甲冑男とヘタレな女
ピンポーン。
軽快な音と共にやってきたのは。
「あ、お隣に引っ越してきた中居です。これ、つまらないものですが……」
――甲冑を着た不審者だった。
「……あ、はぁ。わざわざどうも……」
普通なら愛想笑いの一つでも浮かべるのだが、今の私にはその余裕がなかった。
「僕のオススメするケチャップです」
「…………は?」
「あ、コレの中身ですよ」
中居さんはそう言って私が先ほど貰った品物を指した。
…………え?
引っ越しの品が……ケチャップ……?
「人間って、ケチャップがあればわりと生きていけますよね?」
「……」
生きていけないと思う。
……なんてニコニコしている目の前の武将……じゃない、中居さんには言えなかった。
いや、ケチャップの話はどうでもいい。なによりも重要なことがある。
「……あの、なんで……その格好…?」
目の前の男は、重そうな甲冑を身につけている。何故。
彼が動く度に、がしょがしょ鳴る。いや、本気で何故。
自分でも自覚するほど、訝しげな顔をしているはずなのに、男は途端に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あ、コレですか?コレは甲冑です」
知ってます。
「さっき荷物を片付け終わったんです。ホラ、僕って汗っかきじゃないですか。シャワーを浴びたはいいんですが、着る服がコレしかなくて……」
「……」
……どこをツッコめばいいのかわからない。
着る服がない……って。だからって甲冑は可笑しいでしょう!
そもそも服より甲冑を持ってきていること自体可笑しい!
と、言うことは。
「……あの、もしかして、その格好で他の人たちにも挨拶行きました……?」
「ええ」
「引っ越しの品、受け取って貰えました……?」
「それがどうしたことか、数秒でドアを閉められちゃいまして……」
だろうな!
「貴女が初めてですよ!ケチャップを受け取ってくださった人は!」
男はにこりと微笑んだ。
……やばい本気で変人だ。
「それにしても、最近ホント暖かいですよね〜」
待って!私アナタと世間話なんかしたくない!むしろ関わりたくない!
「あー、そうですね……」
だけど追い返すことのできないヘタレな私。
そんな私を意に介せず、一人どれほど春が近づいたかを喋りまくる武将。
早く話が終わってほしくて、下を向いていたのがいけなかったのかもしれない。
「あ、この甲冑に興味あります?」
家に行けばまだありますよ。
そう言った男は、ケチャップを持っていないほうの手を掴んだ。
え!今着ている甲冑以外にも甲冑あるの?!どんだけ武将になりたいの……じゃなくて!
気がつくと、有無を言わさずに真新しい匂いのする男の部屋に連れ込まれ、私はそこにちょこんと座っていた。
うわ!見知らぬ男の一人暮らししている部屋に!
……なんて心配は、部屋を眺めることによって遠くに消え去った。
何故なら。
「女性にはこの少しだけ小さい甲冑がオススメですよ。カラフルでお洒落ですし」
部屋一面に、甲冑が並んであったから。
……どうしよう。逆に怖い。
私は別に甲冑に興味があると言ったわけじゃないのに、男は次々と甲冑を目の前に差し出し、いかに素晴らしいかを一つ一つ話し始めた。
――最後の甲冑を説明し終わると、時計はここに来てからとうに二時間過ぎたことを示していた。
その間、私は苦笑いを浮かべながらなるように身を任せていた。
私はここでも失敗を犯したのだ。
静かに聞いていたのが裏目に出てしまったらしい。
「いやぁ、僕、甲冑にしか興味なかったんですけど、ちょっとだけ興味持ちました」
「……え?」
「こんなに真剣に、僕の話を聞いてくださったのは、貴女が初めてですよ」
――それから。
気に入られてしまった私が、甲冑男に散々アピールされて、泣く泣く交際を受け入れるのは、そう遠くない話である。
恋愛小説なはずなのに、恋愛要素がほぼ皆無(笑)
続きは気が向きましたら書こうと思ってます。