エピローグ
バロックたち盗賊団が倒され、砦は静まり返っていた。
牢の鍵を開けると、リナ姉が涙を浮かべながら俺に駆け寄ってくる。
「……ヒイロ」
「よっ、リナ姉。来たぜ、迎えに」
言い終える前に、俺は腕の中に引き寄せられた。
「ほんと……バカみたいに危なっかしいのね、あんたは……」
あの頃と同じ、小言混じりの優しい声。懐かしいぬくもり。
「へへ……そういうとこ、姉ちゃん変わらねえな」
「そっちこそ……体はおっきくなったけど、変わってないわよ。そしてニコルもありがとう」
「いいよ。僕はついでで。リナさんが無事で本当によかった」
ハカセは笑いながら答える
それからリナ姉以外の村人も牢から出して村へ戻った。
――村に戻ると、じいさんばあさんも子どもたちも、みんなが俺たちを出迎える。
安堵の涙、感謝の声、握手の嵐。
子どもたちが花輪を掲げてはしゃぎ、老人たちは涙を浮かべながら何度も頭を下げた。
「ヒイロくん、エイルちゃん、ハカセくん。よくやってくれた!」
「ヒイロくんが来てくれてなきゃ、どうなってたことか……!」
「いや、俺だけじゃねぇ。ハカセとエイルがいなかったら、ここにはいねぇよ」
「僕の名前ってホントはハカセじゃないんだけど・・・。まあ感謝されるのって悪くないね」
横を見ると、ハカセは少し照れくさそうに眼鏡をクイッと上げていた。
エイルはというと、腕を組んでそっぽを向いている。
「ふーん。別に感謝されるためにやったわけじゃないし」
でも…口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
✦✦✦
王都・地下独房。
湿った空気が淀み、鼠が走り回り、ランプの灯りはぼんやりと揺れている。
そこに一人の男がいた。
バロック。元・盗賊団の首領。
かつては獰猛な獣のように振る舞っていたその男が、今は壁際で肩を震わせている。
両腕は包帯に覆われ、顔は腫れ上がり、乾いた血と汗の臭いが鼻を突く。
ガチャン--。
鉄扉がわずかにきしむ音がした。
ゆっくりと開いた扉の向こうに現れたのは、白い仮面をまとった人物だった。
目の奥は見えず、表情すら予想できない。ただ仮面の口元は笑っている。
かつては純白だったその外套も、今は血と煤でまだらに汚れていた。
無感情な足取りで、青年はバロックの前まで進んだ。
「……あんたか? なあ、俺だけでいい。ここから出してくれ。話は、何でも話すからよ……!」
バロックが必死に訴える。
だがその声に、かつての威圧は微塵もなかった。あるのは、ただ生への執着だけ。
「あなた、あの子たちに敗れたのですね」
青年の声は、仮面越しでもわかるほど静かで、どこまでも丁寧だった。
「魔力値では、あなたの方が上だったはずですが……それとも――あの守護獣の力でしょうか」
「いや違う! あのガキ、ヒイロってやつ、戦ってる間に魔力がどんどん増えて……しかもあの青い光。あれは……守護団にいた頃、見たことがある……っ」
「なるほど」
青年はわずかに頷くと、右手の指先をゆっくりとバロックへ向けた。
「参考になりました。
――ですが、あなたはもう“不要”とのことです」
その口調は、まるで通知を読み上げるだけの機械のようだった。
バロックの顔がみるみる引きつる。
歯がガタガタと音を立て、手足は震え、下半身からぬるい液体がしみ出していた。
「ま、待て、待ってくれ! 俺はまだ……俺は――」
その声もまた、ふっ、と空気の中に消えた。
バロックの体が、音もなく崩れる。
血は流れず、破裂もない。
ただ、なにかが一瞬で“停止”し、終わったことがわかる。
石の床に倒れ伏したその姿は、もはや抜け殻でしかなかった。
青年は一歩も動かず、さきほどまでヒトだったものを見下ろしていた。
やがて、何の興味もないかのように、扉のほうへと踵を返す。
そして――
その背中のまま、左手が仮面へと伸びた。
カチャリ、と軽い音がして、仮面が外される。
けれどその顔は、誰にも見えない。
静かな沈黙の中、青年は仮面を手にぶら下げたまま、ふと歌い出した。
「眠れ、眠れ、まぶたを閉じて
声が消えれば すべて終わる
明日はもう来ないけれど
お前の夢は終わらない」
その旋律は、まるで子守唄。
けれど優しさも悲しさもなく、ただ透明な声だけが静かに独房に染み渡っていく。
背中が闇に消えても――
誰もいないはずの空間には、ただその歌声だけが、いつまでも残っていた。
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