第十階層
『ふーはははははっ!! もう終わりか!!』
現状整理――俺、兎さんの群れで暴れる。
たしか最初は気晴らしも含めて狩りを継続していたはず。
薬草も集めながら淡々と、でも途中から飽きてくる訳だ。
兎なら二匹以下、狼なら一匹だったか。
探しつつは薬草を拾って、戦って、また探して……飽きる。
相手の動きに慣れ過ぎたのか戦闘は楽になっていた。
途中から不意討ちすらも面倒になって、仕方なく正面から戦っていたのが良い結果となったのかも知れない。
それもあって兎さんと狼さん相手に、俺の一方的攻撃で糧となってもらう作業をしていた時だ。
兎が十数匹固まっている木々の開けた所を見つけた俺。
アウリムラビット二匹相手じゃ問題無いどころか飽き過ぎて問題ある程だったので、ここで考える。
その十数匹を相手にしてもいけるだろう、と。
数が多いから少し攻撃を受けたが、ダメージも気にならない程だという事が判明。
『スライムも弱いが、お前らも弱いじゃないか』
結果は無事殲滅。
兎を食しつつ考えた、スライムの方がちょっと弱いからって雑魚雑魚言われているだけでアウリムラビットもそこまで変わらない弱さなんじゃないだろうか。
スライム達は最初だけ苦戦するかも知れないが成長すれば兎も問題なく狩れる筈だ。
まあ俺は兎狩りよりも前に、第五階層の人間を喰らっていたから同じスライムよりはリードしていた訳だ。
とは言っても、元々スライム君みたいに好戦的ではないスライムが多いみたいだから思ったよりも難しいか。
待て、よく考えると俺の知り合いって今情報屋の奴らだけじゃないか!
……ああ、あのエルフの奴も居たか。
とてもじゃないが良い顔触れとは言えないな。
どちらにしてもそろそろ陽が暮れそうだ。
切りも良いので情報屋スライムでもぶち殺しに行ってやろう。
という訳で移動を開始するが、もしかすると今の俺なら本当に倒せそうな気もする。
相手はたかがスライム、そして俺はと言うと、されどスライムなのだ。
冗談のつもりだったがやっぱり一撃はくれてやろう。
あの笑い声は聞くに堪えないはずだ。
俺の友達である森の仲間達もきっとそう思っているはず。
待っていろ兎さん、俺が森の平穏を取り戻してやる。
俺はたっぷりと吸収した体内に居るであろう親友の兎さん達に宣言する。
俺が迷惑だと思ったのなら、それはつまり俺が吸収している兎達も迷惑だと思っているはずだ。そうに違いない。
こうして大義名分を立てつつも移動するが、木の根が近づいて来るとどうでもよくなって来る。
そういえばその移動に関しても最初に比べるとなかなか速くなっている気がする。良い事だな。
『居るかー情報屋ー!』
木の根内部に入りつつ俺はここの主に声をかける。
『……またえらく成長した様だな』
『そうか?』
『昼に来た時もおかしいと思ったが、そこから更に成長している』
『確かに色々狩ったが、どうしてそこまで分かるんだよ』
『ククッ俺がどれだけスライムを見ていると思う。そうでない奴も魔力等で判断するだろうが』
『俺の魔力は上がっているのか』
『まあな……それで、一体何をどう狩ったんだ?』
『どうと言われても、ここらの兎と狼をただ狩りまくっただけだ』
『ククッ、クククク、やはりお前だったか……さっき聞いたぞ、森で多数の兎を相手にし苦も無く倒していくスライムが居ると』
どこの誰だよこいつに情報流したのは、見つけ次第俺がぶっとばしてやるからな。
『……流石に耳が早いな』
『このタイミングで、そんな異常な奴と言えばお前だろうと当たりはつけていたがやはりか』
『俺はどこから見ても普通のスライムだ。異常とは心外だな』
『ククク、そう遠慮するな。その分だとそろそろ上位種族も近いんじゃないのか?』
『そんなに成長しているのか? 出来れば上位種族となる前に種族変えをしたいな』
『上位種族になれる段階まで行けば体が理解するはずだ。まだ自覚がないなら、もう少し成長が必要なのだろう。どちらにしても生まれて数日なんてのは馬鹿げた話だが』
なるほど体が理解する、か。
スライムになった時の様に感覚的に分かるものなんだろう。
『好戦的なスライムが少ないから成長を積む機会がないだけだろう。俺はたまたまだ。どちらにしてもそれだけ成長しているならば、種族変えの選択肢も増えているはず。このまま種族変えしてくるか』
『それで、スライムから種族変えした後はどうする』
『更に次の種族変えを目指して成長する。種族変えは回数を重ねる毎に強さの恩恵を得る様だからな』
どこまでいけるのかは分からないが、それでもいける所まで。
いや、いけなくても辿り着いてみせる――最強ってやつに。
『具体的には、まず新しい体の慣らしから始めて、狩りの相手を増やそうと思う。ダンジョンの奴らでも狩るか』
『ククッ、おいおい同郷の仲間を狩るのか?』
『お前だってそんなに思い入れは無いのだと思っていたが、違うのか?』
『思い入れは無い、ただここのダンジョンで魔物を狩って目立ち過ぎるのは良くないな。今、お前が敵だと認識されると拙い。一度の種族変えをしようが、目をつけられて深い階層の奴らに襲われると厳しいだろう?』
『……確かにそうだが、親切だな。他意しか感じない程に』
『……他意はあるが、どちらにしてもお前が今消えるのには惜しい存在だから、という親切心だぞ』
『随分と買われているが、今はその他意が知りたいな』
『なに新しい狩場を教えてやろうと思っただけだ』
今確実に笑った、なんとなくこいつの表情が分かってきたぞ。
『ここの第十階層より強い敵が居るって言うんじゃないだろうな』
『お前の実力で凌げる様ならそれもあるかも知れないが、今回は違う』
『凌げても御免だ! まあ、今の俺でも倒せる強さの相手がいる狩場なんだな?』
『ああ、そしてここの兎と狼よりも強い奴らが居るはずだ』
『それは良い』
それで? と肝心の場所をまだ聞いていない俺は促す。
『特に決まった場所という訳では無いがな、ここから北西の方へ行けば良い。兎や狼以外の奴らが出始めたらそこら辺の森で狩れ』
『分かった。種族変えした後はそっちで狩りをしてみよう』
『なるべくで良いのだが、出来るだけ派手に狩れ』
『ん? 別に問題ないならそうするが何かあるのか?』
『いいや、問題は無いから気にしなくても良い。とりあえず派手にだ』
『了解』
そう言って木の根を出る俺。
『派手に』という意味がよく分からなかったが、問題も無い様だし良い情報をくれたのだ、少しぐらいは頼みを聞いてやっても良いだろう。
まずは種族変えからだな。
第七階層にある種族変えの部屋に移動しなくては。
生まれた時よりも、昨日よりも、今日の朝よりも早くなった移動で、慣れたダンジョンまでのルートを進んでいく。
木の根とダンジョンの往復ならそこらのスライムには速度的に負けない自信がある。
陽も落ちて妖しげに揺れる木々ですら愛着がある程、途中木の陰から瞳を光らせ俺を狙っていたアグルウルフも倒して吸収、ダンジョンの中へ入る。
ダンジョン第一階層は相変わらず弱い魔物が徘徊する。
特に寄り道するつもりは無かったが、せっかくゴブリンが一体で居る所を放ってはおけず、俺の糧にしてあげる。
ゴブリンの強さは狼と同程度か、もしくはそれ以下。
その狼よりも上に居るスライムの俺。
つまり第一階層の平和は我らスライムに守られていると言っても良いな。
たまたま人間共を見かけなかったので平和を感じながら次の階層へと移動して行く。
流石に第七階層まで来ると魔物の種類も増えて強いので、スライムの俺はあまり大きな顔で通路を進めない。
少し成長しようとも、残念ながらこれが現実。
まあスライムの事なんて今から種族変えをしようかという俺には関係のない事だが。
やはり魔法が使いたい。
今の攻撃方法といえば硬化殴りやプレス、それも結局のところ体を硬化させてそれを相手にぶつけているだけ。
冷静に見ても少し格好良さに欠けるだろう。
そこで魔法、とにかく魔法が使いたいという希望もあるが、これからの種族変えでも、一度魔法に長けている種族になっておけば、以降の補正で魔法を使う事も一層楽になるはずだ。
種族変えの方針を決めつつ種族変えの部屋に着く。
誰も居ない、確か名前を呼ぶのだったか?
『エイカオーネー?』
部屋の奥に相手が居る様な感覚で、軽く呼びかけてみる。
最初来た時に隻眼のマスターが読んだ時は、名前だと分からずに何かの呪文かと思ったっけ。
その後あいつに片手で掴まれた事を思い出して不愉快になっていると、魔法陣からエイカオーネが現れた。
声高々と名を唱える必要は無いみたいだ。
それにしてもこの登場の仕方は俺がそういう魔法を行使した感じでなかなか良いな。
今度用事が無くても呼び出してやろう。ふっふっふ。
「お呼びでしょうか? ……あ、スライムさん」
『あ、ってなんだよおい』
「失礼しました……あの、何か聞き忘れた事でも?」
『いいや、種族変えしに来た』
「今日出て行ったばかりでは?」
『ダンジョン出た時は確かに早朝だったが、ほぼ半日狩っていたんだ。知り合いが言うには結構成長しているらしいから問題ない』
「……スライムさんは本当にスライムなのですか?」
『そうだが今からスライムじゃなくなる予定だ』
「そうでしたね」
『ところでまず魔法について軽く教えてくれないか?』
「魔法、ですか?」
『魔力があったら誰でも使えるのか、どうやって使うのか、その辺りが知りたい』
「えっと、魔力の量もそうですが他の能力も影響するそうです。ですが種族や個での違いが大きいのでスライムではどうかと……スライムさんのその魔力は問題ないと思います」
やっぱりエイカオーネも分かるのか、俺には自分に魔力があるのかどうかも分からない。
『使い方は?』
「既に覚えている魔法や、種族によっては成長に合わせて自然に覚える魔法なら感覚的に分かるはずですが、新しくといった場合は、それがどんな魔法なのか分かった上で練習すると、自分に合ったものなら使える様になるはずです。ちなみに同じ魔法でも使う者によって強さは変わり、多く使う事でより強くなります」
やはりスライムの不遇度合いは安定しているな。
練習してもスライムは種族的に無理なんだろう。
ここまで来ると逆に安心感が生まれる。
『ふむ、魔法については少し分かった。とりあえず種族変えする』
「分かりました。こちらに」
エイカオーネがそう言うと、部屋の中に闇が現れた。
二度目なのでそこまで戸惑いも無く大きな部屋へと移動する。
広い部屋、大きな魔物に種族変えした時は必要になるのだろうが俺が想像するでかい魔物でもこの部屋の半分ぐらいしか無いだろう。
俺の知らない、想像も出来ない魔物が居ると言うのだろうか、それとも物事には余裕を持ってという意味での広さか。
そんな事を考えつつエルフの白く綺麗な手から水晶を受け取る。
間を置いて俺の伸ばした腕に納まる水晶へ意識を向けた。
やっとスライム脱出だ。
浮かび上がってくる種族名、今度はしっかりと複数。
ゴブリンはもちろん、ダンジョン第五階層ぐらいまでの魔物か、あとはダンジョン周辺の森に居るアウリムラビットとアグルウルフ。
ふむ、俺の見た事が無い魔物も合わせれば弱い奴らだけでももう少し選択肢が増えると思ったが、種族変え可能な種族の基準はよく分からない。
さてさてどうするか、魔法を使えそうな奴は……と。
浮かび上がる種族名の中から、一つを更に意識して選んだ。
体も無く漂っていた状態からスライムになった時の様に、体が形成されていくのが分かる。
俺はついに別の種族になったのか、最弱のスライムから新たな種族へと。
種族の変化は終わり、スライムではない自分の体を確かめる。
魔法に長けているであろう種族、ゴブリンの上位種族である魔法を使う奴にしようかとも思ったが、より魔法に特化しようと思い、今のこの種族を選んだ。
――――漂う魔光、『フェロル・マギルクス』。
魔法生物という奴らしいが俺にとってはどうでもいい。
とりあえず魔法に特化している奴だ。
魔法生物がどんな存在で、とかは分からないが、こいつがどんな種族なのかは分かっている。
一言で言うと弱い。
仕方ない、第五階層辺りまでで出現する魔物なんだから。
俺だって本当はもっと強い奴が良かった。
ただ贅沢言って種族変えを渋っても良い事は無い。
選択肢の中から最良の選択をしただけだ。
とは言ってもこの漂う魔光、ダンジョンで戦ったとすればさっきの魔法を使うゴブリンよりも弱い。
マギルクス系の奴は他にも居て、俺も何種類かは知っているが、漂う魔光はその中でも最弱だと思う。
子供、なんてのは生易しいぐらいの対比だ。
こいつが弱いのも原因だが、他のマギルクス系が人間達にも恐れられている程の強さだから更に差が目立つ。
例えば『徘徊する魔光』と言う奴でも、名前通り色々な場所をゆらりゆらりと徘徊するが敵対する者に相対すれば、元々魔法特化なので物理的な攻撃はほぼ無いものの、無尽蔵かという魔力を使い容赦無い魔法の連撃を浴びせる。
だから人間達も普通は刺激しない様やり過ごす。
そうすればマギルクスも無闇に襲っては来ないからだ。
漂う魔光だって人間達を無闇に襲うことは無いが、残念ながら強さが違う。
まず、体の大きさは人間の拳大程だろうか、魔光と言うだけあって光る球状だ。
それがふわふわと浮いている。
ただし剣で斬られると普通にアウト。
ならばと怒涛の魔法連撃を浴びせる事も出来ないのが漂う魔光。
魔法はそれなりのものを使えるが魔力が少な過ぎるのだろう、一発で枯渇する。残念過ぎる。
では人間達と出遭ってしまえばどうするのか、相手にされなければそれでいいのだが、何しろ弱い為、人間側から嬉々として襲ってくるのだ。
一発の魔法、それを使うのは自分の身が危険に晒された時だ。
なかなか威力も大きい魔法だが、襲われると一発だけ放って逃げ出す。
その一発を避けられて追い着かれたらあとは殺されてしまう。
そしてマギルクス系は個体数が少ない。
所謂レアな魔物だ。
余裕があれば狩られて売られるらしい。
争いは望まず、人間に襲われ、逃げる為に一撃を放つ。
魔法を避けられて、逃げ切れなければ死ぬ。
そんな魔物。
人間達も手慣れになれば、その一撃さえ避ければ良いと分かっている。
なんとも残念で弱い魔物だがスライムよりは素晴らしいだろう。
他の漂う魔光は知らないが、俺は余裕で不意打ちする予定だからな。
馬鹿なのか命の危機に持てる魔力で大きな魔法を使うが、不意打ちならば普通の魔法で良いだろう。
そして俺は種族変えをしたんだ、他の奴よりも能力が若干優れているはず。
成長すれば魔力も増えるし、大きな魔法を放っても魔力が残る。
他の奴らは自ら戦わないから成長する機会が少ない。
しかも成長の機会はイコールで命の危機が訪れた回数だ。
それは流石に厳しいな。
スライムは種族も不遇で俺にもデメリットが多過ぎた。
だが今回は種族こそ良い立場ではないが、俺の優位性はスライムの時よりも確かに多く存在するはず。
成長さえ出来れば魔力も増え、凶悪な強さを持つ他のマギルクス系に近づける。
確実に最強へと近づいているな。ふはははは!
さてと、こうしては居られない。
『エイカオーネ』
「はい何でしょう」
『この水晶返す』
「はい」
床に落ちている水晶を渡そうと思ったが、漂う魔光である今の俺には腕がなかった。
俺が直接渡さなくても自分で拾ったエイカオーネ。
ふむ、今の状態だと少し不便だな。
床を見ると水晶があった場所の横には薬草の束が置いてある。
『……』
スライムの時調子に乗って集めたがどうするんだよこの薬草。
持てたならそれに越した事は無いが……
『エイカオーネ、この薬草預かってくれないか?』
「えっと、わかりました」
薬草処分はエイカオーネにさせておこう。
水晶と同じ様に薬草の束を拾い上げて、エイカオーネはそれを腰に付けている小さなポーチへ入れる。
『元の部屋に戻ろうか』
「はい」
薬草が中に納まるのを確認してから言った。
エイカオーネが闇を出現させて潜り抜ける俺達。
元の部屋に戻ると、エイカオーネが喋りかけてきた。
「その姿は漂う魔光ですか?」
『まあな』
「どうしてまた弱い種族に?」
『うぐっ……』
分かってる。
弱いという認識は分かっている。
人間達だけじゃなく俺もそう思っているのだ。
だがエイカオーネには考えを改めさせる必要があるな。
『いいか? エイカオーネ』
「はい」
『マギルクス系の中でもフェロルは弱いかも知れない』
「はい」
『だがそれは何故だ!』
「魔力が、少ないからです……」
『ではフェロルに魔力の多さが加わればどうなる?』
「問題なく戦えます」
『ああ、そのはずだ。そして俺は成長する』
「……! そういう事でしたかフェロルさん」
『今度はフェロルさんか、確かにスライムさんじゃなくなったがな』
「御迷惑でしたか?」
『いや別にどうでも良い、好きに呼んでくれ』
呼び方なんてどうでも良い、それよりも早くこの漂う魔光での戦闘に慣れて成長しなければ。
成長、成長……成長。
…………この体どうやって吸収するんだ!!!!