泉へ向かう
ミルダ村の北東にある、村人にとっての神聖な泉――
泉に案内してくれた村人によれば、かつてはもっと透明だったらしいが、今はうっすらと濁っていて、水面は静かに揺れていた。
俺とエイル、そして村人の青年が泉の縁に立ち、じっと様子をうかがう。
「……微妙に濁ってんな。魚とかは見えねえし、深さもある」
俺がつぶやくと、エイルが泉の水に手をかざし、じっと目を細めた。
「……確かに、微量だけど魔力の残滓が水から感じ取れるわ。でも、“魔物の気配”そのものは感じない」
「気配がねえってことは、魔物はここにいないってことか?」
「そうね。魔力だけ吸って、どこかにひそんでる可能性が高い。あるいは、夜になってから行動するタイプか……」
そのとき、案内してくれた青年が泉を見つめながらつぶやいた。
「……あれ? 昨日、様子を見に来たときより、水の量が減ってます」
「え?」
俺とエイルが同時に泉を見直す。
「この石の線より下がってる。昨日は、ここまで水が来ていました」
確かに、石の苔のラインから見ても、わずかだが水位が下がっているように見える。
「……ってことは、誰か――いや、何かが水を“使ってる”ってことか」
「つまり、魔物はここに来てる。でも、今は姿を見せてないってことね。夜に動くタイプだとすれば、次に現れるのは……」
「今日の夜かもしれねぇな」
俺たちは顔を見合わせ、小さくうなずき合った。
……と、その時。
「ん? なんだこれ」
泉のすぐそばの木に、ふと目が留まる。幹の中腹あたりに、なにかが這いずったような、ヌルッとした粘液の跡が残っていた。
「エイル、あれ……」
エイルが粘液のある場所まで浮かび、指で触れながら確かめる。
「まだ出来てからそんなに時間はたってないわね。
魔物の体液か……あるいは分泌物。少なくとも、自然にできたものじゃないわ」
「ってことは……なおさらここに来てる可能性が高くなったな」
エイルが真剣な表情でじっと木を見つめる。
「こんな位置にあるってことは、コイツかなりでかいわよ」
その言葉に俺はごくりとつばを飲み込んだ。
その後、調査を終えた俺たちは、日が沈む前に村へ戻ることにした。水位の減少と魔力の気配――無視できる状況じゃない。
村へ戻る途中、エイルがぽつりとつぶやく。
「魔力を吸って成長するタイプの魔物かもしれないわね。放っておくと厄介よ」
「ほんとうにそんなやつなら成長しきる前に倒さねえとな」
「今はまだ大人しいかもしれないけど、限界を超えたら……。泉の水が全部消える前に動かなきゃ」
その声には、いつもの軽口とは違う、真剣な響きがあった。
村に戻ると、村長がすぐに出迎えてくれた。
「泉の様子はいかがでしたか?」
「魔物の姿はなかった。でも、泉の水位が昨日より明らかに下がってたな」
「なんと……やはり、あの泉に魔物が通っていると見て間違いなさそうですな」
「おそらく、夜に動くやつだ。俺たちで見張る。泉の近くで待機して、現れたら仕留めるよ」
村長は深くうなずき、言葉に重みを込めた。
「どうか、くれぐれもお気をつけて……村の命綱がかかっております」
「分かってる。任せてくれ」
そう言って俺は、腰の剣を軽く叩いた。
日が沈み、村の空が橙から濃い藍へと変わっていく。
夜の帳が降りる時――
俺たちは再び泉へと向かう。
今度は、決着をつけるために