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第十三話 先輩と7月の罪

 家に帰って、自転車が定位置に停まっているのを確認する。そのまま玄関を通って、いつもとは違うドアの前に立つ。人差し指第二関節で2回ほどドアをたたくと、小気味の良い音が響いた。向こう側から気の抜けた声が聞こえてきたため、ドアノブに手をかける。あっけなく扉は開いた。


 クッションに座ってポテチを食べていた先輩と、目が合った。


「え!?なんでこの部屋に!?」

「話がある」


 真剣な表情でそう伝える俺に、先輩はそっと目をそらした。


「私はないよ。出て行ってよ、テスト勉強するんだから」

「俺はある。なあ、テスト勉強に集中するためにもさ、少し付き合えよ」


 現状床でだらだらと漫画を読んでいた相手に気にすることはないだろう。構わず部屋に入り込み、床に座る。


「なあ、一回腹を割って話そう。このまま他人になるのは、やっぱ納得いかない。俺を納得させてから関係ないって言ってみろよ」


 少しきつめの口調で言うと、目は合わないままこくりと頭が上下する。そのことに安堵と寂しさを覚えながら、俺は次の言葉を探した。


「なあ、もう本当に部室には来ないつもりなのか?」

「行かないよ。退部届は出し忘れてるだけ。けじめ付けたほうが良ければ明日には出す。それでいいでしょ?」

「辞めなくていい。今日2人で話してどちらかが辞めたほうがいいなら俺が出す。写真部、好きなんだろ?写真部の先輩たちとの思い出もあるだろうし」


 そう伝えると先輩はほっとした顔をする。その反応にやはり心は傷ついたようにずきりと反応した。


「なあ、なんでそんなに避けるんだ?俺が写真部に入って時点で、俺はあの事を気にしてないって分かってるだろ」

「………」

「なあ、なんか言えって」

「そんなの…分かってるくせに。わざわざ言わせるんだ」

「………」


 この期に及んでもなお突き放そうとする憎まれ口を沈黙で返すと、重い口を開いた。


「自分で自分が許せないの」


 予想通りの言葉だった。何も言わず、次を待つ。


「もうずっと時間は経ったし、君が平然と過ごしているのも知ってる。でもね、それでも私は許されざることしたんだよ。君が許してくれても、私が私を許せないの」

「そんなの」

「むしろ、なんでそんなに平然としていられるの?だって、一生戻らないんだよ」


 細い指が、俺の長く伸びた前髪をかき分ける感触がした。まぶたが撫でられ、俺は目を閉じることもできずただされるがままにじっとしていた。目が乾いて涙がこぼれ始めたころで手が離れていく。少し距離を取ったことで、ようやく右目で捉えることができ、表情が見える。泣きそうな顔をしていた。


「私が、君から片目を奪った」


 半分だけ明るさを失った世界で、俺はこぼれる涙をただ見つめていた。


 自分の左目に手を当てた。子どものころ、視力を失いもう二度と使い物にならないと言われている、お飾りのガラス玉。


 原因はただの子どものお遊びだった。雨あがりの下校時、朝は自分を守ってくれた傘も邪魔なものとなった。そこに、暇を持て余したとある姉弟がいた。姉弟のうちの真ん中が職員室に呼ばれており、昇降口で戻ってくるのを待っていたのだ。2人は、傘をチャンバラごっこの剣に見立て遊びだした。

 もしあえて悲劇の原因をあげるなら、1学年違いの姉弟ではあったが実際の体格差がかなりあったことだろうか。いや、そもそもそんな危険な遊びをしようとしたことだろうか。


 姉が振り上げた傘の先が、運悪く弟の左目にあたった。


 それが、俺の左目が最後に見た光景となった。


 それからのことはあまり覚えていない。気づいたら病室のベッドに寝かせられた俺を見て母さんと父さんが泣いていた。らん姉は呆然とこちらを見つめていた。はくはくと「ごめん」の形に口が動いた気がしたが、音は聞こえなかったから気のせいだったかもしれない。


 俺とらん姉がその次に目を合わせるのは、それから10年後、俺が部室のドアを叩いた時である。


 俺もそれから突然変わった視界に慣れるのに四苦八苦している間に、らん姉は完全にふさぎこんでしまった。多分罪悪感に耐えられなかったのだろう。周りからも色々と言われたのかもしれない。俺は自分のことに手いっぱいで、両親も俺のことにかかりきりになってしまっていたから、らん姉から笑顔が消えたことに気が付かなかった。らん姉は一人で悩んで悩んで、現実逃避を決め込んだ。俺の存在を無視することで、過去のことをなかったことにしたかったのだろう。避けられていることに気が付いた時にはもう取り付く島もなくなっていた。俺からかける言葉は見つからず、姉の心の整理がついたらまた話してくれるだろうなんて淡い期待を粉々に打ち砕かれ続けた。


 もう、らん姉が何を考えているのか分からない。何が好きか何をやっているかも分からない状態で過ごすこと10年。写真部に入ったということを聞いた。写真部が1人きりとなったことを聞いた。そして、俺は過去を全てなかったこととして後輩として写真部の門戸をたたいた。


 それから過去のことを流して再びやっていこうと思ったとき、また逃げられた。


 逃亡者は今俺の前で懺悔するように目を閉じて頭を抱えている。


「まだあの時の感触が手に残っている。叫び声が耳にこびりついてる!夢を見ると小さなつばさくんが目を抑えてうずくまっている!私は!!」


 漏れ出す言葉はまるで悲鳴のようだった。


「なにも償えない!あの一瞬が取り返しのつかないものだったって分かってる。それでも、変わってあげられない。あの時の痛みがどんなものだったか、想像するしかない。片目が見えない生活がどんなものか分かんないの!なのにのうのうと元通りなんて…!」

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