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クレナ村

森を抜けると、小さな村が姿を現した。

だが空気は重く、土と焦げの混じったにおいが鼻を突く。どこか異常だった。


「……あれ、もしかしてここってクレナ村か」


思わず声が漏れる。かつて何度か訪れた村――だが今や、廃墟同然だった。


「何? 知ってるとこなの?」

エイルの問いに軽くうなずいた


「知り合いがいて、何度か来たことがあるんだが、でもこんなんじゃなかった。これじゃまるで廃村じゃねえか。いったい何があったんだ」


「まるで誰かに襲われたような感じね」

すぐ隣、エイルが眉をひそめる。同時に警戒するように周囲を見渡していた。


「ねえ、どうすんの?」


「いや……行ってみよう。何かあったのかもしれない」

俺がそう言うと、エイルの表情がぐっと険しくなった。


「今どういう状況か分かってる? 魔力返却が遅れれば――アンタ自分で言ったでしょ。命を落とすって」


「分かってるよ。でも……」


息を吸って、言葉を紡ごうとする。

しばしの沈黙のあと、エイルは小さくため息をついた。


「アンタって・・・」


エイルは言おうとしていたことをやめ、俺のあとをついてきた。

村に足を踏み入れると、静けさがいっそう際立つ。まるで、生き物の気配が消えてしまったかのようだ。

家々の扉は壊れ、畑は踏み荒らされ、そこかしこに焦げ跡や刃物の痕が残っている。


ひでえ……まるで戦場のあとだ。


「おい! 誰もいないのか!?」


大声で叫んだそのとき、小さな物音が聞こえた。すぐに身構え、音の方へ向かう。

壊れかけた物置の裏。草むらの影から、数人の老人と幼い子どもたちが数十人でこちらをじっと見ていた。


「……な、なんじゃ……おぬしら、盗賊じゃないのか……?」


俺は武器を下に置き、両手を広げ、ゆっくりと近づいた。


「違う。俺たちはモンスター狩りの途中で、たまたま通りかかっただけだ」


子どもらがじっと俺たちを見つめたあと、震える声で呟いた。


「……お兄ちゃんとお姉ちゃんたち、みんな連れてかれたの。こわい人たちに……」


「何があったのか、詳しく教えてくれ」


促すと、老人の一人はうなずき、かすれた声で話し始めた。


「……数日前から盗賊団が現れて、若者を出せと脅された。昨晩、全員さらわれてな……残ったのは儂ら年寄りと子どもだけじゃ」


その言葉が胸に突き刺さった。


「まさか、リナ姉も連れて行かれたのか!?」


「リナ姉?ああ、数年前にこの村に嫁いできたリナですか。・・・はい、彼女も」


「そうか・・・」


「なに? そのリナって人知り合いなの?」


「ああ、同じ孤児院出身で何歳か年上だったけど面倒見のいい人で皆に慕われてた。俺は、いっつも怒られてたけどな」


(ヒイロ、ほらこれも食べな。アタシはいらないから。腹まだ空いてたんだろ?男の子だもんな)


……リナ姉


「どこに、どこに連れていかれんだ!?じいさん分かるか?」


「北の山に、奴らの砦がある……かつて、王国守護団の訓練場があった場所じゃ……」


俺は拳を握ったまま、すぐにでも走り出したい衝動を抑えきれずにいた。


「行こう。今すぐ追いかける」


そう口にした瞬間、エイルが鋭く叫んだ。


「待って! あんた、何考えてるの!? 今、怪我でもしたらモンスター狩れなくなるのよ!返却期限までそんなに時間がない。 魔力を返し損ねたら、本当に死ぬのよ!」


「分かってる!でも…自分の周りにいる人の事も助けられないようなやつが、上にいけるかよ!!」


振り返らずに言ったその言葉に、エイルはしばらく沈黙し――


「バカ」


とだけ、小さく呟いた。


「分かった。行くのは止めない。でも今のあんた、さっきの戦いで魔力も体力もギリギリでしょ。このまま突っ込んだら確実に死ぬわよ」


「でも……リナ姉が、連れていかれたんだぞ! 今すぐ行かないと、手遅れになるかもしれねぇだろ!」


「焦って無謀に突っ込むのは、ただの自己満よ。アタシだって焦る気持ちは分かるけど…助ける気があるなら、まずは確実に生き残れる準備をしなきゃ」


言い方は冷たいが、温かい言葉に感じた。俺は唇を噛み、しばらくエイルの真剣な視線を受け止めたあと、ようやく息を吐き出す。


「……わかった。一度、街に戻る。整えてからでも……遅くはねぇよな」


「村人を数十人連れて行っているなら、何かやるにしても簡単には動けないはず。まだ時間はあると思う。きっと大丈夫よ」


エイルは笑って、俺の目をみつめた。

街へ戻る道すがら、俺はほとんど口を開かなかった。


クレナ村の光景が、何度も頭に浮かぶ。リナ姉の姿は見えなかった。だからこそ、余計に心がざわついた。


(……間に合わなかったわけじゃない。まだ、終わってない)


唇をかみしめる。悔しい。でも、それだけじゃ終わらせない。


リナ姉を、あの村を――必ず取り戻す。


街の門をくぐると、いっせいに騒がしい音が耳に飛び込んできた。

出店の客を呼ぶ声。子どもの笑い声。行き交う人々。

さっきまでの静けさと荒れ果てた村が、まるで別世界のように思えた。


自分たちが泊まっている宿の部屋に入ると、すぐに荷物を椅子に放り投げ、机に地図を広げた。


「作戦、立てるぞ。リナ姉を助ける。今できること、全部やる」


いつもはうるさいエイルが黙って見ていた。

俺が本気だって、伝わってるはずだ。


「とりあえず俺らだけじゃ足りない。仲間を呼ぼう」


「仲間なんていた?もしかしてメガネくん?彼、全然強くなさそうだけど」


「見た目でナメてると痛い目見るぜ」


「そうなの?」


「あいつ、小さい頃は俺より強かったんだ。剣の腕も魔法も頭の回転もすげーし、そんで俺が負けるたびに大丈夫?だって。すげー悔しくてめっちゃ訓練した。今の俺があるのはあいつのおかげだ」


俺はちょっと笑ってから、記憶の奥にしまっていた声を思い出す。

…そういや、昔――貧しかったけど、くだらないことで笑ってたな。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


おい、ニコル。今日もやるぞ!今日こそ、ぜってえ負けねえから。


うん。いいよ。じゃあいつも通り一発当たった方が負けだからね。


わーってるよ!よしっはじめ!わははは、ぜってえ勝つ!


ねえ、ヒイロ…後ろ後ろ


後ろ?あっ、俺を騙す気だな。そうはいかねえ。卑怯な手を使うんじゃねえ! 


いってえ!!! いいぃリナ姉?


アンタたち、ご飯の時間だから食堂に集まれって母さんが言ってたでしょ!


き、聞いてねえよ。あいたっ!


はい、一発〜。


き、きたねえぞ。ハカセ!


一発当てた方が勝ちだからね。でも頭痛かったよね。大丈夫?


うっせえ! 次は負けねえ!


ほらっ、ヒイロ、ニコルも。ご飯行くわよ!


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


ふと、あの頃の匂いまで思い出した気がする。

エイルは「ふうん」とだけ言って、それきり口を閉ざしたままだ。

外では、誰かが叫んでいる。――でも、今の俺にとってはそんなものどうでもよかった。





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