第九話:kindleクリエイトは密入国
アメリカとの税金交渉を終え、いよいよ私は「本を作る」という本丸に乗り込んだ。
原稿の読み込みなんて分からない。
説明書きには、一か所にやたらと魅惑の言葉が並んでいた。
『KPFファイルを使用すれば、あらゆる端末で美しく表示されます』
『自動処理でタイプセッティングを行います』
『テーマやスタイルを選択してカスタマイズできます』
「……これだ、これこそ私が求めていた魔法の杖!」
Amazon様が用意してくれた、書式設定の救世主。その名も「Kindle Create」。
これさえあれば、私の書き殴った原稿データが、魔法のようにキラキラした電子書籍に変わるはず。鼻歌まじりにKDPのヘルプページからダウンロードボタンを押す。
だが、ここからが「第二の地獄」の幕開けだった。
まず、落ちてこない。
クリックしても、砂時計が回るばかり。私のパソコンが古いのか、それとも三月の吹雪が電波を邪魔しているのか。「おーい、Amazonさーん!」と画面を揺さぶりたい衝動を抑え、再試行、再試行。
気がつけば、ダウンロードフォルダには同じ名前のインストーラーが4つも並んでいた。
「……インストールやダウンロードやるとだいたいこうなるのはなんでかなぁ」
ようやく一つを起動する。すると画面に現れたのは、コーヒーとパソコンとノートの上半分の写真がついた小さめのウインドウだった。
「なんか、オシャレだ。コーヒー飲みたくなってきた」
私もお気に入りのマグカップにコーヒーを淹れ、優雅に一口。この時の私はまだ、このコーヒー・ウインドウが、これから始まる3日間にわたる絶望の「静止画」になるとは露ほども思っていなかった。
インストールが完了し、意気揚々とソフトを開く。
……全部英語。
「ちょっと待って、私の日本語はどこ?」
パニックになりながらスマホのAIに聞いて設定を探す。ようやく日本語に切り替えた瞬間、私はさらなる理不尽に直面した。
日本語設定にした途端、画面から小説(文章)を作るための入り口が消え去り、「漫画」と「絵本」の看板だけが残ったのだ。
「……え、私、漫画家になれってこと? 文章は書いちゃいけないの?」
再びAIに相談した。
「本社がアメリカだから、日本語にはあんまり優しくない仕様なんですよ」
AIのその一言に、私は膝から崩れ落ちそうになった。
天下のAmazon様が、日本にそんな塩対応だったなんて。ダウンロードはできるけれど、基本は英語。日本語に直そうとするとシステムがへそを曲げる。
「あるあるです」じゃあないのよ、AIさん。こっちは人生賭けてるんだから。
「じゃあ、このダウンロードしたやつは使えないの?」
絶望する私に、AIは淡々と、でも力強く裏技を授けてくれた。
「まず、英語設定のまま、無理やりこじ開けてください」
「そこから『小説』という英語の扉を蹴破って進みます」
「Wordのような真っ白な画面に到達したら……そこでようやく、日本語設定を召喚するのです」
……なんだその、密入国みたいな手順は。
真っ当に入り口から入らせてくれないのか。一度アメリカ人になりすまして潜入し、中に入ってから「実は日本人でした!」とカミングアウトするような、この面倒くさい工程。
「わかった、これはこういうモノなんだ」
私は割り切った。これは不具合でもバグでもない。これが仕様なのだ。
一歩進むごとに「なんでやねん!」とツッコミを入れていたら、私の心臓がもたない。心を冷徹なマシーンに切り替えるしかない。
英語のまま開き、目的の場所に辿り着いてから、おもむろに日本語設定を上書きする。
すると、あんなに頑なだった画面に、ようやく見慣れたひらがなと漢字が躍り出た。
「おかえり!日本語」
密入国、成功。
ようやく私は、自分の言葉を流し込むための器を手に入れた。
工程としてはたったの3ステップ。でも、精神的な疲労は計り知れない。
冷めきったコーヒーを一口啜り、私はようやく本来の目的である原稿の流し込みへと視線を移した。




