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第三話 先輩と5月の迷い子

 林の中にはチューリップが咲いている。


 青い花が名物なこの公園だが、他にもいろいろ見どころはある。公園側もどうせならいろいろなところを見て回ってほしいのか、スタンプラリーが開催されていた。それを見かけた先輩がやろうと言い出し、入口へ戻って貰いに行ったのだ。全部集めたらわたあめがもらえるらしい。

 チェックポイントの一つがこのチューリップ林だった。


「よかったー、まだ咲いてる」


 先輩が安堵の声を上げる。スタンプラリーの台紙と一緒に渡されたパンフレットに、チューリップの見ごろは4月下旬までと書いてあったので心配してたらしい。ここに来るまでの道のりをやけに速足で歩いていた。微笑ましかったが、見頃がそんな数分で変わるわけはない。

 チューリップエリアは案外広い。さっきの丘は1種類の花を大量に植えていて圧巻だったが、こちらは色とりどりいろんな花が咲いていて見栄えがいい。全部チューリップではあるんだろうが、ギザギザしていたり丸っこかったり見てて飽きない。さっきの丘よりは人も少ないし、ここはいい撮影スポットかもしれない。

 最初にスタンプ台を見つけてスタンプを押す。チューリップを抱えたマスコットキャラクターが地図に収まった。


「確か昔はなかったですよね?スタンプラリーって」


 小さいころ家族と来たときは押した記憶がない。もしあったら、姉2人がはしゃがないはずがないのだが。


「うん。何なら去年もなかった」


 今年からなのか。


 この企画は結構上手くいっているようで、ちびっ子たちがわらわらとスタンプを求めてやってくる。「こいつら大人なのにスタンプ押すの?」みたいな顔で見てきたので、とりあえずドヤ顔で返しておいた。隣の高校2年生はうきうきとした顔で1つだけ埋まったスタンプの台紙を眺めている。子供心を忘れないステキな先輩である。

 この公園は子供のころに何度か親に連れてきてもらったことがあるため、妙にノスタルジーに浸ってしまうが、この公園も時代に合わせて変化しているらしい。


 とりあえず花の撮影にとりかかろうと、カメラのカバーを外す。


「先輩、去年もチューリップは見たんですか?」

「うん。どうせ来るなら髄まで堪能しないともったいないでしょって」

「お、今年も髄まで堪能しに行くんですか?」

「うん。まずはレンタサイクルを借ります」

「…俺、自転車乗れないんすよ」

 自転車って怖いじゃん。


「あと去年は先輩がバドミントンのラケット持ってきたから皆でやったな」

「俺、球技の類が大の苦手でして」

 バレーボールは顔面で受け止め、野球をやれば空振り三振。もちろんバドミントンをやれば基本1m先にシャトルがある。中学時代の球技大会ではやんわりと見学を勧められ、応援に精を出していた。自分で言っていて情けない。


 先輩はちらりと俺を横目で見て、小さく息を吐いた。


「あ、ごめんね、あおいくん。去年はそうしたってだけだから気にしないでね。あおいくんができないことを責めてるとかそういう意味じゃないの」

「いやもう揶揄ってもらっていいです…」


 とってつけたようなフォローが心に痛い。

 先輩は曖昧に笑いながら近くの花を撮る。俺もそれに倣って数回シャッターを切った。


「でも、ピクニックエリアは行きたいですね。おにぎり持ってますし」


 出かけに母からおにぎりとお弁当箱を渡されたのだ。2人で出かけると言ったらやけに張り切って用意してくれた。何か勘違いをさせてしまっている気がするが、とりあえずありがたく受け取ってきた。


「そうだね、ここ見終わったらご飯にしようか」

「じゃあ、とりあえず満足するまで写真を――おわっ」


 急に左半身に衝撃が走った。慌てて左を向くと、小さな子供が目に涙を貯めて立っている。どうやらこの子にタックルされたらしい。


「えっと、危ないぞ」

「うぅ…」


 とりあえず注意をしてみたら、涙がますます大粒になった。


「えっと、邪魔したか?ごめんな」

「うっ、うぅ、ぅわーーーーーーーん」


 なんとなく謝ってみたら、今度こそ涙が決壊してぼろぼろとこぼれ始める。えー、これどうすりゃいいんだ?だんだん周りの人からの目線が集まってきて、居心地が悪い。てか誰?この子。

 あたりを見回すが親らしき姿は見えない。迷子か?

 助けを求めて隣の先輩を見る。先輩はにっこりと笑顔をつくると、子供の前に座り込んだ。


「どうしたの?お父さんとお母さんとはぐれちゃった?」


 その優し気な問いかけに、子供は心を開いたようだった。涙の量はそのままだが、こくんと頷き先輩の目をまっすぐに見つめる。先輩はそれを見て再度質問を重ねた。


「ねえぼく、お名前いえるかな?」

「こだまゆずき」

「ゆずきくんかぁ。いくつ?」

「4さい」

「そっかぁ、言えてえらいねぇ」


 質問に答えていくうちにだんだんゆずき君は落ち着いていったようで、もじもじしながらも4本の指を立てて教えてくれた。


「今日は、誰と一緒に来たの?」

「パパとママと、みーちゃん」


 みーちゃん?


「どこではぐれちゃったか分かる?」

「青いお花のとこ。だって、みーちゃんがぼくのことバカっていったんだもん!でもパパおこったの!」


 つたない日本語で一生懸命伝えてくれた話をまとめるとこうだった。

 家族で青い花の丘に登っている最中、みーちゃん(多分姉か何かだろう)とケンカをした。最初はみーちゃんがからかってきたのが原因で、ゆずき君は大層腹を立てた。具体的にはぽかりと手が出た。

 両親は目は放していなかったが会話はよく聞いていなかった。突然ポカポカ殴りだしたゆずき君を注意した。ゆずき君としては納得がいかない。「みーちゃんもパパも大きらい!絶交だ!!」と啖呵を切って走り出した。


 ゆずき君は走った。走って走って走って、走った。気が付けば青い花は見えなくなって、道路に出ていた(流石に敷地内は出ていないだろうからサイクリングロードのことだろう)。そこでようやく我に返ったゆずき君は途端に心細くなった。そして泣きじゃくりながら帰り道も分からずさまよい歩き、近くのチューリップエリアにいた俺にタックルをしてきたという。


「そっかぁ、よく歩いたねぇ」


 にこにこ笑いながらゆずき君を撫でる先輩。ゆずき君は優しいお姉さんにお話を聞いてもらって安心したのか、嬉しそうに手のひらを享受している。微笑ましい。

 しかし、よく走ったな。両親が探しに来ないのはそういうわけか。まさかこんなところまでさまよっているとは思わなかったんだろう。

 青い花の丘に戻っても、あの人込みから顔も知らないゆずき君の家族を探し出すのは骨が折れそうだ。かといってこのままゆずき君を放り出すわけにもいくまい。


 ポケット地図を取り出す。きっと、近くのゲートまで行けば迷子の放送をかけてくれるだろう。


「先輩、西口まで行きますよ」

「おー、りょうかーい。…ゆずき君、今お父さんたち呼んでもらうからね。お姉さんたちと、一緒にあっち行こ?」


 ゆずき君は、一瞬嬉しそうに顔を輝かせた。しかし、すぐに顔を曇らせてしまう。

 まさか、今更ながら『知らない人についていってはいけません』という子どもの鉄の掟を思い出したか?警戒心があるのはいいことだが、ここは一旦付いてきてもらわないとどうにも…。


 しかし、ゆずき君の真意は違うところにあったようだ。


「いやだ、みーちゃんとはもうぜっこうしたんだもん」


 ゆずき君は口をへの字に、手をグーにして主張する。一瞬虚を突かれて、先輩と目を合わせた。

 さっきまであんなに泣きじゃくっていたのに、ここで意地を張るか。子どもらしい幼い主張だった、短慮で浅はかで直情的だ。


 ああ、でも。俺たちも多分昔こうだった。


「パパとママが心配してるよ?今頃多分一生懸命探してるんじゃないかな?」

「でも!だって!」


 どうしても納得いかないらしい。俺はしゃがんでゆずき君と目を合わせる。


「みーちゃんのことは好きか?」


 ずっと黙り込んでいた俺が急に近づいてきたことに一瞬体をこわばらせるが、キッと見つめ返してきた。


「大きらい。だって、いつもバカってゆってくるんだもん」

「じゃあ、一緒にいても楽しくない?」


 はくりと口が動く。否定したかったのだろう。でもゆずき君は何も言えないようだった。


「もしゆずき君が絶対仲直りしたくないっていうなら、それでもいい。でも、もしかしたらみーちゃんはゆずき君に『ごめんね』って言いたいかもしれない。『ごめんね』って言いたいのに言えないのは、すごく寂しいことなんだ」

「………」

「別に『ごめんね』って言われて許してあげなくてもいいんだ。でも、こんなところで離れ離れになってずーーーっとそのままだったら、絶対に後悔する」

「こうかい?」

「ああ。ずっと、寂しいんだよ」


 ゆずき君は俯いてしまった。しまった、言い過ぎたか。子供の相手は慣れてない。どうか泣かないでくれー。

 心の中で念を送っていると、ゆずき君の背中を先輩が押した。


「ま、後悔は後ですればいいんだよ。とりあえず、みーちゃんたちに会いに行こ?どうするかはその時に考えればいい。取り合えず、いこ?」


 先輩に手を引かれてゆずき君が歩き出す。その目つきにはもう迷いは見られない。しっかりとした足取りで歩いていく。


「先輩。そっち、逆方向です」

「あ、ごめん」

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