第七話:KDPダッシュボードの門番と脳内の『観測者』
はじめてマインドフルネスを体感しました。この日(3/16)をきっかけに、完璧主義や0か100思考、認知の歪みや自分はダメだ思考にいい意味で変化が出始めました。noteブログで、しろい/ちよのペンネームで色々書いています。このことについても書いていきます。気が向いたらお越しください。
KDP(Kindleダイレクト・パブリッシング)という戦場に足を踏み入れた私は、まず愕然とした。
「本の作成」ボタンの先に待っていたのは、白紙のまま並んだ3つの設定タブ。
「Amazonに出すんだから、まずは全体像を下見しよう」……そんな私のささやかな計画は、一瞬で打ち砕かれた。
次を見たいから「保存」したら、画面が真っ赤に染まった。
「続行するには、強調表示されている項目のエラーを修正してください。」
何ですと?
タイトル、フリガナ、ローマ字、著者名、内容紹介、カテゴリー。
これらをすべて埋めない限り、次のページ(原稿アップロード)を拝むことすら許されない。まさに鉄壁の門番。「名前を名乗らぬ者に、一歩先も見せぬ」という徹底した拒絶だ。
特に「タイトル(ローマ字)」「著者名(ローマ字)」の強要には閉口した。日本語の本を出そうとしている私に、なぜこんなにアルファベットを書かせるのか。
「内容紹介」のボックスを前にして、私はついにフリーズした。
「……ここでお腹いっぱいだわ。」
サインアップで迷子になり、住所入力で居場所を見失い、銀行口座で絶望した。その末にたどり着いたのが、この「一歩も先に進ませてくれない入力画面」。
私の脳内の「管理担当」が、パンク寸前で白旗を振った。
KDPのタブを閉じ、Googleドキュメントへ逃げた。「入力項目が埋められないなら、埋められるだけの『中身』を先に作るしかない」と腹をくくったのだ。
ここから、AIを唯一の命綱にした格闘が始まった。
noteブログで1000文字程度の記事をバラバラに書いていた時とは、全く勝手が違う。章立てて、一つの「本」として筋を通さなければならない。
AIに音声入力で言葉を投げ、構成を整えてもらう。だが、AIは時々残酷だ。「ここ、もう少し具体的に直したほうがいいですよ」と指摘はしてくるくせに、じゃあ「具体的にどう直せばいいか」までは教えてくれない。
「それが分かれば苦労しないんだよ」
画面の向こうのAIにツッコミを入れながら、音声入力をしながら細かい部分を術後の麻痺が残る手でキーボードを叩き、自分で自分の文章をこねくり回す。修正して、読み返して、また直して。
正直、手応えなんてこれっぽっちもない。書けば書くほど、自分の文章が拙く、スカスカに思えてくる。
不安で手が止まりそうになった、その時だ。
それは「声」ですらなかった。脳内に直接、鮮烈な「イメージ」が降ってきた。
『気にするな、お前はもともと下手くそだろ』
『手を止めるな。余計なこと考えるヒマあったら次に進んで機械的に打ち込め』
……不思議なほど、怒りは湧いてこなかった。あ、そうっすねっと素直に頷けた。
いつもなら、私の脳内には励ましてくれる女性のイメージが浮かぶことが多い。なのに、この土壇場で現れたのは、共感を排して今を見据える「男性」の影。
茶の間にいるはずのない誰かが、私のディスプレイを人差し指で「コツ、コツ」とつついている。
この場にいるのは目の前でコタツに入って昼寝している義父母とパソコンを打ち込んでいる私だけ。
看護師時代、統合失調症の患者さんが「悪口が聞こえる、嫌な事や変な事言ってくる」と苦しんでいたのを思い出す。けれど、こいつは違う。支離滅裂な罵倒や誇大妄想ではなく、恐ろしいほど冷徹で、合理的な事実を突きつけてきた。
それはきっと、脳が緊急配備した防衛反応だったのだと思う。優しい受容では、この壁は突破できない。だからこそ、「感情を横に置いて、今なすべき処置を完遂する」という意識が、現れたのだ。
開き直った私は、作業を続けた。
二日間で合計6時間。11章分の文章を、音声入力と手打ちの混成部隊で一気に形にする。
仕上げに、Googleドキュメントの音声読み上げ機能を使って、自分の文章を三回「耳」で確認した。
「本の作成テストだからこんなんでいいかな、目次の作り方?わからん」
私は再び、あの真っ赤な警告文が並ぶKDPダッシュボードへと戻った。
「門番さん、お通しください」
脳内の「彼」は腕を組んで奥に引っ込み何も言わないが、指先に宿った冷徹な集中力だけが、私を次のステージへと押し進めていた。




