私の恋人
振られて酒を飲む私とバーのマスター
通いなれたバー。隅の椅子に座って荷物を隣に置く。
オーナーでもあるバーテンが、水とおしぼり、突き出しを出してくれる。
ここのはオーナーお手製の甘いものが出される。
私はそれも楽しみにここに来る。
「今日はどれからいきますか?」
オーナーの背後にはずらり、とボトルが並んでいる。
ウイスキーのボトル。
「華やかな香りのやつ」
抽象的なリクエストに、少し笑って凝ったつくりのグラスを出してくれる。
琥珀色の液体が注がれる。ボトルのラベルには花の絵が描かれている。
立ち上る香りは華やかで甘い。
喉を通るとき焼けるほどの度数とは思えないほどだ。
胃におさめると体が熱くなってくる。
シングルモルトウイスキーが私を慰めてくれる。
――振られちゃった。
別れの時には毎回似たようなことを言われる。
君は強いから。俺がいなくても大丈夫だから。
そうなのかな。
一人でも生きていけるように資格を取って専門職を選んだ。
仕事はやりがいがある。毎日も楽しい。
でも何故か恋はうまくいかない。
近寄ってくるのは相手なのに、最後は何故か振られてしまう。
「どうしました? お口にあいませんでしたか?」
オーナーの声に慌てて現実に戻る。グラスは最初の一口を飲んだだけだった。
「あ、いいえ。とても美味しいです。考え事をしていただけです」
もう一口をゆっくり飲む。うん、本当に美味しい。
ゆっくりと酔いが回ってくると、押し込めていた負の感情も小さなことのように思える。
失恋くらいって思えてくる。
同じものをもう一杯頼んで味わう。
照明を落とした落ち着いた店内は、ひどく安心できた。
「悩み事は解消しましたか?」
オーナーが水を出してくれる。
「ええ、なんだか」
気付けば閉店間際の時間帯で、もう他にも客はいなかった。
支払いを済ませて身支度をする。
オーナーも私を送り出したら閉店準備をするつもりなのか、カウンターから出てきた。
「ごちそうさまでした」
ドアを開けて挨拶をすると押し開けたドアがオーナーの手によって閉じられた。
「え?」
状況がのみこめない私にオーナーはゆったりと笑う。
「失恋の傷は新しい恋で癒すのが一番ですよ」
見透かされていた恥ずかしさで私の顔は赤くなる。
同時にオーナーの思惑が分からずに困惑する。
白いシャツに黒いズボンのオーナーは、私を腕の中に閉じ込めた。
「……オーナー……」
「あなたがあまりに可愛くて頼りなげに見えて。お客様と思って我慢していたのに、もう駄目です」
違う。私は可愛くも頼りなくもない。オーナーの腕の中で私はかぶりを振る。
そんな私の耳元でオーナーは囁く。
「自分がどれだけ可愛いか自覚がないんです」
たっぷり教えてあげますよ。そう言ってオーナーは笑った。
私が美味しいと言ったから、突き出しをスイーツにしたのだと。
隅の席は独断と偏見によって予約席になっているのだと。
後になって本人から聞かされて私は苦笑した。
私を可愛いと言う奇特な、とびきり美味しいスイーツを食べさせてくれ極上のウイスキーを飲ませてくれる。
――私の恋人。