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おかんセンサー

そろそろ早起きが辛い。布団のぬくぬくが起きるのを阻みます

 息子には『おかんセンサー』がついていると思う。子供というものは赤ん坊の頃ほど、母親べったりだ。

 おっぱいだミルクだと泣いては抱き上げられ、おむつの交換に布団に転がされては泣いて抱き上げられる。生理的な欲求が満たされると、腕の中でうとうとしだしてお休みあそばす。

 だんだんと重量を増す鉄アレイならぬ生体アレイは、そのうち自我を芽生えさせる。


 寂しいから。遊んで欲しいから。眠いから。


 そんな要求とともに抱っこをせがむ。


「抱っこ星人だもんな」


 そう言って夫はからかい、息子は違うもんと丸い頬を膨らませる。

 少なくとも人前で抱っこをせがむのは恥ずかしいのだと、理解はしているらしい。小学生になって数年なんだから、恥ずかしく思ってくれないとこちらが困る。


 それでも小さい時と比べて手は離れた、と思う。

 息子なりに学校の宿題や習い事、友達と遊んだりテレビのデジタル放送のクイズに挑戦したりと忙しく、その間は家事ができる。

 

「お休みなさい」


 子供部屋のベッドでそう言って明かりを消してからも、しばらくはもぞもぞゴソゴソと落ち着かない。

 理想はとっとと立ち去りたいのだけれどそうもいかず、布団をめくって息子の横に座る。枕に頭をのせ、見上げながら暗い部屋に相応しく息子の声も音量を抑え気味だ。


「お母さん」

「なに?」

「僕ね、夢を捕まえていたいんだけど、いっつも起きたらあんまり覚えてないの」

「残念だねえ。でもいい夢見ていると思うよ。時々寝ながら笑っているから」


 こちらも密やかに返事をすると、息子は覚えのない睡眠中の行動に興味と照れをしめす。

 寒くなってきて二人で潜っている布団の暖かさが心地いい。

 なおもとりとめのない話をして明日の起床時間を確認し、ついでに絶対起こしてねと頼んだ息子は静かになったかと思うとあっという間に眠りに落ちる。本当に電池の切れた何とかのよう。

 

 しばらく寝息を音楽のように聴き入ってから、そっと布団を抜け出す。

 食事の後片付けは終わった。夜に回した洗濯機の中身も室内干しは完了している。

 息子が眠ってからが一人の時間だ。夫は仕事の都合でいたりいなかったり。録りためた番組を鑑賞した端から消去したり、気になるニュースをチェックしたり。ネットであちこちふらふらしたり。買ってはいつの間にか増殖している本に目を通したり。


 気持ちがゆるりとほぐれるこの時間は貴重だ。丁寧に淹れたお茶や息子には内緒のとっておきのお菓子なんかを楽しみながら、ゆったりと過ごす。

 

 ああ、それなのに。


 子供部屋のドアが開いて、寝ぼけ眼の息子が廊下を歩いてくる。


 今夜もおかんセンサーが発動したようだ。寝入りばなは一人でもいいのに、そこから二、三時間すると起き出してくる。隣に母親がいないから、目が覚めてしまうらしい。夜更かしの手を止めて一緒に子供部屋に戻る。

 布団に入れてやって空気が逃げないように肩周りを覆い、手を握ってやるとほどなく息子の目蓋は下がり呼吸が寝息に変わる。


 今度はもう少し長く側にいて、より一層の注意を払ってベッドをおりる。

 放置してしまったパソコンの更新をしてから、目を走らせる。今度はさっきよりも早いスパンで、また息子が目を覚ます。

 今宵はここまでらしい。諦め混じりにパソコンをシャットダウンしてから、息子の手を引いて暗い子供部屋に向かう。



 どうして起きるのかなあ、と尋ねた時に息子はしばらく真剣に考え込んでいた。


「僕ね、孤独恐怖症なの」

「お母さんが側にいると安心ってこと?」

「うん。お母さんあったかいもん」


 よほど息子の方が体温が高い分温かいのにと思いながら、布団の上からそっと手を添える。

 添い寝というわけではないけれど、一日の疲れが襲ってついつい寝落ちしてしまうことがある。

 子供の寝相はダイナミックを通り越して、格闘技でもやっているんじゃないかと思うくらいに動きが激しい。どったん、ばったん、壁に蹴りをくれたりのけぞったり。

 頭突きをもろにくらうと悶絶して、涙目になってしまう。当の息子はそんなことは露知らず、目を閉じたせいでかやや幼く見える表情ですうすうと眠っている。側にいる時は寝返りの手が母親の体のどこかに触れていれば、起きることもなく動きを止めて深い眠りに落ちていく。


 抱っこの記憶があるのか。その前の暗くぬるい水に浸かっていた時の記憶が不意に浮かび上がるのか。

 どちらにせよ、息子にとっては母親が側にいる気配は好ましいらしい。


 いつか息子にも第二次の反抗期が来る。くそばばあとかうるさいとか言われる日が来るんだろうと、今から覚悟はしている。

 きっとものすごく腹立たしいながらも、ずっと家族でいるんだろうと予感している。



 十年後も側にいないと安眠しないのなら困ってしまうし心配でたまらないけれど、こうやって寄り添うのも今のうちだからとすべすべで、ふくふくで、ぷにぷにで、もちもちの息子の背中を撫でながら、温もった布団の中でゆるゆると眠りに引き込まれていく。


 明日も五時起き。息子を六時に起こすまでに、コーヒーを飲んで新聞に目を通して自分の時間を堪能しよう。

 おかんセンサーは鋭敏だからどうかもう少し寝ていてねと祈りつつ、朝ご飯の支度を始める。


 ちなみにおとんセンサーはあまり発動しない。でも父と息子で一緒に寝ていると、眠る表情がそっくりで笑えてしまう。

 しかも、しばしば同じ寝姿になっているので更におかしい。

 こっそりと撮影した寝姿写メは双方の祖父母に披露すると、殊の外好評だ。着々と枚数を増やしている。


 

 そろそろ息子を起こそうと子供部屋のカーテンを開ける。口元が緩んで、小さな笑い声を息子がたてている。

 いい夢を見ているんだなとこちらまで嬉しくなる。


「おはよう、朝だよ」


 呼びかけて体をゆすると、少しの間は顔をしかめたり手足をぐぐっと緊張させている息子も、ぽかりと目を覚ます。

 寝起きでまだぼうっとしているらしいが、こちらのおはようの声かけにおはよーと律儀に返事をする。


「お母さん、いま何時?」

「六時だよ。ちゃんと今日も起きられたね」


 ベッドから出ると寒いといいながら笑顔を見せる。

 また一日が始まる。息子よりよほど寝起きの悪い夫は、何回よびかけたら起きるのか想像もつかない。ぎりぎりまで眠りにしがみついている。

 ただ、夕食の時間に帰ることが少ない夫だから朝しか揃って食事ができない。だから息子と二人がかりで夫を起こす。


「お父さん、起きて」

「……あと三十分」

「ご飯食べる時間がなくなるよ」

「お父さん、一緒にご飯食べようよ」


 大人がもうちょっととごねても可愛くない。

 夫を起こすのは息子に任せて、さっさとその場を離れる。子供の高めの声にはいつまでも逆らえないだろう。

 三人でテーブルを囲んで、いただきますと合図をすれば一家団欒のできあがりだ。


「ゆうべもおかんセンサー、発動したのか?」

「うん……二回」

「高性能だな」


 そんな会話も微笑ましい。

 いつまでも発動するのは問題でマザコンと名称を変えられるかもしれないけれど、まあ、今のうちはいいか。

 そんな思いでまた新しい朝を迎える。








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