祭りと、守護団との出会い
アストリア王国の王都オルティアでは年に一回、祭りがおこなわれる。
本日の天気は快晴。祭りの喧騒が街を包んでいる。
俺は、屋台の並ぶ通りを歩きながら、立ち上る香ばしい匂いに鼻をくすぐられていた。
「なあハカセ、このシカドリの串焼き、めっちゃ美味そうだわ。買っていいか?」
「お金、大事に使いなよ。あとでくじ引きもするんでしょ?」
「お、おう……じゃ、一本だけな!」
店の親父に金を渡し、熱々の串を受け取る。頬張った瞬間、肉汁が口の中に広がった。
「うまっ! ほら、お前も食えよ」
俺は食いかけの串をハカセに渡そうとした。
「いいって。ヒイロが買ったものでしょ」
「そうか? じゃあ全部いただくわ!」
「気持ちだけもらっときます。……昔のヒイロなら、気にせず一人で全部食べてたのにね」
「成長したんだよ俺も。もう一人で生活してるしな、中身も大人ってわけ」
胸を張ってアピールする俺を、ハカセはふっと笑って見つめた。
「そういやヒイロって、孤児院を出て今どこに住んでるの?」
「ギルドの近くの宿『グリン』だ。とりあえず、今はそこに腰据えてる」
「そうなんだね。ちゃんと寝てる? 食べてる?」
「母ちゃんかよ。……まあ、何とかやってるよ」
俺がボサボサの髪をかきながら答えると、ハカセは小さな紙切れを取り出して俺に渡した。
「僕、来週から学校の寮に入るんだ。何かあれば、この番号にかけて」
「了解。ついに“研究者への一歩”ってわけだな」
「うん。ヒイロも無茶しないようにね」
「へっ、誰に言ってんだ。無茶して強くなるのが俺だろ?」
ハカセは俺の言葉に苦笑した。
────
「それにしても……あちいなあ」
父親の形見である赤い外套を着てきたのは失敗だったかもしれない。
「確かに、暑いね」
ハカセは額の汗を拭いながら、長い銀髪をかき上げた。
その仕草に、すれ違う女子が何人か振り返る。相変わらずモテるんだなコイツ。
「そろそろ、くじ引き行かない?」
「おう、行こうぜ!」
通りの先に見えてきたくじ引き会場は、人でごった返していた。
子ども、大人、大小様々な人々が列をなして順番を待っている。
「おおっ、見ろよハカセ! 一等、ブランクカードじゃん!」
「すごいね。あれって王都でも、めったに出回らないって言われてるのに。たぶん、祭り限定の目玉商品だね」
「ブランクカードって、自分の魔力を入れて守護獣を呼び出すやつだよな?」
「そうだよ。注いだ魔力量と相性で、出てくる守護獣が変わるんだ」
「へぇ……すげえな。そういうの、どこで知るんだ?」
「本だよ。本には書いた人の知識と経験が詰まってる。読むだけで学べるから、ヒイロも読んだ方がいいよ」
「お、おう……ホンヲヨムノハトクイダカラナ!」
「棒読みになってるよ」
くじを引く子どもたちの声が聞こえる中、ふと疑問が浮かんだ。
「なあ、守護獣って、そもそも何なんだ? 」
「よく分かってないってのか現実かな。召喚時に一瞬だけ空間が歪むって報告があるけど、正体は謎のまま。異世界から来てる、って説もあるよ」
「異世界……なんかぶっとんだ話だな」
「でも、怖さもあるんだ。過去には暴走した守護獣によって大勢の人が亡くなった例もある」
「そっか……、それでも呼び出したくなるよな。ほら、でっかいドラゴンとか!」
ハカセは俺のテンションに笑った。
結構おれ本気なんだけどな
その時だった。列の前の方で怒鳴り声が響く。
「なんで一人三回までなんだよ! 金なら払うって言ってんだろ!」
「申し訳ありません、他のお客様もいらっしゃいますので……」
「関係ねえよ、俺がブランクカードさえ取れりゃいいんだよ」
やたらと声がでかい。目を向けると、スキンヘッドの男が店員を怒鳴りつけていた。
そのあまりの剣幕に、周囲が一瞬凍りつく。
つい吹き出してしまった俺。……やべ。 男の視線が、ギロリと俺を射抜いた。
ズンズンと、俺の方へ突っ込んでくる。
「てめぇ、何笑ってやがる」
俺はとっさにハカセの方を振り返る。
「えっ?ハカセ、俺笑ってたか?」
ハカセは一瞬目を泳がせ、慌てて手を振った。
「ええ!? 知らないよ。見てなかったから」
「そのみすぼらしい格好、スラムのガキどもか。臭ぇんだよ、街に出てくんじゃねえ」
「あんだと……てめぇ、もう一回言ってみろ。ぶっ飛ばすぞ」
一歩踏み出し、男と睨み合う俺。空気が、ピリついた。
だがそのとき――
「ちょっと、ちょっと。ケンカはやめなさい」
割って入ってきたのは、赤髪の女。鋭い眼差し、精悍な顔立ち、まるで舞台役者のような女だった。……明らかに只者じゃないのは分かる。
「なんだお前……何者だ」
男がイライラした口調を崩さずに尋ねた
「王国守護団所属、グレンよ」
周りの観客がざわついた
「なんで守護団がこんなとこに……」
男が焦ったように、後ずさる。
「祭りの警備に決まってるでしょ。バカなの? 冗談は顔だけにしなさい」
「なんだとこのアマ! 女のくせに!」
次の瞬間、男の体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「どう? “その女”にやられる気分は?」
「ぐああ……いてえ。分かった、もう暴れねえよ! 勘弁してくれ!」
グレンは、情けなく逃げ出す男を無表情で見送り、俺たちに振り返った。
「大丈夫だった?」
「別に……助けてくれなんて言ってねーし」
「あの男、見た目より強いわよ。それにあいつ武器持ってたの気づいてた?」
「う……」
正直、そこまで見えてなかった。俺は、何も言えず黙ってしまう。
「ヒイロ、素直にありがとうございますって言いなよ」
「アンタはいい子ね〜。生意気なこの子とは大違い」
「おばさんに言われたくねぇよ」
「誰がおばさんよ! 殴るわよ」
バシッという音とともに頭に衝撃が走る。
「いってえ! もう殴ってんじゃねーか!!」
俺が頭を押さえて叫んだ、そのときだった。
「こら。何をやっているんだ、グレン」
突然、低く響く声が割って入った。
群衆の中から現れたのは、ボサボサの黒髪で長身の男。歳は三十代後半ほどだろうか。
彼が放つオーラは他とはまるで違った。夏の陽射しの下にいたはずなのに、首筋を冷たい風がなぞる。暑さなんて、もうどこにも残っていない。
「ヒスイさん、すみません。このガキんちょが……」
「大人が子どもとケンカしてんじゃないよ」
ヒスイと呼ばれた男は静かに微笑むと、俺の方を向いた。
「僕は王国守護団 第五守護将、ヒスイ。こっちは僕の守護獣、ユーリ」
ゴクリ、と誰かが唾を飲んだ音が、やけに大きく響いた
隣に立つ守護獣は、頭には耳がついており、顔は人間に似ているが、生き物というより精巧な像のように思えた……白髪、薄い唇、無表情の顔。そして――その目。
視線が合った瞬間、心臓がひと跳ねする。
(な……んだ……?)
俺の中で、本能が叫び声を上げていた。
逃げろ、と。戦うな、と。これは――「敵にしちゃいけない」存在だと。
ユーリはただ、こちらを見ているだけ。なのに、全身から冷たい汗が吹き出す。
これが、王国守護団の守護将とその守護獣か……!
「お騒がせして、すみませんでした!」
隣でハカセが素早く頭を下げる。そして俺の後頭部を押さえて、無理やり下げさせてきた
「いやいや、こっちこそ。……それより、君」
ヒスイはふっと目を細め、俺を見つめる。
「ユーリが君のことを気になっているようだ。彼は魔力に敏感でね、何か感じ取ったみたいだね」
「……何をだよ?」
言い返した声が震えていたのは、たぶん気のせいじゃない。
ヒスイはまるで全てを見透かすような目でじっと俺を見てくる。
「さあ。けれど──そのうち、カードの方から君を選ぶかもしれないね。でも、はたしてそれが君にとっていいことなのかどうか」
ヒスイは意味深に微笑むと「それじゃ、祭りを楽しんでね」と言い残し、背を向け去っていった。 グレンとユーリがその後ろに続く。
去り際、ユーリの視線がもう一度、こちらを向いた。
(ゾクッ……なんなんだ、あの視線)
視線が逸れると、 ようやく息が吸えた。
「ヒイロ、なんかすごい人たちだったね」
「ああ、すげぇのに会っちまった」
言葉がうまくでてこねえが、上にいくにはあれを超えなきゃなんねえのか。
でも、どれだけ時間がかかっても俺は――あの高さに、いつか立ってやる。
あの存在感。目線ひとつで、俺は地面に膝をつきそうだった。
今のままじゃ、絶対に届かない。笑われもしない。“相手にされない”。
でも――
「なあ、ハカセ」
「ん?
「いつか絶対に、あいつらを超える」
ハカセは一瞬目を見開いて、そして、ふっと笑った。
「その顔、さっきよりずっといいよ。……ヒイロらしい」
「ああ、次にあいつらに会った時にはビックリするくらい強くなってやるよ」
まだまだ届かない。だからこそ、俺は目指す。
――次に会うときは、今とは違う俺で