いざ、リナ姉を救うために
ギルドの奥に設置された魔導通信端末を使って、以前ハカセから渡された紙を見ながら、王立学校男子寮の番号を入力する。
数秒の静寂。受話口から、不意にガサッと音が響いた。
「──王立学校男子寮、管理人のバルドだ。どちら様かね?」
「悪い、急ぎでたのむ。ニコルはいるか?」
「ニコル……ああ、あの図書室に入り浸ってる子か。ちょっと待ってろ」
奥の方で誰かを呼ぶような声と足音が響く。
少しして、聞き慣れた声が受話口から返ってきた。
「もしもし……ヒイロ?」
「おう、やっと出たか、ハカセ」
「どうしたの、何かあった?」
「リナ姉が、盗賊にさらわれた。昨日の夜、村ごと襲われたらしい」
一瞬、通話の向こうが静まりかえる。
「……リナさんが連れ去られた?確認だけど、あのリナさんだよね?」
「ああ。助け出す。命を懸けてもな。で、話はそれだけじゃねぇ。お前に来てほしいんだ」
「僕に?」
「俺だけじゃきっと足りねぇ。盗賊団は数十人いて、武器も持ってる。村の近くの山に昔、守護団が使ってた訓練場があって、そこをアジトとして使ってるらしい」
「……分かった。行くよ。僕もリナさんには世話になったし、見過ごせない」
「本当にいいのか?」
「ヒイロが一人で無茶するのは目に見えてる。だったら僕も一緒に行くよ。準備して、明日そっちに向かう」
「助かる。明日の朝、七の鐘の時、街の正門まで来てくれ。無理はすんなよ」
「ヒイロがそれを言う? ちなみに相手の情報は、分かってるの?」
「ああ、クレナ村の村長から聞いてる。ボスは、バロック。元王国守護団員だ」
「バロックって賞金首にもなってるやつじゃないか!僕らだけで倒せるのか?」
「やるしかねえんだよ!」
「……わかった。僕はさっきもいった通り君に協力する。準備をするからまた明日会おう。」
「ありがとな…ハカセ」
通信はそこで切れた。
七の時刻を知らせる鐘が鳴る。街の正門で待っていると、ハカセが小走りで向かってきた。
「お待たせ。ヒイロ」
「こっちも今到着したとこだ」
「ふふ、さすがのヒイロも今日は遅刻しなかったね」
「ったりめーだろ」
俺が軽く肩をすくめると、すぐ後ろからエイルが眠そうな声をあげた。
「アタシ、朝弱いのよね。普段、起こすとき気をつけてよ。雷うつから」
「こえーな。守護獣なんだからお前が俺を起こせよ」
ハカセがそんなやりとりを見て、苦笑しながら言った。
「何だか2人、召喚の時に比べて仲良くなったね」
「この脳筋バカの世話はホント大変よ。ま、アタシがいるから今回は絶対大丈夫ね」
「誰が脳筋だよ!ったく」
「ふふっ、エイルさんは頼もしいね」
ハカセはそう言って、腰の剣に軽く触れた。
「でも僕だって足は引っ張らないつもりだよ」
「よし、じゃあ行こうぜ」
「あれ?ヒイロ、その剣って」
ハカセは俺の腰にさしてある剣に気づいたようだ。
「ああ、死んだ父さんの剣だ。今回は必要になる気がしたからな」
「そっか……お互い死なないようにしよう」
俺は無言でうなずいた。
俺たちは連れ立って、再び村へ向かって歩き出した。
「なあ、ヒイロ。ギルドに応援を頼むっていう手は考えなかったのか?相手は元王国守護団の幹部候補にもなったやつだよ」
ハカセが剣の柄に手を置いたまま、冷静な口調で聞いてくる。
「……考えなかったわけじゃねえ。けど、今回はダメだ」
「理由を聞いてもいい?」
「まず村長が断った。人が増えれば、盗賊に動きを悟られて人質が危ないってさ」
「……冷静な判断とは言いづらいけど、気持ちは分かるかな」
「あとはギルドに依頼したところで、山の中の盗賊討伐なんてすぐに動いちゃくれねえ。下手したら何日もかかる」
「まぁそれはギルドという構造上、仕方ないよ。依頼を出しても、冒険者がすぐに集まるとは限らないしね。特にバロックみたいな有名な相手だと誰も動かないかもしれない」
ハカセの口調は相変わらず冷静だ
エイルが腕を組み、ため息混じりに口を挟んだ。
「要するに、すぐに解決したいなら私たちがやるしかないってことよね?」
「ああ、そうだ。もう誰も…俺の前で奪わせたりしねえ!」
握った拳に、爪が食い込んだ。
(――今度こそ、守る。絶対に)