カウントダウン
3月21日だったので突発的に。20 12.3.21とゴロもよい。
心臓はばくばくとうるさい。11桁の番号は押した。あとは通話のところを押すだけ。押すだけなのに。
7時は帰宅途中で失敗した。8時はお風呂に入っている間に過ぎてしまった。
別に時間ちょうどでなくてもいいのに、なぜだかこだわってしまう。
そしてもうすぐ9時になる。
親しくもない人に10時に電話するのは気が引ける。
だから、これが最後のチャンスかもしれない。
目はデジタルの時計の秒針に釘付けだ。
10秒前から、ついカウントダウンをしてしまう。
……3、2、1、0。つられて通話を押してしまった。
しばらく無機質な呼び出し音が響く。――出ない。これは留守電かとメッセージを考えていると、向こうから低い声。
「もしもし」
「あ、あの、山本さんですか。私、同じゼミの三浦です」
「ああ、何か用?」
やった、と小さくガッツポーズする。メールではなく電話。声が聞ける、リアルタイムで繋がる電話にしてよかった。
今だって心臓はものすごい心拍数だけど、勇気を出してよかった。
「あの、須藤ちゃんから連絡があって、明日のゼミが教授の都合で休講だって、それを、山本さんに伝えてって……山本さんで最後です」
「そっかありがとう。メールでくれたらよかったのに」
「あ、うん、でも前にメール見損ねて、大学に行っちゃったことがなかったですか?」
「――よく覚えてるな。確かにそうだ。わざわざありがとう」
すごい、すごいよ。山本さんと話ができているよ。いつもは、この半分でもう挙動不審になってしまうのに。一斉メールが出されているはずだから、山本さんのところにも届いているはず。でも駄目押しで電話するのよ、となぜだか須藤ちゃんから念押しされた。
よし、用事は伝えられた。
あと、そう、私的にはこっちがメインなんだから、頑張れ。
気合を入れていたら、何故だかフローリングに正座していた。
目の前の時計を睨みつけて、汗をかいた手を拭いてスマホを握りなおした。
「あああ、あと、今日、山本さん、誕生日でしたよね。おめでとうございます」
「なんで三浦さんが俺の誕生日知っているの?」
誕生日だけじゃないです。身長とか体重とか、出身校とか留学して留年したこととか、まあ、色々情報を集めました。
なんて、本人にいえるはずもない。ストーカーかと引かれてしまう。
「お昼に学食で話しているのを小耳に挟んで……」
いきなり、山本さんが静かになった。小耳に挟んでいきなりお祝いとか、ありえないとか気持ち悪いとか思っているのかな。
沈黙が、それまでの勇気と高揚した空気をあっさり持っていってしまった。余計なこと言うんじゃなかった。ゼミのことを伝えてそれじゃ、って通話を終えるべきだった。
いつもいつも、見ているだけはもう嫌だと決心して、私にしてはものすごく行動したつもりだったけど空回りしたみたい。
もう、きっちゃおう。
「用件はそれだけです、それじゃ……」
「待って。もう少しいい?」
終話にしようとしたのを、山本さんの声がとどめた。
もう少し、話せるのは嬉しいけど何を話そう。もう頭が真っ白で気の利いた話題なんて出てこない。スマホ越しに山本さんの息遣いが聞こえる。引き止めたのは山本さんなのに、なんで黙っているんだろう。
「あのさ」
「はい」
「三浦さんの誕生日はいつ?」
わ、私の誕生日。っていつだったっけ。落ち着け、自分の誕生日なんだから、速やかに思い出して伝えるんだ。
「私の誕生日は1月15日です」
「1月15日……いいこ、か。三浦さんらしい。俺なんてカウントダウンみたいだろ?」
さっきまで必死に数えていたカウントダウン。3、2、1……。それに背中を押されるように通話できた。
今日じゃなかったら、ぐるぐる考えて結局なにもできなかったと思う。
「すごく、元気が出るっていうか勢いのつく日だな、って思います」
「ありがと。誕生日を祝ってもらうのってすごく嬉しい」
「これ、くらい、お安いごようです。あ、長電話ごめんなさい。それじゃ……」
「電話をありがとう。お休み」
「お、休みなさい」
山本さんが終話にしたのを待ってから、スマホを両手で握り締める。
やった、やったよ。ミッションコンプリートだよ。ちゃんと用件を伝えて、誕生日をお祝いできた上に、誕生日を聞かれてお話もできた。
どうしよう。じっと座ってなんかいられない。なにか、お祝いしないと。
ちゃんとした手順で紅茶を入れて、コンビニのとっておきスイーツをお皿に出して。
山本さん、お誕生日おめでとう。一人お祝いパーティーをやろう。
浮かれる私の前で、時計は冷静に時間を刻んでいる。
今日は3月21日。カウントダウンの日、そして。
山本さんと始まった日。