表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/55

アン・ポン=ターン

性別はオス、短毛種が好み。サブタイトルが正式名称。

「絶対に嫌。大勢のうちの一人なんて気持ち悪い」

「それは不遜というもの」

「不遜って……。とにかくここにいるからには協力はするけど、妾妃って何なの。変な病気持っていたらどうするの」


 小娘が精一杯の虚勢を張っていると、傲岸不遜な国王は思う。

 迷い人が現れたとの報告を受け、先例にのっとり身柄を保護したのが先日のこと。

 いわゆる迷い人は、ここではない別の世界からやってくる。その知識はこの世界とは異なり、国の発展に役立つことが多いため貴重な人材を他国、国内でも有力貴族などに横取りされないために代々王族が囲い込む。

 たいていはそのまま妾妃なり、側近にとりたてて置くものだが。


 このたびの迷い人はガクセイと言って、さまざまなことを学ぶのが仕事のようなものらしい。珍奇な衣装を身にまとう。気の強さが目新しい。

 これは面白い玩具が手に入ったものだ、と国王はほくそ笑む。

 誰もかれもが頭を下げ、従順なのは楽ではあるがつまらない。面従腹背にはうんざりしていた。こんな小娘の倫理観など知ったことではないが、異世界人のものの考え方には興味をそそられる。


 がっちりと押さえつけて逃げられないようにしておいて、この性質を損なわずに飼いならすのは楽しそうだ。

 自分が男で、迷い人が女なのだから、これは妾妃にしておこう。

 そう考えて処遇を伝えれば、単なる名目上の立場というのに噛み付くような勢いで拒否される。しかも私が汚らわしいかのような目つきだ。


 私を嫌だと申すか。命知らずで愚かな娘。

 

 放り出されれば、無事でなどいられない。身を守る術もない、常識もなにもかもが違う世界で生きられるとは思うな。あっという間に身ぐるみはがされて、命があれば儲けもの。おそらくは汚泥に沈むことになるだろう。

 できるだけ細かく残酷に予想されうることを教えてやれば、一瞬泣きそうな顔になるが、それでも妾妃となることには首を縦に振らない。

 これ以上時間を費やすのも本意ではないので、とりあえずは客人として城の奥に住まわせることになった。


「サヤカ様にお元気がありません」


 そんな報告を受けて久しぶりに顔を見に行けば、夕闇に沈もうとしている部屋で、本を膝にぼんやりと外を見る迷い人の姿があった。

 なんだ、萎れてしまったか。――つまらない。

 私を認めた迷い人は、ふいと視線を逸らした。無視されることには慣れていない。全くもって慣れていない。ざらつく苛立ちが頬の辺りに走る。


「元気がないと聞いたが」

「関係ないでしょう。ほっといてください」


 口調だけは敬語だが、敬意などかけらも含まれていない。怖いもの知らずというか処世が身に付いていないと言うか。

 迷い人の知識を聞き取るのが、迷い人が現れた際の決まりごとだ。どんな生活をしていたのか。国力はどんなであったのか。その政治形態。経済状況。知的水準など。何かを携えていればそれの解析も重要な研究になる。

 そうしてわが国は代々、他国にはない知識と技術を蓄えてきたのだ。


 今回の迷い人も、その点では非協力的ではなかった。


「衣食住を保証してもらうのだから、できることは協力します」


 そう言って、聞き取り調査には快く応じている。

 研究者や専門に職を持っているわけではないのだが、好奇心は旺盛だったようで多くの本を読み、身近なものの原理なども調べたりしていたようだ。浅くではあるがなかなか広い知識を持っているとの報告は受けている。

 ことに、ガクセイカバンという勉強に必要な書物や辞書の入った鞄は、関係者を狂喜させた。

 

「宝の山です」


 興奮した面持ちで話す言語学者。筆記用具は職人の驚嘆を誘い、薄くて均質な紙や優れた印刷技術も溜息を誘ったと聞く。小さな鏡や面白い素材で作られた身だしなみの道具に当然ながら女達が食いつき、その服でさえも服飾に携わる者の興味を引く。


 何より、今回はスマホとやらが秀逸だった。

 用意周到だったのか、小さなソーラーバッテリーとやらも入れてあったがために、サヤカの言う『電池切れ』という現象も防げるらしい。

 手のひらにおさまる小ささなのに、音楽はともかくやシャシン、ドウガ、メールなど聞きなれない、見慣れないものがこれでもかと入っている。

 素晴らしいの一言だった。


 ただ色々と操作して見せたサヤカが途中からどんどん口数が少なくなって、食事も取らずに休んだとの報告を受けたのだ。

 顔を見に来れば憎まれ口もなりをひそめ、ただ元気がない。


「どうした、萎れているなどお前らしくもない」

「ほっといてって言っているでしょう。陛下には関係ありません」


 鼻先で扉を閉められた、そんな感じだった。


「関係なくはないだろう。私はお前を保護しているんだぞ」

「協力はしているでしょう。それ以上踏み込んでこないで下さい」


 男のように短い髪の毛の毛先を揺らして、サヤカが睨みつけてくる。

 いつまで経っても慣れようとはしない。むっとして部屋を出ようとした耳が、かすかな声を拾う。


「オカーサン」



 いささか荒い足取りで自室に戻る。くさくさした気分を紛らわすために、酒を用意させて夜着に着替える。

 寝室を整えて退出しようとする侍従をふと呼び止めた。


「オカーサン、とはどういう意味だ」


 侍従はしばらく考えていたが、思い当たったようだ。


「お母さん。母親への呼びかけかと存じます。前にサヤカ様がおっしゃっていたような」

「ふむ、母上、というのと同じか」

「さようでございます」


 一人で酒を流し込みながら考える。あれは里心が付いたのだろう。

 らしくない、と思いながら同時に無理もないとも思う。

 一人で知らない世界に突然やってきたのだ。心細くて当然だろうし、家族が恋しくなっても無理からぬこと。


「寂しがりで意地っ張りか。案外殊勝なところがあるではないか」


 一人ごちてぐい、と杯を空にした。




「これをやる。しっかり世話をしろ」

「って、いきなり何。……え?」


 押し付けた籠を迷惑そうに受け取ったサヤカは中からした小さな鳴き声に、慌てて中身を確かめる。中身に瞠目する様子は、年相応の娘らしさだ。

 籠の中は生まれたばかりの犬。震えながらくんなりとしている。侍従の実家で生まれたという話を聞いて一匹持ってこさせた。


「小型犬らしい。飼い方は周囲の者に聞け」


 困惑しているらしいサヤカだが、鳴き声には勝てなかったようで籠を床に置いて、中からそっと子犬を抱き上げた。

 犬の尻を手の平で支えて胸に抱く。


「お前が世話をしなければこれは死ぬ。しっかり励め」


 それだけ言い捨てて部屋を後にする。――らしくないことをした。


 サヤカはその子犬に名前をつけ、世話を始めたらしい。部屋が荒れると渋い顔の侍従を説得して、しっかり躾をすると約束もしたようだ。

 飼い方や躾を周囲に尋ね、自ら散歩や食事の世話をしていると漏れ聞いた。

 部屋を訪れると、子犬がサヤカに抱かれて顔中を舐めまくっていた。

 その光景が――面白くない。


「躾のなっていない犬だな」

「そんなことはありません。親愛の情じゃないですか」


 むうっと反論するサヤカは元気を取り戻したようだ。

 この歯に衣着せぬ物言いでなければ、と安心してしまうあたり毒されている気がしないでもないが。

 まあ、いい。



 子犬が成犬になり、幾度も季節が巡った。サヤカの望み通り大勢のうちの一人ではなく、唯一の存在として遇してやった。もうこれで断る口実も尽きたようだ。

 すっかり伸びた髪の毛を優雅に結ってサヤカはそっぽを向くが、耳が赤く色づいているのでついからかいたくなる。

 抱き寄せて膝の上に座らせると、ジタバタするのが面白い。

 と、足首に違和感を覚える。サヤカの犬が、がしがしと私の足首に噛み付いている。


「やはり、躾が悪いのではないか?」

「陛下だけにです。とっても頭がいいんですよ。ねえ、アンポンタン」

「ずっと尋ねたかったのだが。その、アンポンタンというのはどんな意味なのだ?」


 犬に移していた目線を強引にこちらに向かせれば、サヤカが何故だか引きつったような顔で目が泳いでいる。


「ええっと。あの頃の、陛下のことです」

「そうか、私はアンポンタンなのか。アンポンタン、アンポンタン……」


 この言葉を覚えて意味を調べようと決めたが、まずは腕の中のサヤカを抱きしめることに専念した。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ