猫とコーヒー、犬と紅茶
理屈屋の彼との応酬。犬派と猫派は相容れない。
「世間は犬派と猫派に大別される」
真面目な顔で言い出す彼を私は流す。目は読みかけの本に落ちている。
「あるいはコーヒー派と紅茶派でもいい」
「……何が言いたいの?」
「どちらもゆるぎない価値観を持っていて、決して相容れないということだ」
私はため息をついて本を閉じた。
彼がこんなことを言い出す時は、たいていろくなことがない。
これまでの経験からよく分かる。
「そうね、両者の間には深くて暗い隔たりがあるね、それで?」
「たとえば俺は猫が好きでコーヒーが好きだけど、君は犬が好きで紅茶好きだ」
それは事実だ、私達は相容れない。一緒にいても駄目だってこと?それとも価値観は譲れないから議論すら無駄ってことだろうか。
こんな風に昼下がりに二人でいるのに、意味がないとなると結構辛い。
遠まわしに別れ話をされているんだろうかと勘ぐりたくなる。
「だから?」
猫が好きでコーヒーが好きで、ついでに可愛い人でも見つけたの? 見つけようとしているの?
引導を渡すならきっぱり言って。未練を残さないように、はっきり言って。
「あなたの価値観と相容れない私とは、一緒にいても意味がないってこと?」
それなら別れてもいいよと言おうとした私は、彼にきつく手首を掴まれた。
怖いくらいに真剣な目が間近にある。
彼は手を伸ばして、飲みかけの私のカップの紅茶を飲み干して、何とも言えない顔をした。
「何年かけても俺は君を猫好きにも、コーヒー好きにもできなかった」
彼の真意が分からずに、手首をとられたまま続きを待つ。
「だけどこれからも、君に猫とコーヒーの素晴らしさを語りたいんだ」
だから、と小さな小箱を渡される。
中にはきらきらと輝く――
思わず彼を見つめる。うっすら顔が赤い。こんな彼は初めてかもしれない。
「いつか猫とコーヒーを好きになって。でも俺のことも好きでいてくれ」
こつん、と彼の肩に額を押し付ける。
猫とコーヒー。好きになれるときが来るかは分からない。
でも。
「議論なら負けないよ」
でも。
とっくに好きになっているよ。あなたのことが大好きだよ。
きっといつまでもね。
いつか私を言い負かして。それとも私が言い負かそうか。
ずっと付き合ってくれるんでしょう? 誰よりも側にいて。