第四話:私の銀行口座は世界に拒絶されている
住所の迷宮を抜けた私を待っていたのは、さらに冷徹な「お金」の壁だった。
支払いの受け取り方法。
要するに、「売れたお金をどこの口座に振り込むか」という設定。
「仕事用に、と新しく作った『ゆうちょ銀行』の通帳。
家族の生活費とは分けた、私だけの『夢の貯金箱』にするつもりでウキウキしながら作った。
ところが、
『銀行口座の名義を、半角カタカナで入力してください』
……半角?
パソコンのキーボードを見つめる。
全角ならわかる。でも、半角のカタカナなんて、令和の時代にどこで使うの?
AIに泣きつき、変換方法を教わって、一文字ずつ打ち込む。
名字と名前の間。いつもの癖で、ぽんとスペースを入れる。
「エラーです」
画面が赤く染まる。
全角スペースがダメなのかと思い、半角に変える。
「エラーです」
……なんで?
私の名前は、これ以外にない。スペースを詰めろっていうの? それとも、私の存在そのものがエラーなの?だめだ、被害妄想はいけない。
ようやく名前が受理されたと思ったら、次はこれ。
『銀行コードを入力してください』
通帳をひっくり返して、隅から隅まで眺める。
「店名」はある。「店番」もある。「口座番号」もある。
でも、「銀行コード」なんて四文字、どこにも書いていない。
「……ないよ」
またAIに聞く。
返ってきた答えに、私は絶句した。
『ゆうちょ銀行の銀行コードは「9900」です』
「……書いてないよ!」
思わず画面に突っ込んだ。通帳のどこを探したって「9900」なんて数字は載っていない。
それは、銀行界の「隠しコマンド」みたいなものらしい。
さらに続く、支店コードの罠。
ゆうちょの支店名は、漢数字の名前がついている。
これを数字のコードに変換しなきゃいけない。
「暗号……これは、完全に暗号だ」
自分の口座情報を入力するだけで、これほどまでに「無能」を突きつけられるとは思わなかった。
何度も「エラー」が出て、そのたびに画面をにらみつける。
設定一つ変えるだけで、息が切れる。
「Amazonさん……私にお金を払う気、本当にありますか?」
まだ、原稿の「一文字目」すらアップロードできていない。
私の出版への道は、銀行の窓口に辿り着く前に、砂漠で遭難したようだった。
銀行口座の登録修正、8回目。
執念で「エラー」の赤文字を消し去った。
「やった……通った……!」
名前の半角カタカナも、謎の銀行コード「9900」も、すべてねじ伏せた。
ようやくAmazonに認められた瞬間だ。
勝利の余韻に浸りながら、画面を下へとスクロールする。
......視界の端に、またしても「不穏な点線の枠」が入り込んできた。
他の欄は緑色のチェックがついているのに、一箇所だけ、ぽっかりと穴が空いたような入力枠が残っている。
「何、これ?スマホのメールアドレス?」
amazon.co.jp、amazon.com、amazon.co.ukなど計14項目。
amazon.com.brだけが白い枠線に囲われていて、どうやらエラーの原因はこれ。
AIに泣きつくと、回答が返ってきた。
『amazon.com.brとはブラジルの銀行のことですね。他にも日本、米国、英国と各国のAmazonがゆうちょ銀行と連携できます。例外は白い枠線に囲まれた銀行です。ブラジルのAmazonでは、日本の「ゆうちょ銀行」への直接送金に対応していません』
「ブラジル!!」
もはや叫んでた。
私は海外で自分の本を売るつもりなんてなかった。
ブラジルの読者が私のエッセイを読んでくれるのは嬉しいけれど、その前に登録が進まない。
ブラジルの銀行口座、私が持っているはずがない。
かといって、空欄のままだと「不完全です」と叱られる。
なんとかならないかAIに聞くと、『小切手(Check)で受け取る』よう言われた。
小切手。
映画の中でしか見たことがない、あの用紙。
ブラジルのAmazonから、私の元に、ポルトガル語で書かれた小切手が届く……?
想像してみる。
田舎の郵便局の窓口に、ブラジルからの小切手を持っていく私の姿を。
「これ、換金してください」
局員さんの驚いた顔が目に浮かぶ。
「……」
なんか、かっこいいかも。異国から小切手来るとかすごくない?
でも、今この問題は一旦保留にしよう。先に進まねば。
私は「小切手」を選択し、決定ボタンを押した。
……ブラジルってリオのカーニバルとアマゾンとコーヒーのイメージでした。
色々調べてみてカポエイラ、イグアスの滝、シュラスコ、コルコバードのキリスト像、アサイーの原産国。
あと、全女性(子どもからおばあさんまで)をプリンセッサと扱ってくれる自己肯定感カンストするという噂の魔法の国って本当ですか?
イタリア超えるぜって本当ですか?
どなたかブラジルにお住まいになった方はいませんか!




