第6話:税務インタビューという名の入国審査
「さあ、いよいよ本編(執筆)かな?」
待っていたのは、「税務上の身元情報」という巨大な国境の壁だった。
画面に現れたのは「インタビューを実行」の文字。
インタビュー? なんだ、これから私はAmazonの担当者とZoomで面談でもするの?
「あなたの執筆動機は?」「今後のキャリアプランは?」なんて聞かれるの?
顔出しか?嫌だわ。眉毛も書いてないし、半纏姿よ。
一応眉毛書いて、半纏からライトダウンに変えてから、震える指でクリックすると、そこにあったのは「米国納税者」への質問だった。
あ、面談じゃないのね。寒いからまた半纏を着込む。三月だけど外吹雪なんだもの。
まずは第1関門。
「個人」ですか?「法人」ですか?
――個人。
あなたは米国人ですか?
――いいえ。生粋の日本人。日本語力は怪しいが。
あなたは代理受領者ですか?
――いいえ。私が書いたものの対価は、どうか、この私の手に。
ここまではいい。呼吸を整えて進める。「大丈夫、私は落ち着いている」と自分に言い聞かせる余裕すらあった。だが、その次に現れた文字列を見て、私の思考は完全にフリーズした。
「納税者識別番号(TIN)」
……ティン? ティンって何? なんか芸人さんのネタであったような? それとも新しい暗号?
調べてみると、ここを空欄のままにすると、米国での売上から30パーセントを源泉徴収されるらしい。30パーセント! 私が命を削って書いた、渾身の一冊の利益が、あのアメリカ合衆国に3割も持っていかれるというのか。自由の女神に上納金を払う余裕なんて、今の私には1円だってない。
回避するには「マイナンバー」を入力しろという。
「マイナンバー……入れて大丈夫なの、これ?」
マイナンバーカードを握りしめたまま硬直する。入力した瞬間、私の全ての個人情報がFBIとかCIAのスパコンに吸い込まれるんじゃないか。「おい、日本の田舎に住むおばさんが、必死に何かを書こうとしているぞ」なんて監視されないか。
怖かった。正直、誰かに「大丈夫だよ、怖くないよ」と言ってほしかった。でも、画面の向こうのAIは静かに私を見守っている(気がする)だけだ。30パーセントの没収に比べれば、米国に素性が割れることなど、もはや些細な問題だと言い聞かせる。
「私は、米国に売られるのではない。米国と対等に渡り合うんだ」
自分を鼓舞し、震える指で12桁の数字を打ち込む。これは、不器用な主婦が国際社会に一歩を踏み出すための、小さな、でも確かな勇気の刻印だ。
次に、第3話の「信じてください、私はここに住んでいるんです」でAIの胸倉を掴みにいった。
最後にまた、英語での署名。
アカウント情報に登録した名前と、この署名が1ミリでも、1スペルでも違えば、即・失格。
一文字打つごとに、心拍数が上がる。麻痺の残る指を、もう片方の手でそっと押さえつけながら。大丈夫、誰も急かしてなんていない。慎重に、一歩ずつ進むようにフルネームを打ち込み、「保存してプレビュー」を押した。
すると最後に、英語だけの書類が画面いっぱいに表示された。
びっしりと並んだ、一文字も読めない(読みたくない)英文の羅列。でも、そこには確かに私の名前と、あの震える指で打ち込んだ住所が刻まれている。
「おお……なんかすごい。私、本当にアメリカのAmazonと契約しちゃったんだ……」
フォームを送信し、インタビュー終了をクリック。
在宅で働く。自分の言葉を世界に届ける。そのための、これが世界基準のスタートライン。
大きく深呼吸をする。
窓の外はいつもの見慣れた田舎の風景だけれど、私のディスプレイの中だけは、今、シアトルの風が吹いている。雰囲気って大事。
「よく頑張った、私」
自分にそう声をかけて、少しだけ熱くなった目頭を指先で押さえた。
まだ一行も書いていないけれど。
登録作業はこれで終了です。朝の5時から初めて合計5時間かかりました。子どもの保育園お迎えギリギリでした。各ブログや解説サイトを覗くと30分もかからずできますよ、と書いてありました。よく登録できたなと自分の執念に乾杯しています。




