第七話 先輩と6月の陰
協議の末、俺が交代となるタイミングでの写真部訪問となった。3人でわいわい縁日で輪投げをしたり、唐揚げを食べて舌をやけどしたりするなどして大量の戦利品を腕にぶら下げてパソコン室に移動する。
意気揚々とパソコン室へ入っていく中目白と浅川に続き、妙な気まずさを感じながら俺も久我と後に続く。
先輩は受付に座りながら、私服姿の女子と談笑をしていた。こっちをぱっと向いて、目を丸くする。
「あおいくん、その眼帯、どうしたの…?」
お、そういや先輩に落ち武者をやっている件は伝えていなかった。途中まで他の3人も付けていたが、うっとうしい、見えづらいという理由により俺のみが眼帯係に任命されている。
「うちのクラス、お化け屋敷をやっていまして。宣伝もかねて付けて回ってるんです。かっこいいでしょう」
「あ、あー。なるほど。男の子、そういうの好きだもんね」
落ち武者のアイテムというよりは中二病かぶれのアイテムとして見られている気がする。いじける俺の脇を、中目白がちょいとつつく。
「ねえ、アオ。あれが、写真部の…?」
「おう。先輩だ」
「ん?んー??」
首をかしげてしまった中目白に、久我がひそひそと耳打ちする。なにかしらフォローをいれてくれたんだろう。
先輩も友達からひそひそと何かを尋ねられている。なんとなく、その横顔たちに見覚えがあった。先輩の中学時代の友達だろう。
「先輩、そろそろクラスのシフトですよね。俺、引き継ぐんで、行ってきていいですよ」
「う、うん。よろしくね」
困ったように笑って、先輩は友人を引き連れて出ていく。
残された3人は、何とも言えないような表情でその背中を見送った。
「先輩ともお話してみたかったんだけど、無理だったね~」
「すまん、先輩人見知りなんだ」
「いやー、てっきりアオってあの先輩と仲いいんだと思ってたんだけど、そうでもない、っていうか悪かったんだね」
「あー、まあ、そうだな」
やはり、他人から見ても仲悪く見えるか。そりゃ、そうだ。俺と先輩の関係は、あまり健全ではない。が、改めてそういわれると、少しショックを受けた。
「いや、少なくともアオは先輩のことが大好きだぞ。クールに見せかけて言葉の節々から好き好きオーラが伝わってくる」
「おいクガ。何言ってやがる」
思わぬ所から刺されて、慌てて久我を羽交い絞めにする。仲悪いといわれるのも悲しいが、「大好き」と指摘されるのもそれはそれで小恥ずかしい。
「お、図星だ~」
浅川がケラケラ笑い、気まずい空気が霧散する。俺は久我を開放すると、照れ隠しにカメラを手に取った。
「ほら、撮ってやるから衣装選べ」
写真部の出し物は、今まで撮った写真の展示と撮影スタジオである。裁縫部や演劇部から借りた衣装を客に選んでもらい、撮影会を行う。何枚か撮影したものの中から好きなものを選んでもらってすぐに現像して渡すという流れだ。3枚200円也。
3人は眼帯をまたつけて、海賊団になりきって撮影を終えた(俺もついでにキャプテン・アオとして写真を撮らされた)。
その後、王妃と王になろうと中目白と久我が衣装を選び出す。浅川だけは早々にアリスの衣装を確保し、壁に貼られた展示の写真を見ていた。練習のために中庭で撮った写真、GWでの公園の写真、文化祭準備中に取った写真。いろいろな人が映りこんでいる中で、浅川はじっと先輩が撮った俺の写真を見つめている。
「変な顔、してるか?」
声をかけると、浅川はふにゃりと笑った。
「ううん、すっごいいい顔してる」
「おう」
あまりにもまっすぐ褒めるので、つい視線を外してしまう。浅川はまた写真を見つめた。
「クガちゃんからアオちゃんと先輩のお話聞いて、仲いいのか悪いのか分かんなかったんだけど、これ見たらね~、安心した」
「そんな、分かるものなのか?」
なんの変哲もない、写真なのに。
「もう、アオちゃん、写真部でしょ~。分かるよ、これは」
そう言いながら、今度は俺が先輩を撮った写真を見つけにんまりと笑う。ああ、これは何もかもがばれてしまうやつだ。
ますますいたたまれなくなって、俺はこちらを呼ぶ久我のもとへ逃げた。
◇ ◇ ◇
3人は金券7枚を引き換えに去っていった。
それからもパラパラと客が来るのを対応をしていく。客足が途絶え、椅子に座ってぼおっとする。俺は学外の人間は下の姉―ひな姉くらいしか呼んでいない。パソコン室は学校でも人気の少ないところにあるため、写真部は閑古鳥が鳴いていた。
カメラを取り出し、パソコンに繋げる。最近カメラを構える癖ができてしまい、文化祭の準備期間からいろんな写真を撮り続けた。黒いペンキを構える久我。落ち武者の鎧を試着する園崎。今日の朝、皆で気合を入れているところ。メイドカフェで女装男子とピースサインをする中目白。大きなわたあめに目を丸くする浅川。
そういえば、今日はまだ先輩を撮ってないな。
一通り写真に目を通し終わり、目を閉じて、黒い眼帯に手を当てた。文化祭のざわめきが遠くに聞こえる。
がらり、と扉が開く音がしてパッと目を開けると、先輩が顔をのぞかせていた。
「あーおいくんっ!」
さっきの気まずさなどなかったような、いつもの笑顔で先輩が立っていた。がさりとレジ袋が揺れて、おいしそうな匂いを放っている。
「今暇?なら、一緒に食べようよ」
どさどさと先輩は受付のテーブルに食べ物たちを置く。たこ焼きや焼きそば、景品だろうラムネや飴…。いろいろなクラスを回って買いあさる先輩を想像して、少し笑った。
「どのクラスもラストスパートでね、結構大盛にしてくれたからいっぱい食べれるよ」
先輩がさっそく割り箸を割り、たこ焼きに手を伸ばす。俺もありがたく食べようとして、割り箸を探した。
「先輩、俺の割り箸は?」
「あ、あー。そういや、貰い忘れたかも」
「おい」
なんで一緒に食べようっつった。先輩はうーん、と考えた後1つとってこちらに差し出してきた。
「はい、あーん」
張り倒してやろうか。
羞恥と悪ノリのはざまで心が揺れ、俺は悪ノリを選んだ。身を乗り出して差し出されたたこ焼きに食いつく。
「あっっっつっっっっっっ!!!!!!」
アツアツのたこ焼きが舌を焼く。悶絶していると先輩がばっと立ち上がった。
「お水買ってくる!」
「ふぁっへ!」
先輩はパソコン室の出口へ走る。そこからちょうど入ろうとしている人と目が合う。「待って」と叫ぶが声にならない。先輩は相手に気づかず、叫ぶ。
「あおいくんは待ってて!」
案の定入ってこようとした誰かにぶつかった。
「ご、ごめんなさい。って」
「あおいくん?」
相手は不可解そうに首をひねる。
見知った人だった。
「ひな姉」
「ひな…」
俺が唯一呼んだ学外の人間、ひな姉。約束通り来てくれたらしかった。ただ、タイミングが悪い。最悪だ。
ひな姉は俺と先輩の顔を順繰りに見回す。たこ焼きを無理やり飲み込み、蛇ににらまれたカエルの気分でそのまなざしを受けた。
「ねえ、らん。『あおいくん』って、まさか弟のことじゃ、ないよね」
「えっと」
「先輩は悪くないんだ。俺が!」
フォローを入れようとして、墓穴を掘ってしまう。ひな姉の目つきが鋭くとがる。
「先輩?それは、らんのこと?なに、そんな、気持ち悪いことしてるの?」
「気持ち悪い」。言われた言葉がぐるぐる頭をめぐる。
ああ、そうだろう。気持ち悪いだろう。特にひな姉にとっては。
「私、翼が写真部に入ったって聞いて、正直期待してた。また、らんと翼が仲良くなったんだって。家ではまだぎこちないけど、何とかまた元どおりになるんだって」
「ひな…」
「なのに、こんなのってないよ」
「ひな姉…」
ひな姉は、きっと俺たちを睨む。くしゃりと目尻が泣きそうにゆがんだ。
「なんで、他人みたいに呼び合っているの?姉弟なのに」
ひな姉は、自分の双子の姉と弟にそう尋ねる。先輩―青井らんの顔からは血の気が引いていた。俺―青井翼も、何も言えずに二人の姉を呆然と見つめることしかできない。
それは、その場にいる誰にとっても悪夢のような出来事だった。