共闘と誓い
日が昇りはじめ、森の空気にもわずかにぬくもりが戻ってきた。
俺は焚き火の前で座り、朝方採っておいたヘビをあぶっていた。煙と肉の焦げた匂いが、かすかに空腹を刺激する。
「おっ、出てきたか」
焚き火のそばにエイルが現れ、眠たそうな目でこちらを見た
「ふぁ〜眠い。朝のご飯は? 昨日と同じってのはカンベンよ」
「最初の一言がそれかよ。ほら。とりあえず、食えそうなヘビ取ってきた」
俺は焼いていた獲物を串ごと持ち上げて見せる。脂が火に滴るたび、小さな爆ぜる音と煙が立ちのぼる。
「ひいい、そのキモイ物体を食べさせる気? アタシって上位守護獣なのよ?」
「知らねえよ。つか文句言うなら食うな。つうかこういうモンスターとか狩ったりしてるから、見慣れてるだろ」
「倒すのと食べるのじゃ全然違うでしょ!」
エイルは顔をしかめながらも、ちらりと焼け具合を確認する。においは合格みたいだな。俺は軽く調味料をふりかけ、少し焦げ目がつくまで炙った。
「……食べるから、ちょうだい」
文句を言いながらも、串を受け取っておそるおそる口に運ぶ。しかし次の瞬間、エイルはピタリと手の動きを止めた。
「いやーー、目があった。やっぱ食べれないーーーー」
串の先端で焼け残った目と視線が合ったのだろう。苦悶の表情のエイルが急いで串を俺に返したのを見て、思わず笑ってしまった。
✦✦✦
「今日から魔力量の高い個体を狙っていく。森の奥には中型のモンスターが多いからな」
森の中は朝靄が立ち込め、遠くの木々から鳥の鳴き声が響いていた。
俺は、一箇所を指さした。
「見ろ、あれはイノシシ型モンスターの中でも中型のツノイノシシだ。ギルドで読んだ本に魔力が800って載ってたから確実に仕留めたい」
「イノシシって時点で突っ込んでくる満々なんだけど……大丈夫なの?」
「大丈夫だ。突進さえかわしてしまえば、後ろががら空きになる」
その瞬間ーー。
ズズンッ―!
地面が揺れ、森の奥から重低音が迫ってくる。
地を割るような音とともに、巨体が茂みを薙ぎ払って現れた。
茂みを割って現れたのは、三メートルを超える巨体。鋼のような二本のツノが朝日にきらめき、突撃兵器そのものだった。
「って、ちょっとデカくない!?」
エイルが一歩前に出て、手をかざした。
「えっ?エイル、協力してくれるのか?」
「……あれよ、仕方なくよ。アンタが死んだら困るし。久しぶりに召喚されて、もうちょっとこっちにいたいだけなんだから!」
「手伝ってくれるなら、理由なんてなんだっていい。くるぞっ!!」
ツノイノシシが咆哮を上げ、突進してきた
俺はすかさず横に跳び、土煙の中で叫ぶ。
「エイル! おまえは左から攻撃してくれ! 挟み込む!」
「はいはい、“召喚主”さん!」
エイルが軽やかに跳び上がり、宙を舞う。
その指先から放たれる電撃――
「ライトニング・ショック!!」
雷撃がツノイノシシの横腹を直撃。轟音とともに獣の体がけいれんする。
「よし、効いてる! 今だ、足を狙う!」
俺は真っ直ぐ突っ込み、剣を構える。しかしツノイノシシは暴れ、角の一振りで俺の身体を弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
「ちょっ……アンタ、簡単にやられんてじゃないわよ!」
エイルが巨大な獣の正面に立った。
「……ったく、仕方ないわね。アタシが時間をつくってあげるから、とどめくらわしなさいよ!」
エイルはツノイノシシと正面から向かい合い、煽るように叫んだ。
「ほらほら、こっちにまっすぐ突っ込んできなさいよ。イノシシらしく!」
両手を広げ、エイルのまわりの空気がビリビリと震える――
「ライトニング・バースト!」
さきほどより強い雷の衝撃波が再び炸裂した。獣の咆哮が森を揺らす。
(今だっ!!)
俺は深く息を吸い込み、一気に足を踏み込んだ。
「喰らえッ――!《剛力剣》!!」
剛力スキルを全開にし、全身の筋肉がきしむのも構わず力を剣に込める。
一撃――その剣がツノイノシシの肩に突き刺さり、骨を砕く音が響いた。
ツノイノシシが最後の抵抗を見せて暴れるが、ヒイロは叫びながら剣を押し込んだ。
「うおおおおおっ!!」
鈍い音とともに、ツノイノシシが崩れ落ち、赤いしぶきが草を染めた。
その後、イノシシの体から光があふれ、俺の体に吸い込まれていく。どうやら、無事に魔力を吸収できたらしい。
「おい、エイル。こいつ、やっぱりかなりの魔力持ってたぞ。あんがとな。でもさ……」
「なによ?」
「エイルだったら、これくらいの魔物、一撃で倒せたんじゃねぇのか?」
「今のアタシ、全力が出せないのよ」
「……は? なんでだよ? 今のでも十分強いのに、まだ抑えてんのか」
エイルがふっと目をそらしながらつぶやいた。
「ほんとはね。アンタみたいな魔力量じゃ、アタシを呼べるわけなかったの」
本来なら、俺みたいなやつが触れることすらできなかった――それが、エイルという存在だ。
「だから今の力は抑えられてる。しょうがないのよ」
「マジかよ……。でもつまり、エイルが本気出せるようにするには、俺が強くなればいいってことだよな」
「ま、単純に言えばそうね」
「ならエイルに後悔はさせねえ!俺は、絶対強くなる。この国で一番。そうすりゃ文句ないだろ?」
俺はエイルの目をまっすぐに見据えて言った。
「………うん」
視線をそらしながら、彼女はほんのわずかに、けれど確かにうなずいた。
――上を目指す理由が、もう一つできた気がした。