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月夜の霞に梟鳴きて  作者: 藤橋峰妙
第三話【混乱 / The Confusion】
19/20

16

 



✧• ─────────── •✧




冷たさの残る空気を切って降りると、うっそうと樹木が茂る、広大な敷地が現れた。



街灯が、整備された遊歩道を点々と照らしている。

遊歩道には整えられた花壇が並び、列をなして霧雨に濡れた花弁を重たくしならせていた。



広い公園だった。

燐は、木々の間を抜け、遊歩道の一角で箒を止めた。

歩道のきわに降り立ち、静まり返った周囲をぐるりと見渡す。

 


爆発音は鳴り止み、雷のごとく鋭い光線も、いつの間にか途絶えている。

不気味なほど辺りは静まり返り、遊歩道にも、木々や芝生の向こうにも、人の気配すら感じられなかった。



先に降りたはずの東雲の姿さえ見当たらない。



「し……東雲?」



暗い闇と、怪しい街灯の光があるばかりだ。

一歩、二歩と、敷き詰められた石畳の上を進む。



冷たい風がぶわりと全身にまとわりつき、燐は目を閉じて――そして、また開いた。

 


視界を覆い尽くすほどの眩い閃光が、いくつも迸る。

静かな公園は消え去り、そこは地獄のような喧騒に包まれていた。




「燐! ぼぅっとするな、退け!」




突然、サングラスをかけた髭面の男が、黒い影に追われながら雑木林から現れ、燐の横を走り抜けた。

彼はスーツの上に重そうなローブをまとい、手にした杖を振って黒い影を迎え撃っていた。




追ってくる影は犬のような姿をしており、赤く光る目を持っている。

その体から黒い泥が滴り落ち、次々と新たな影が生まれていく。



「あんの野郎! ディゼバの炎とアウセンディーヤの番犬を出しやがった――クソッ! 

 晴野のやつ、俺に……! 覚えてろよ!」



男の魔法が影を貫いても、次々と影は湧き出てくる。

男は悪態を吐きながら、左の雑木林へと横切っていった。

燐が最後に見たのは、苦虫を噛み潰したような男の表情だった。



燐は取り残された。

置いてけぼりにされた燐の頭上でも、あちこちで極彩色の光線が空を切り裂いていく。



道へ視線を戻すと、整備されていた敷石は剥がれ、花壇の植物は茶色く枯れ果てていた。

木々が遊歩道になぎ倒され、濃紺だった空が赤く染まっていた。



煙の中を、数人が箒に乗って飛び回っている。その中に、東雲らしき姿も見えた。



火事だ。

しかも、炎は人間の手の形をしていた。『ディゼバの炎』――炎の悪魔の化身。



燐は身をこわばらせ、思わず後退る。自分の目を疑った。



燃え盛る手は、飛び回る人影を追い、木々の上を横切って、空を薙ぎ払った。

一層赤く空が燃え、雑木林の奥から、のっそりとした動きで赤い炎の怪物が姿を現した。



「ヒッ」



喉の奥から短い悲鳴が漏れる。

燐は衝撃のまま、後ろに数歩足をよろけさせた。足が縺れたその瞬間――熱風が頬を撫でて。



――目の前に、人気のない静かな公園が戻っていた。



「……えっ?」



鮮烈な光の筋も、闇を溶かした様な影の犬も、大きな炎の怪物も、そこには存在しない。



乳白色に包まれた霧の向こうに星が瞬き、静謐な森と、ほのかな街灯の明かりが点々と灯る遊歩道が奥へと続いている。



「ど、どう……」



熱風ではなく、冷めきった風が再び体に染み込む。

燐は言葉を失ったまま、もう一度、前へ足を踏み出した。



――喧騒が戻る。



遠くで白い閃光が走った。

上空でも、他の場所でも、色とりどりの光が闇の中で幾つも弾けている。



燃え盛る手が、大きく振り落とされた。火柱が上がった。一拍を置いて、灼熱の暴風が吹き荒れた。



衝撃に身体を押された燐は、また後ろへ下がる。



――私には、無理だ。



静寂に包まれた公園に戻る。梟の鳴き声がした。

綺麗な石畳に視線を落として、燐は思った。

無理だ。足を前に出す勇気がない。身体が、意志に反して後ろへ引き戻される。



何らかの魔法で、この公園と戦場が重なっていることは理解した。

だが、心も身体も、まだついていかなかった。



ふと背後を振り返ると、一つのベンチが目に留まる。



街灯の下にぽつんと置かれたそのベンチには、可愛らしいドレスを着た小さな人形が、ひっそりと腰掛けていた。



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