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ヒイロ、名を刻むために

俺のスキル〈魔力レンタル〉は、空気中に漂う魔力を“借りる”力だ。


ただし――借りた分は、時間内に必ず返さなければならない。


間に合わなければ、代償は重い。


意識、身体、最悪――命すら持っていかれる。


それでも俺は、この力を使って進んでいく。


――自らの名を、この国に刻むために。


 


魔物の咆哮が、石造りの城壁を震わせた。


足元の瓦礫が跳ね、天井から砂がぱらぱらと降ってくる。


目の前に立ちはだかるのは、熊型の魔獣。



黒い斑模様の毛皮は、濡れたように鈍く光り、普通よりもひと回り大きい。


その巨体から放たれる威圧感は、肌を刺すようだった。



けれど、なにより目を引いたのは――


その顔にぴたりと貼りついた、白い仮面。



くり抜かれた目。不気味な笑み。


それは、人を壊すことしか考えていない“顔”だった。


 


地を揺らしながら、魔獣が突進してくる。


俺は剣を構え、深く息を吐いた。


 


「スキル〈魔力レンタル〉――500、貸してくれ」


頭の中に、無機質な声が響く。


〈魔力500、貸与致しました〉


 


魔力が体に流れ込む。だが、それだけじゃ意味がない。


すぐさま次のスキルを重ねた。


 


「剛力、発動ッ……!」


 


燃えるような熱が、全身を駆け巡る。


筋肉が膨張し、視界が一気に冴え渡った。



心臓が爆ぜるように脈打ち、皮膚の内側がビリビリときしむ。


その力を爆発させるように、俺は真正面から突っ込んだ。


 

「うおおおおッ!!」


 

叫びとともに、剣を振り抜く。


刃が肉を裂き、骨を叩いた重みが、手のひらに返ってくる。


 


「……っ!」


 

反動で膝をつき、そのまま後方へ跳ぶ。



「エイル、今だ!」


 

俺の声と同時に、雷が落ちた。


「言われなくても分かってるわよ!――雷砲(らいほう)!!」


稲光が弾ける。


空間を断ち割るように、金色の雷撃が一直線に魔獣を貫いた。


 

轟音の余韻が耳を包み、あたりは煙に満たされる。


魔獣の巨体がぐらりと傾き、やがて崩れ落ちた。



その身は黒い霧のような粒子となって空気に溶けていき、


仮面だけが――音もなく、砕けて散った。


 


俺はその場にへたり込み、荒い息を吐く。



そのとき――ふいに、手が差し出された。


見慣れた、白くて細い、でも芯のある強さを秘めた手。


 

「もう疲れた?」


 

「――まだまだいけるに決まってんだろ。なんだよ、普段はツンツンしてるくせに、こういうときだけ優しいんだな」


 

からかいながら、俺はその手をそっと握る。


 

「はぁ? そんなこと言うなら、もう助けてあげないんだから」


 

ぷいっと顔をそらすエイル。


でも――手は、離さない。


俺は苦笑しながら、その手をしっかり握り返した。


 

エイルの手、あったかいな。


守護獣も、人間みたいに――心を持ってるんだ。


 

そのとき、ふと視界の端に、あの日の光景がよみがえった。


金色の髪。ツンとした瞳。



ああ、そうだ。


こいつと出会ったのは――あの“祭りの日”だった。


 


ハカセと約束して、二人で街へ出かけた日。


すべては、そこから始まったんだ――。


 


 


◇ ◇ ◇


 


古びた教会を改修した、俺たちの孤児院には、食堂がひとつだけある。


年季の入った椅子はギィギィと音を立て、テーブルは少し傾いていた。


 


夕暮れの光が、くもった窓から射し込んでくる。


そのぬるい橙色が、どこか切なさを含んでいた。


 


向かいに座っているのは、銀髪に眼鏡の少年――ハカセ。


本名はニコル。理屈っぽいけど、昔からの親友だ。


 

「ヒイロ、僕らもう十五歳だよ。来週には、孤児院を出なきゃいけない。……これから、どうするつもり?」


 

「決まってんだろ。俺はこの国で一番強い戦士になって、名前をこの国に残してやる。


 まずは冒険者として名を上げて――んぐっ、んぐっ……」


 


パンの耳をほおばりながら言うと、ハカセは苦笑しながらつぶやいた。


 

「……ヒイロらしいね」


 

「お前は王立学校の研究科に受かったんだろ? すげぇよな。


 金もらって勉強できるなんて、勝ち組じゃん」


 

「もらえる額なんて、たいしたことないさ。


 それに……僕には、お金よりもっと大事なことがある」


そう言って、ハカセはまっすぐ俺を見た。


眼鏡の奥の瞳に、いつもの穏やかさにはない、熱を宿した光が見えた。


 

「――僕たちみたいな孤児が減るように。


 研究者になって、この国を変えていきたい」


……強い覚悟を感じた。


パンをかじる手が止まって、思わず口が開く。



「……すげぇな、お前って」


「なにが?」


「いや……ちゃんと“先”を見てるんだなって。ちょっとだけ、尊敬したわ」


「“ちょっとだけ”って、なにさ。……それ、本当に褒めてる?」


「褒めてんだよ」


照れ隠しでぶっきらぼうに言うと、ハカセはくすっと笑って、眼鏡を押し上げた。


「そうだ。今度、街で祭りがあるんだ。一緒に行ってみない?」


「お、いいな! くじ引きもあっただろ? 絶対やろうぜ!」


「くじ引きか……確率低いから、あまり好きじゃないな」


「いいじゃねぇか。世の中、全部計算通りじゃつまんねぇだろ?」


そう言うと、ハカセはまた笑った。


その笑顔は――


贅沢のないこの孤児院の暮らしで、俺にとって確かに支えのひとつだった。


「じゃあ、ちょっとだけ期待してみるよ」


孤児院を出たら、もう前みたいに会えるかは分からない。


壁の小さな穴から冷たい隙間風が吹き抜け、パンくずがひとつ、テーブルの隅を転がっていった。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。


他にも「異世界帰りの勇者な俺でもデイリーミッションを使えば青春ラブコメできますか?」

と「魔王軍最強の貴族様、現代で女子高生の家に居候して配信者になります。」を同時に書いておりますのでよかったら読んでみてください。

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