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良い筋肉は良い骨格に宿る

適当な医学・解剖学用語が満載。内容はマニアックです。

 つい、おおおっと感嘆の声を上げたのを聞きとがめられた。


「早川、どうした? なんか面白い症例か?」

「ああ、ごめん。いや、このボランティアの画像がものすごく綺麗でさ」


 三面モニターに各種撮像した画像を分割で描出していたのを、一つのモニター全体に一つの大きな画像がでるように調整した。

 CTとMRI、PETで撮像されている。ボランティアとはいえ一日仕事だ、大変だっただろうに。


「綺麗?」

「そうだよ、松本、見てごらんよ。萎縮のない左右対称の脳室、緻密で梗塞の気配もない脳実質。脳動脈だって蛇行すらないんだよ」


 次いで胸腹骨盤部のCTに切り替え。肺野、縦隔異常なし。腹部臓器に異常なし。

 異常がないのが素晴らしい。上から下までスクロールしてついうっとりしてしまう。

 松本はそんな私に思いっきり不審者を見る眼差しだ。


「胸水、腹水なし、動脈硬化なし。病的腫大リンパ節なし。素晴らしい」

「――そんなのボランティアだったら当然だろう」

「いやいやいや。偶発的に見つかる所見すらないんだよ。すごくない?」

「俺はお前の感性が分からん」


 何と言われようと美しい。何度か見返して見逃しがないか確認する。

 そして幾通りかに加工した画像を呼び出す。

 冠状断に矢状断、骨条件、そして3D。くるくると回転させて骨格を確認。


「いいねえ、この緻密さ。配列の美しさ」

「ボランティアなんて若い奴だろう。当然じゃないか」

「このCT値にひれ伏せ。見事な骨じゃないか」


 でもなあ、骨格もそそるんだが、何よりいいのが。


「この筋肉、好みだなあ」


 横で松本がむせる。もう一度CTの横断像にしたものを見ていく。


「肩甲部周囲の筋や僧帽筋に広背筋、胸筋もいいけど。この腹横筋と腹斜筋、殿筋群の発達を見てよ。これは鍛えているわ。し、か、も。この腸腰筋と脊柱起立筋のすごいこと。良い筋肉は良い骨格に宿るんだねえ」


 内臓脂肪の少なさも注目すべきなんだが、この筋肉。

 絶対腹筋は割れているだろう。想像するだけでうっとりしてしまう。


「……早川、お前変態か?」

「失礼な。健康で正常に発達しているものを愛でて何が悪い」


 こんな文句なく美しい肉体。日々腹の中まで観察している自分にとって、健康なのは何より重要なことなのだ。

 頭の先から爪先まで有意な所見がないというのは、ボランティアでも珍しい。

 たいてい職員がボランティアをやるが、大なり小なり何か見つかるはずなのに。


「このデータ、個人的に保存したいな。こんな綺麗なの滅多にお目にかかれない」

「……そうか」


 同意するのも疲れたような松本をよそに、あれこれと条件を変えてこの画像を観察しまくる。

 骨盤のところにきて、ふいに松本が挑発するように身を寄せた。


「なあ。ここはどう思う?」

「どうって?」

「サイズ」


 そこはいわゆる……な場所で。


「平常時のサイズってこと? 普通じゃないの。なんなら計測しようか?」


 計測ツールをクリックして、曲線距離計測モードに変更する。

 ここからここまでで、うん、普通。


「普通だね」

「普通かよ。というか、お前、そこは恥じらいを持て」

「画像に恥じらいなど不要じゃない? 第一重要なのは平常時ではなく、膨張率でしょ?」

「ぼ、膨張率とかいうな。こっちが恥ずかしい」


 ずばりな医学用語で言う方が恥ずかしい気がすると思いながら、やけに絡む松本が不思議だ。異常がないか気にはするが、画像を見ながら羞恥を覚える方が変態ではないだろうか。

 仕事で欲情なんかしていられない。


「でも本当に美しい画像だ。このボランティアさん誰だろう」


 本体はこれに皮膚と服が付くから見当がつかない。ここの職員に、こんなに魅力的な肉体を持つ人がいるんだ。

 職員検診で全員の胸部は知っていても、この人が誰かは分からない。


「気になるか?」

「そうだね、この筋肉と骨格はそそる」


 キャスター付きの椅子に座っていた松本が立ち上がった。モニターと入力用、カルテ閲覧用の複数のモニターがコックピットのようになっているデスクの前に陣取る私の後ろから、囲うように腕を広げて手をデスクについた。

 片手はマウスに乗せた私の手の上だ。

 いきなりな行動に、頭がついていかない私の耳元に背後から顔を寄せて。


「なら、直接確かめるか?」

「何を?」

「この筋肉と骨格。触診でも視診でも、存分にやれば?」


 首をひねって見上げれば、意地悪そうな松本がいる。

 この展開はまさか、なのか?


「これって……」

「そう。ついでに膨張率も確認しろ」

「今まで生きてきた中で最低の誘い文句だ」


 筋肉のせいか体温の高い松本の手がぎゅっとマウスごと私の手を覆う。


「人の体上から下まで舐めまわしやがって。弄ばれたんだ。責任取れ」

「誤解を招く言い方はやめよう。私は舐めるようには見たけど、舐めてはないよ」


 人を変態扱いしたくせに、その言い方はないんじゃないか。

 精一杯の抵抗を試みるが、松本の包囲網は残念ながら狭まった。


「よだれこぼしそうな口元だった。実物は、見たくはないか?」


 見る――視るでも診るでもいいけど、それが仕事な私にその殺し文句を言う?

 充分君も変態だと毒づきながら、取りあえずこのデータを保存して実物と比べるのも悪くはないんじゃないかと、どこかずれた感想を抱いた。

 松本から私はボランティアをやらないのかと聞かれたが。

 ――胸の大きさがばれるだろうが。





 

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