薬草から変化します。空気中に漂っている魔力が多い場所などに生えている事もあるので普通はそちらを探しますが、魔力の扱いに長けていればその魔力を使って薬草から変化させる事が出来ます」
『俺にも出来ると思うか?』
「マギルクス系なら出来る様になるとは思いますが、流石に今は」
『そうか、まだなったばかりだからな。焦りは禁物だ』
「はい、そうですね」
今は出来ない。これはむしろ嬉しい事だ。
恐らくこれがただのスライムだったなら、どれだけ成長しても種族的に無理だったのだろう。
俺には良く分かる、種族の壁が、スライムの残念な現実が。
だが成長すればいずれ出来る。
持ち物が持てない今の俺も薬草をその場で魔力草に変えて使う事が出来る。
やれやれ、また最強への道を強固なものにしてしまった様だ。
しかし元々俺の薬草だったとは言えわざわざ魔力草に変えてくれた訳だ、もしかしてこのエルフ……良い奴なのでは。
『ところで魔力を回復する手段というのは、何か回復出来る物が無いと駄目なのか?』
「いいえ自然に回復もしますので、魔力草は素早く回復したい場合だけ使用するのが良いかと思います。回復の速度や量は能力に関係しているので成長は大切です」
『なるほどなるほど』
「……あの、フェロルさんは魔法の名前を唱えてますよね」
『ん? ああ魔法使う時にな』
「プレデイションぐらいなら名前を言わずとも使えると思います」
『本当か』
「試してみますか?」
そう言って手の平に今度は薬草を乗せているエイカオーネ。
もちろん試させてもらおうじゃないか。
『……』
補吸魔法プレデイションを意識して、魔力を使って魔法へと。
手の上にあった薬草は、先程と同じ様に光となって俺の体に入って来る。
どうやら使えた様だ。
『他の魔法は無理なのか?』
「成長して、使い慣れたら可能です」
『そうかそうか。ところでエイカオーネ、魔法について思ったのだが』
「はい」
『魔法陣ってどういう役割なんだ?』
「魔法陣ですか?」
『エイカオーネをこの部屋に呼んだ時は魔法陣が出たが、俺が魔法を使った時は出なかった』
「それは魔法陣が必要無いからだと思います。魔法陣は主に魔法を安定させたりする場合に使われる事が多いです。なので不安定で強力な魔法を発動する時に魔法陣を使うと少し安定してその魔法を使用する事が出来ます」
『となると俺の魔法達では魔法陣を使う事が出来ないのか』
なんと言う事だ、ただ魔法の名称を呼び、放つだけなんて。
魔法陣を出した方が格好良いに決まっているだろう。
「いえ、使おうと思えば問題なく使えます。強い魔法でも自分の能力が高ければ魔法陣無しで安定して扱えますが、逆に弱い魔法でもあえて魔法陣を出す事は可能です」
『やり方を教えてくれ』
「安定させると言う面では、先程フェロルさんが使った魔法だと既に十分過ぎる安定を得ているのであまり意味は……」
『早急にやり方を教えてくれ』
「えっと……魔法の使用と同じ様に感覚的なものですが、魔法陣を出したい場所に固定するイメージを作り、その魔法陣を通して魔法が発動される様に……」
俺はエイカオーネが話している途中から既に試し始めていた。
自分の目の前に魔法陣を出すイメージ、そこから火球が放たれる様に。
『ファイアーボール』
魔法陣はその面を、俺と反対側にある壁に向けて出現している。
小さい光の紋様からファイアーボールが現れて、壁にぶつかり弾けて消える。
威力もあまり変わる事は無く、微妙に壁を黒くさせただけだ。
魔法に関しては本当にあまり意味が無さそうだな。
だが格好良いから問題ない、個人的には満足だ。
俺が魔法陣を使って良い気分になっている所でエイカオーネの声が届いた。
「フェロルさんは、魔法の改変──アレンジと言われたりするものを御存知ですか?」
『いいや知らないな、どういう事だ?』
「基本的には覚えている魔法を改変して別の魔法とする事です。例えば同じファイアーボールでも使う者の能力が強ければ威力なども変わると言いましたが、それとは別にファイアーボールを更に大きくしたり、細かくしたり、軌道を曲げたりと、元のファイアーボールとは違った魔法に改変する事が出来ます」
『それだと魔法が強過ぎないか、巨大なファイアーボールを空から降らし人間達が住む街を丸ごと焼き潰せばダンジョンも平和になる』
「たしかにそんな巨大なファイアーボールが墜ちれば壊滅しますが、実現は難しいでしょう」
『ふむ……』
そんな改変が可能ならば既に誰かがやっていてもおかしくないはず。
魔物達が馬鹿過ぎて気付いていなかったとしても、人間達だって魔法を使えるのだから、やはり街を覆う程の巨大ファイアーボールは無理だと考えるべきだ。
「魔法のアレンジは、改変後の効果に見合った魔力やその他能力が必要ですので、曲線を描き飛んでいくファイアーボールを発動しようとしても、使用者の能力が不足していた場合は上手く発動しません」
『そのアレンジは自分で自由に出来るのか?』
「はい、上手く改変すれば便利な魔法も作れます。また少し軌道が変わるくらいなら名前もそのままで使う方が多いですが、元の形から大きく変化させるとなれば自分で魔法名称をつけたりします」
『ふふふ……』
ついに『天より舞い降りる圧死』に続く必殺技が増えるという訳か。
更にハイセンスな名前を考えておかなければ。
「あの、フェロルさん……どうかしました?」
『ああいや何でもない』
それにしても魔法は色々と奥が深いものだな。
魔法特化の漂う魔光に種族変えしたのは思っていたより良い判断だったのかも知れない。
魔法の改変についても色々と思い浮かんでいるが、魔法が使える事は確認したのだから、まずは外へ出て体慣らしから始めよう。
『それじゃあそろそろ狩りに行ってくる』
「もう良いのですか?」
『魔法については結構教えてもらったからな、助かった』
「そうですか……お気をつけて」
『ああ、また強くなったら戻ってくる』
「はい、お待ちしてます」
色々教えてくれるこのエルフ、やはり本当は良い奴なのだと認識を改めながら部屋を出る。
情報屋のあいつらは確かに色々教えてくれるが食えなさ過ぎて気を抜けない。
ふむ、あいつらと比べたらエイカオーネが一層良い奴に見えてきたぞ。
知り合いがこの三者だけと言うのはやはり拙過ぎる。
他にも色々と考えるが、やはり行き着く場所は全て同じで──後回しだ。
何せ今は忙しい、思考の半分で新必殺技のネーミング、残った半分は魔法での戦いをイメージしながら様々な魔法の改変を考える。
第七階層、第六、第五、四、三、二、と魔光の体を進ませる。
待っていろダンジョン周辺の魔物共、俺が魔法で蹂躙してやるからな。
第一階層を抜けて外に出る。
たしか夕方まで狩りをして、スライムの情報屋と話をして、その後ダンジョンに入り種族変えをしたはずだ。
そして今、外はまだ真っ暗だ。
夜に本格的な戦闘をした事が無いので丁度良い機会だ、体を慣らすついでに暗い夜間の戦闘に慣れておこう。
自らの士気を上げつつ、闇に溶け込む様な木々の間を進んでいく。
しばらく進んでアウリムラビットを見つけた。
昼間より見つけにくいのは暗いからだと思ったが、実際はそれ以上にこの兎達が静かだったからだろう。
闇に潜み沈黙を守る兎……こいつは幸せそうに眠っていた。
相も変わらず可愛いな。丸まった体が呼吸で少し伸縮している。
今回はただ可愛いだけで、スライムだった時の様にこの可愛さが許せないという想いは恐らく無い。
まあ、どちらにしても俺の養分となってもらう訳だが。
とりあえず辺りに他の魔物が居ないか確認し、ファイアーボールを兎の見ているであろう夢の中へ乱入させてやる。
兎の体へ火球がぶつかると、火は飛び散り、兎も転げて少し飛ばされる。
だがファイアーボールを受けた兎は飛ばされた先でも動かなかった。
転がり飛ぶ程の衝撃を受けておいて目を覚まさないというのはどうなのだろう。とも思ったが相手はただの兎だ。
種族変え前にスライムの姿で戦っていたアウリムラビットの弱さからすると、今の一発で戦闘が終了していてもおかしくはない。
スライムだったにも関わらず、最後はここダンジョン周辺の森に住む兎や狼なら余裕を持って叩き伏せる事が出来たのだから。
そう考えて俺は補吸魔法プレデイションを発動、もちろん名称は唱えずに。
兎は問題なく光に変わって俺の体へ吸収される。つまり無事に倒せていたという事だ。
やはり成長するというのは気分が良い。
種族変えをしている訳だから、他のフェロルよりも基礎能力が高いし成長率も良い。
誰でも成長すれば強くなるのは当たり前だが、他のフェロルと同じ様に成長しても、種族変えの補正で成長すればする程に強さの差が開いていくのが今の俺だ。
そう考えるとモチベーションもなかなか上がるではないか。
暗い森の中で独り、体を慣らす為の狩りに勤しむ俺。
眠っている兎というのは魔法の練習台にあつらえ向きの標的だ。
ウィンドボールを曲がる様に飛ばしたり、ソイルボールを二つに分割して飛ばしたりと、少し改変も試す。
眠っているので元から動かない兎を的にして魔法の練習。
しばらく続けていると漂う魔光の体にも少し慣れてきた。
休憩し魔力を回復させた後は、狼にも付き合ってもらう事にしよう。
この魔力だが、エイカオーネが無反応だった試し撃ちの時よりも、数発撃った後の減った感覚があまり無い。
一発分の魔力消費量が変わらないとすると、俺が持つ魔力の全体量が増え、消費した割合が少なくなった事により魔力の減った感覚が薄くなったのだろう。
魔力回復を終えて狼を探す俺。
漂う魔光は浮いている為、スライムの時よりも楽に移動が出来る。
移動速度もスライムよりは速い。魔光という種族的に元々この速さなのか、種族変えによってスライムが持つ申し訳程度の素早さも含まれているのかは分からないが。
そんな前種族と比べ、なかなかに良い移動力を使っての捜索。
やっと独りで俺に狩られるのを待っている狼を発見した。
どうやらこのアグルウルフは起きている様だ。
兎を探してた時にも数匹見かけたが狼でも寝てる奴は居たはず。
アウリムラビットと比べて狼は夜も警戒してる奴が居るのだろうか。
あまり深くは考えず、倒す事に集中する。
もちろん戦闘開始の合図──ウィンドボールによる先制攻撃は俺が放つのだが流石に一発では倒せなかった様で、こちらを睨む狼。
狼の分際で一撃死しないとはな。
魔力にも余裕があるので少し凝った事をしてやろう。
まずは睨みながら距離をとっている狼に対して、一つ一つの威力は半減するがファイアーボールを二つに分割したものを飛ばしてやる。
二つの小さな火球はアグルウルフを挟む様に一度外側に向かってから内側へ、曲線を描いて二方向から狼を襲おうとする。
それに合わせて前方か後方へ避けるだろうと、次のソイルボールを真っ直ぐ飛ばす準備をしておく。
火球が当たるよりも一寸前、狼は回避と同時に攻撃しようとしたのか、前方へ大きく跳び始めた。
それを見た瞬間、狼が跳び辿るであろう軌道上にソイルボールを撃ちこんでやる俺。
土球はこちらに向かって跳んでいた狼の首根に減り込んだ。
狼は半分程跳んだ所から、その衝撃で巻き戻される様に跳躍の始点側へ背中から着地した。
倒れた狼はそれ以上動かなかったのだが、結局の所当てた魔法は二発だけだ。
やはり兎よりは強いかという程度。
補吸魔法で狼を吸収して、次の獲物を探すとしよう。
大勢の方に『魔モノガタリ』を読んで頂き、心嬉しく思います。
今回は魔法の説明が多かったですが、次は戦闘が多くなる予定です。