表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の霞に梟鳴きて  作者: 藤橋峰妙
第二話「救い / The Salvation」
11/24

08 あなたはどうしたい?



「えっ? えっと……」



凛は思わず聞き返していた。



「私に……助けてほしいの?」



女は視線を移ろわせ、それからゆっくりとうなずいた。

まるで、続く言葉をどう選べばいいのか分からず、一生懸命探しているような仕草だ。


 

迷子の子供みたいだ、と凛は思った。

氷のような仮面の奥に、助けを求める誰かがいる。



凛は少し迷ってから、そっと手を伸ばした。

膝の上に置かれていた白い指先に、躊躇いがちに触れる。



「わ、私にできることがあるなら……」


言葉を選びながら凛は続けた。


「だけど、私にできそうにないようなこととか……ムリなお願いとかは、ちょっと……」



女は顔を上げて、きょとんとした表情で凛を見つめる。

表情が無いと思っていたその顔は、よく見ると、僅かに動いていた。

戸惑い、驚き、ためらい。凛はその小さな変化に言葉を失った。



「……助けてくれる?」



堂々としていた声が、かすかに震えた。



「う、うん。でも……何を?」



「ほんとのほんとに?」



「えっ? 本当だよ!」



凛は慌ててうなずく。



「あ、でも私……、あなたの言う通りなら死んじゃってるみたいだけど……。それ、でも」



――いいのなら。


凛が言い終わる前に、女はその目を大きく見開いた。

そして、仮面のような表情が少しだけ緩む。

小花をほころばせたかのように美しく、静かな笑顔で。



「ありがとう、凛」



 笑顔を向けられた途端、凛の心臓は水面を跳躍する魚のように、どっと飛び上がった。



「あ、う……うん。どう、いたし、まして」



声が裏返りそうになって、凛は視線を彷徨わせた。

 

女の笑顔には不思議な力があった。

まるで心のうちに抱いていた感情を吸い取り、いっぱいになっていた胸のつかえを取り除いていく、そんな力だ。



悲嘆、困惑、苦痛、後悔、懐疑。

彼女のその笑顔を見た途端、名前を付けられない感情の塊が、別のものに置き換えられていくようで、凛は自分の胸に手を当てる。



「大丈夫。心配しないで」



その声は、凛の心に優しく触れた。

ついさっきまで胸を締めつけていた不安や怯えが、するすると解けていく。

彼女の声は、深い井戸の底から掬い上げたように静かで、どこか懐かしく凛は感じた。



見惚れていた。

そう気づいたときには、すでに凛の鼓動は高鳴っていた。



黒曜石のような瞳に射抜かれて、凛の思考が止まる。

完璧に整えられた造形、影さえ美しいその姿。

人の手で作られたものではない、神が細工したような異質な美しさに、言葉も出なかった。



(どうしてこんなに、綺麗なんだろう)



まるで人の形をした災厄だ。

その言葉が、ふと凛の頭を過る。



女の指が動いた。

凛が触れていないほうの手が伸び、指先が、凛の顎先にそっと触れる。視線が、自然と引き上げられた。



「私になって。私の願いを叶えて」

 


「……え?」


 

「あなたはもう、私と同じ運命から逃れられなくなった」



女は凛の視線を捕らえた。



「私はずっと、あの青い炎を探していた。あれは古い魔法。あなたが死んだのも、あなたの妹が死んだのも、全てあの青い炎のせいよ」

 

「ちょっとまって……魔法?」



凛は思わず繰り返す。



「そんな、ファンタジーみたいなこと……」

 

「嘘じゃないわ。魔法は存在する」



 知らなくて当然よ、と女は続けた。



「魔法は、私たち裏側のものだから」


「裏側のもの……?」


「本来なら、私たちがどうにかしなければならなかった……。あなたを、あなたの妹を助けられなくてごめんなさい」

 


女は、罪を背負うように頭を垂れた。



「あの炎のせいだけど、あの炎のせいだけじゃない。これは、私のせいでもある。ごめんなさい……」



凛は言葉を失った。何をどう返したら良いのか、分からなかった。



なぜ謝られているのかも、実感が沸かない。

妹が死んだ理由も、自分が死んだ理由も、見ず知らずの誰かと、訳も分からない事象のせいだというのか――。

 


「私のせい」という言葉に、心がかき乱される。

妹を助けられなかったのは、凛が助けられなかったからだ。



「もう時間がないの」



 女の声の調子が変わった。焦りを含んだ響きだった。



「ま、まって、どういう……」


「私の願いは一つ。あの青い炎の魔法を消すこと。あの魔法を、裁くことよ」


「ちょっとまって!」



凛は声を張った。



「何を言ってるの?」



その時、氷のように鋭く冷たい彼女の指先が凛の頬に触れた。



「死にたくなかったって、言ったわよね」



女は静かに微笑んだ。



「大丈夫。あなたは――、私は、まだ死なない」



親指が、凛の頬骨の上をなぞる。

まるでその形を愛おしく確かめるように、そっと慈しむように。



「私も、あなたを助けたいの。さあ、選んで。あなたはどうしたい?」



その言葉は命令ではなかった。凛の意志を尊重して待っている。何かを強いる冷たさではなく、差し出された選択肢だった。



訳が分からなかった。それでも、凛は尋ねていた。

もうその時には、どう答えるか、心を決めていたからだ。



「……あなたの名前を、教えてほしい」



一拍おいて、女は静かに名乗った。



氷月ひづきりん



目の前の女――燐は、ひどく不格好な笑みを浮かべていた。


それが、凛の記憶に深く刻まれた、はじめて見る、彼女の人間味だった。




 

 ✧• ─────────── •✧




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ