02 あんたには幸せになってほしい
「優翔のヤツ、今度会ったらタダじゃおかないから!」
「もー、本当に大丈夫だってば」
「……もしかして好きじゃないの?」
そう言われて、胸の当たりが、どくっと妙な跳ね方をした。
感情が表に飛び出そうとしたことが分かった凛は、「うーん」と唸る。
「わかんない……」
朝陽は一瞬だけ悲しそうに目を細めて、すぐ真っ直ぐに凛を見た。
「もっと怒ってもいいの。凛、もう少し自分の気持ちを大切にしなよ。
嫌なら嫌、好きなら好きって言いなよ。あんたはあんたが幸せだって思える道を進むの。
わたし、あんたには幸せになってほしい」
「あっちゃん」
凛は、両手で包んだカップに視線を落とした。
「その、心配しないで。今日あっちゃんと会えて良かったし、おいしいケーキも食べられたし、楽しかった。気分転換になったよ」
「凛、でも――」
朝陽の眉が下がるのを見て、凛は先に言った。
「だから、これでおしまい! わたしの愚痴に付き合ってくれてありがとう。
あっちゃんが怒ってくれたら、なんだかすっきりした。わたし、優翔とちゃんと話をするから」
「うん、うん。それがいいって。……あんなやつ、早く別れなよ」
「そうだね。私も、あっちゃんに幸せになってほしいよ。最近どうなの?」
「最近?」
話題を振られた朝陽は、気まずそうに視線をずらした。
「……まあ、勉強そんなに進んでないくらい」
勉強、と小さく呟いて、「あっちゃんらしいなぁ」と凛は言う。美人な朝陽は周りからとてもモテるが、本人は自分の恋愛にまるで興味がなかった。
「国家志望だっけ?」
「そー」
はあ、と盛大に肩を落とした朝陽。珍しい反応に、凛は少し笑ってしまった。
朝陽は、自分のできることを、何でもそつなくこなすことができる人だ。
当然、勉強は凛の何倍も良く出来る。逆に何ができないのか、凛はよく知らなかった。
だが、そんな朝陽にも悩むことがあるのだろう。
「あっちゃんならできるよ。手伝えることがあったら言ってね」
「……うん、ありがと」
朝陽は嬉しそうに笑うが、成績上位の朝陽に、凛が手伝えることはなさそうだ。
――おひとよしは言えないのに。
「そういう凛はどうなの。インターンとか行ったでしょう」
「まあ、うーん。ぼちぼち?」
「なぁにそれ、私よりヤバそう」
「ちゃんと行ってるよ。私のモットーは大学行って、仕事して、恋愛して、普通に長生きすることだからね」
凛は曖昧に笑って誤魔化した。
朝陽はそれ以上は追究せず、コーヒーを飲み、残りのケーキを口に運んでいく。
凛は朝陽との他愛のない会話を続けながらも、机の端のスマホにちらりと見た。通知は一件も来ていない。心の中で、何かが、がくりと肩を落とす。
「あいつから連絡来てないよね」
目ざとい朝陽がすぐに気づいて、凛のスマホを睨んでいた。
「このあと、どっか行く?」
腕時計を見れば、六時半を回ろうとしている。
カフェの窓から見える外はまだ明るいが、青い空が徐々に透き通った白みを帯びていた。
「今日はもう帰ろっかなぁ。明日一日、バイトあるし」
バイトかぁ、それなら早く帰ろっか、と朝陽は間延びした声でうなずく。
二人のアパートは同じ方面にあった。
歩いて帰れる距離でもあるけれど、蒸し暑い空気に三十分も曝されるのは言語道断。二人は早々に歩くことを諦めて、駅前広場のバスターミナルへ向かい、ちょうど来たバスに乗り込む。
車内は冷房が効きすぎていて、乗り込んですぐ、二人は外との温度差に身震いした。
凛は入り口に近い一人掛けの座席に座り、朝陽はその前に座った。
この暑い夕方にバスを利用する客も大勢で、出発する頃には車内は満席だ。
城下町の狭い路地を器用に抜けていくバスは、五つ目のバス停で止まった。そしてちょうど、杖をついた白髪の女性がバスに乗ってくる。女性はあたりを見回して、バスの入り口近くに身体を寄せた。
席はいくつか空いているが、それはどれも後ろの席で、段が一つ上がった場所。そのことに気づいた凛はすぐに立ち上がると、荷物を抱えて女性に声をかけた。
「あの。席、座ってください」
女性は驚いたように目を瞬く。
「いいのかい? でも……」
「次のバス停で降りますから」
「そうなの。じゃあ、お言葉に甘えて」
ゆっくりと席に腰を下ろした女性は、ほっと息をついた。
「向こう、座る?」
朝陽には首を振って、凛は吊革に手を掛けた。
次の停留所で、二人はバスを降りた。
住宅街の道を並んで歩いていると、朝陽がふっと笑い、凛の顔を覗き込む。
「……凛、あんたってさ」




