第六話 先輩と6月の祭
ぴちょん・・・・ぴちょん・・・・・・
水滴の音に追われるように、早足で進む2人組の背中を、そっと追いかける影があった。ぽん、と肩に手を置かれ2人が振り向くとそこには息の荒い落ち武者が一人。おもむろに眼帯に手をかけ、尋ねる。
「俺の目を、返せ」
眼帯を外すとそこに目はなく、空洞が覗いていた。
「ぎゃあああーーーーーーーーー!!!!!」
ものすごい勢いで2人は走り去っていく。それを見送りながら落ち武者は小さく息を吐いた。それ以上追わず、墓の裏の死角スペースに身を忍ばせる。通路のあちこちから悲鳴が聞こえた。
俺は文化祭のお化け屋敷で、目を奪われた落ち武者役を仰せつかっていた。
お化け屋敷といえば文化祭の花形。我らながらなかなかのクオリティで出来上がったと思う。俺が担当する落ち武者はラストを飾るうちのお化け屋敷のウリだ。ぼろぼろの甲冑に傷だらけの全身、左目に黒い眼帯。眼帯の下には目がくぼんでいるようなフルフェイスのマスク。これを薄暗い中見せられる客は相当怖いに違いない。
最初はおっかなびっくり脅かしていたが、なかなか面白くなってきた。くっくっくと笑い声をかみ殺していると、姿も見せていないのに悲鳴を上げて客が走り去ってしまった。なんでだ。さあ、人間の悲鳴をもっと聞かせろと落ち武者になりきっていると、背中をポンと叩かれた。振り向くと俺と同じく眼帯を付けた男が一人。
「アオっ!」
「ソノ」
クラスメイトで友人の園崎だった。
「ああ、交代か」
「そ。おつかれぃ」
文化祭は給料が出ないことを除けばホワイト形態。2時間ほど業務に勤しめば落ち武者は他の人にバトンタッチだ。眼帯とマスクは人数分用意したが甲冑は1着しかないため、入口で客を止めている5分の間に急いで園崎に渡さなければならない。暑苦しい甲冑と浴衣を脱ぎ捨て、ついでに邪魔なフェイスマスクを引っぺがす。涼しいクラスT1枚になり、風を送り込むべくぱたぱたと扇いだ。
「大分ノリノリだったみたいじゃん。結構人気だったみたいだぜ?落ち武者」
「なかなかいいぞ、老若男女から悲鳴を上げられるのは」
「おいおい、そのまま不審者の才能とか開花させんなよ」
「いや・・・。女子の悲鳴もまあいいんだが、おっさんがびっくりして思わず声出して逃げてくのがまたいいぞ」
「お前、天職かよ。このままラストまでやってくか?」
「いや…、写真部のシフトもあるから駄目だ」
「残念そうだなおい」
軽口を叩きながら園崎のクラスTの上から衣装を着せていく。甲冑まで着せたところで、園崎は眼帯に手を当て決めポーズ。
「ふはははは、この世界は俺が支配する!!!」
「うっせ、落ち武者のカッコしてふざけんな。とっととマスクかぶれ」
「お前、落ち武者のなんなんだよ」
ぶつぶつ言いながら伸ばした手が、空を切る。日に焼けた頬が若干赤く染まり、ぶっきらぼうにマスクをひっつかんだ。
「やーい、ミスってやんの」
「うっせ。お前、よくこれで走り回れるよな」
「慣れれば何とかなるさ。ま、慣れるまでうっかり客にタックルかましたりしないよう気をつけろよ」
「それはそれで怖くていいんじゃね」
「は、落ち武者がそんな無様なマネするわけないだろ」
「落ち武者ガチ勢かよ。目玉探し回る落ち武者って設定の時点でわりと無様だろ」
軽口を叩いているとスマホの振動がお化け屋敷再開を告げた。入口から生きのいい悲鳴が聞こえてきて頬が緩む。
「楽しそうだな」
「…そうか?」
そりゃ、楽しいに決まってる。お化け屋敷に決まったとき、大トリに黒眼帯の落ち武者を提案したのも、俺に落ち武者をやるように言ったのも園崎だった。
それがこいつと、他のクラスメイトたちの優しさだということは、俺も分かっていた。
通路の出口に暗い道へ足を向ける。
「落ち武者役、頑張れよ」
「おう」
「あと、いろいろありがとうな」
ぶっきらぼうに伝える。後ろで園崎が微笑んだような気がした。
◇ ◇ ◇
まばゆい光を放つ廊下に出ると、黒い眼帯とおどろおどろしい黒字に赤いしぶきが散ったデザインのクラスTの集団がたむろしていた。
「あ!おつかれ~」
「落ち武者評判よかったよ!」
そのうちの2人が声をかけてくる。確か2人は宣伝のプラカードを下げて校内を練り歩く宣伝班のはずだが。
「おいおい、サボりか?」
「ちがうちがう。お客さん増えすぎてキャパ超えそうだからって戦略的撤退をしてきたの」
フランクフルトを食べながら、ポニテの女子―中目白が口をとがらせる。隣ではうんうんとショートカットの女子―浅川が相槌を打っていた。入口のほうを見るとたしかになかなかの行列ができていて繁盛ぶりが伺えた。
出口から2人組の客が出てきてぶつかりそうになり、慌てて道を譲る。会話が聞こえてきた。
「案外怖かったねー」
「でも、最後の落ち武者大丈夫だったかな?迫ってきたと思ったら鬼気迫る様子で転んでたけど」
「演出かもよ?起き上がってまた追いかけてこようとするの、マジ怖かったもん」
園崎…。
まあ、ミスってもリカバリーできてるならまあいいだろう。落ち武者の名誉も守られるってもんだ。
「ソノちゃん、大丈夫かな~」
少し苦笑いをしながら浅川がフライドポテトを1本差し出してくれたので、遠慮なく貰う。
「アオちゃんは、これから用事ある~?」
「13:00からは写真部のシフトが入ってるけど、それまでは暇だな」
「じゃあ、あたしたちと回ろうよ~。これからクガちゃんのステージ見て、そこでクガちゃんも合流するんだ~」
クガちゃんとは同じクラスで軽音部の久我のことだ。浅川の幼馴染で、俺とも仲いい。断る理由もないのですぐに了承すると、女子二人はいえーいと手を合わせた。
受付に預けていたバックを回収し、カメラを首から下げる。
「お、さすが写真部」
興味津々といった様子で覗き込んでくるので、咄嗟にレンズを向けると2人は息の合った様子で見覚えのあるポーズをした。さっき園崎がやってたやつ。
「ふはははは、左目がうずく!!!」
なぜ眼帯をする高校生は皆中二病ごっこをするのか。
「アオも眼帯付けて!一緒に撮ろうよ」
自撮りは女子高生の専売スキル。3人の写真は中目白がスマホで撮ってくれたのだが、後で見せてくれた加工済みの写真は俺が撮るよりうまかった。悔しい。
◇ ◇ ◇
体育館では演劇部や吹奏楽部、軽音部等が時間ごとに発表を行っている。思った以上に混みあっていた。中目白たちがぐんぐんと正面を陣取りに行くので仕方がなく着いていく。タイムスケジュール通り、緊張した面持ちの久我がベースを握っていた。
「クガ~!!ぶちかませーーー!!!」
「応援してるよクガちゃーーん!!」
2人の声が届いたのか、久我の顔がわずかに緩む。バンドメンバー4人の視線が合い、ドラムがおもむろにカウントする。
一気に音がはじけた。
ヒットソングのバンドアレンジを4曲ほど披露し、拍手喝さいを浴びた久我は俺たちの元にやってきた。
「見てくれていたのだな。どうだった、俺たち演奏は」
「まあ、よかったんじゃないか?」
気合が入っている様子は見て取れた。俺の適当ともとれる相槌に、それでも久我は頬を緩ませる。
「そうか。今夏のコンクールに向けて精進しているところなのだ。楽しんでもらえたならよかった」
「コンクール?プロとか目指すの?」
中目白の問いに照れたように久我は首を振る。
「いや。正直なところ、俺たちがそこまで上手いという自負はない。が、3年生にとっては最後の思い出だからな。足は引っ張りたくないだろう?」
「あー、わかる。」
女子2人が自分たちの先輩のことを思い出したのかしゅんとした。
「運動部の場合、敗北が引退を意味するからね。1日でも長く一緒にいたくてつい頑張っちゃう」
「ていっても、1年にできるのは応援だけなんだけどね」
2人はたしかバレー部だったか。練習がきついだの先輩たちに怒られただのいろいろ文句はよく聞くがなんだかんだ愛情の裏返しだったらしい。
まあ、それを言うと。
「俺は2年の先輩しかいないから、今年は引退ないな」
「え、ずるい」
「アオの先輩というと、らん先輩とやらと2人きりだろう?」
「え?写真部ってそんなに少ないんだ。部室で女子と2人きりとか、青春じゃん」
部活の内部事情を知らない中目白に、浅川がそっと耳打ちする。中目白は目を丸くして俺を見た。
「まじか。よく入ろうと思ったね」
「うっせ」
ふと、来年は先輩も部活を引退するんだな、という当たり前のことに思い当たった。大分未来の話。それでも、確実に来てしまう未来の話。先輩は何月ごろに退部するんだろう。
「アオちゃんはいいねー。卒業してもすぐに会えそう」
「ま、うちらバレー部の絆も永遠だけど」
「うん。先輩たちの受験終わったら遊園地に行くの。皆仲良しなんだよ~」
大所帯のバレー部から見れば、写真部なんてそう見えるだろう。だが、果たして俺と先輩は将来…。
いや、弱気になってどうする。卒業後も気軽に会える関係。それこそ俺の理想だった。そのためにも2年間、距離を詰めていくしかないだろう。
ひそかに決意を固めていると、クルリと中目白がこちらを向く。
「ね、これからアオの写真部、見に行こうよ」
「は!?」