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第十一話 先輩と7月の学

 次の日も、また次の日も俺は部室に向かわなかった。先輩も宣言通りもう部活に行くつもりがないらしく、家の軒先には俺より先に先輩の通学用自転車が待機している。


 同じ学校だから、顔は合わせる。廊下で見かけると先輩は目を逸らし足早に去ってしまう。挨拶を数度しただけの先輩の友人のほうがフレンドリーに手を振ってくれるくらいだ。


 家でも顔は合わせる。でも口を聞くことはない。両親も子どもたちの関係性がまた変わったことに気づいてはいるようだが、諦めているのか自主性を重んじているのか、放っておいてくれているようだった。散々迷惑をかけているから心苦しくはあるのだが、こればかりは仕方がない。


 変わりのないモノトーンの日々がただただ過ぎていく。今まで一日数十枚と増えていった写真は増えず、カメラロールはゲームのスクショのみで埋まっていった。


 今日も今日とて授業が終わり、軽い鞄を肩にかけ帰ろうと昇降口に向かった俺を友人達が引き留めた。


「アオ!今日暇?一緒にテスト勉強しようよ!」


 中目白が梅雨の湿気でポニーテルをうねらせながら、いつも通り元気はつらつに笑う。後ろには園崎、久我、浅川のいつもの3人が勢ぞろいしていた。


「おう、時間はあるが、お前ら部活じゃないのか?」

「何言ってんの、テスト期間中で部活休みでしょ」

「アオもそれで今日帰りなんだろ?」


 ああ、そうだ。そういえばそんなことを先生が言っていた気もする。テスト期間とテスト前1週間は部活禁止。自分に関係ないと思って聞き流していた。

 曖昧に笑って誤魔化すと、訝し気でありつつも納得してくれたらしく「じゃ、行こっか」と背中を押された。確かに1人で家に帰って勉強するよりはわいわいやったほうがいいだろうと、俺も提案に乗る。


 向かう先は近くのファストフード店だ。同じ目的なのか、制服の集団がちらほら見える。ドリンクやポテト等を購入し、テーブルをくっつけて5人分の席を確保した。

 各々教科書とノートを広げ、ポテトをつまむ。5分もしないうちに音を上げたのは中目白だった。わからない、と呻くようにストローを口にくわえた。


「赤点取って補修食らったら絶対怒られるのに」


 数学の教科書を眺めて頭を抱える中目白。


「どこがわからないのだ?」

「わかんない。私どこが分かんないの?」


 それを聞いて久我が頭を抱える。この中で一番頭のよさそうな久我は、早々に自分の勉強をあきらめ先生役に徹してくれるようだった。


「こんなの覚えなくても将来困らねえだろ」


 と文句を言う園崎は物理の問題を真剣に解いており、浅川は黙々と単語帳を作成中だ。俺は英語の教科書を選び、文法を確かめつつ文章を読み進めていく。留学した語り部が上手く言葉が通じない中、ホストファミリーと心を通わせていくストーリー。


 I was able to understand Jessica by talking to her.

 私はジェシカと話すことで、ジェシカを理解することができました。


 SVOC構文。Be able toは「できる」だったか。

 文化が違い、言葉が違い、年齢も離れている相手とたどたどしい英語を使って心を通わせていく、いかにも教科書らしいストーリー。テストで同じ文章から問題が出るらしいから文章自体を頭に叩きこんでいく。


「アオ~、教えてくれ。ここがどうしてもわからん」

「それはな、足し算を間違えてるんだよ」

「え、嘘!?」


 久我が中目白につきっきりになっているため、比較的理系に強い俺に園崎は泣きついてくる。半泣きの中目白がそんな俺達を見ながらちょっかいを出してきた。


「アオって意外に理系だよね~」

「意外にってなんだ」

「むしろ国語ができなさ過ぎてたまに理系の問題文の意味わかってないもんな」


 からかわれるが反論もできない。方程式事態は作れるのだが、点Pがどこにあるのかを完全に勘違いしていた事が多々ある。なんなら記号で答えなさいと書いてあるのを言葉で全て書き、危うく20点ほど失うところだった(優しい先生だったので見逃してもらえた)。


「アオちゃん、英語の前にまず日本語勉強したほうがいいんじゃない?」

「現文って何勉強すればいいか正直よくわからないんだよな」


 作者の主張をまとめなさいと言われても、正直何を言っているのかよくわからない。こちとら小学生のころから苦手だったのに、どんどん教科書の文は難しくなっていく。どんどん理解できなくなっていく。


「うーん、あたしから見たら何が分かんないんだろうって感じだけどね~」


 暗記以外は得意な浅川は煽りでもなく本当に不思議そうに言う。


「日本語なのに」


「「「うっ」」」


 俺に合わせ、中目白と園崎もうめき声を出す。日本人が日本語を読めると思ったら大間違いだぞ。しかし、中間試験の後追試を受けた俺たちの勉強を見てくれた久我は優しかった。


「日本語は日本語でも、テストに出てくる単語は難しい言葉も多いからな。ポストモダンだのサスティナブルだの、一般的には使わないような用語も出てくる。前後の文で意味を推測できればいいのだが、そうする前に頭がフリーズしてしまうのだろう。それに加えて中目白はそもそも読むのが遅い」

「そうそう。日本語のはずなのに知らない言葉が出てくるんだよ」

「1時間じゃ問題全部解けないよー」


 俺は時間内には解き終わるし、単語がまったくわからないわけではないぞ。


「アオちゃん語彙力ないってタイプでもないよね~?」

「アオは、最初に自分の中で結論を決めつけてしまう傾向があるな。筆者の言い分が予想外のものだったり登場人物の考え方が自分と違う価値観だと、途端に分からなくなるのだろう」


 なるほど。腑に落ちるものがあった。


「アオは苦手なものは避ける傾向があるからな。一度苦手意識を克服すればできるようになるのではないか?」

「そんなことは…あるか」

「私も逃げ出したい」

「カメちゃんは逃げたら先輩に怒られるからダメ~」


 浅川にバッサリ切られた中目白は、また唸りながらノートに向き合う。


「でも、正直うちらは赤点取ってもどうせ試合出れないから変わんなくない?当日の応援はできるんだし、あんなに怒らなくてもいいのに」


「ぶちょーもかわいそうな人だからね~。今年はとりあえず仕方ないよ~。私たちが3年になったら何とかしようよ~」


 不穏な愚痴に、男3人で目を合わせる。女バレの部長、優しそうに見えたけどな。そんな俺たちの視線に気づいたのか、中目白が言葉を選びつつ説明してくれる。


「私たちも先輩たちが聞いただけなんだけどさ、今の部長めっちゃバレー上手くて、1年からもうレギュラー入りの話出てたんだってさ。でも、今は卒業してる先輩たちが結構性格悪かったみたいで。赤点取れば試合出してもらえないからってすごい剣幕で赤点取るように言われたらしくてさ。なら辞退しますって部長は言ってんのに脅されたり、ノート盗まれたりしたみたいで、結局1学期期末だけ先輩赤点になっちゃって。味占めて去年―2年の時も嫌がらせされたみたい」

「うわー、女子こわ」

「一緒にしないで…。特別その人たちの性格が悪かっただけの話だから。ともかく2年間嫌がらせを受けた部長は後輩たちには同じ思いをさせるまいと張り切ってくれてて、それはいいんだけど…誰かが赤点を取ると『誰かに何か言われたんじゃないの?』とか、『別に気にせず高得点取りなさい』とか言ってくるから逆にやりづらいっていうか」

「うん…点数悪いのは普通に頭悪いだけなんだけどね~。いい先輩なんだけど、ちょっとプレッシャーだね~って」


 普通に怒られるより心に来るし、相手が善意だとわかっている分相手を責めもしづらい。なるほどやりづらそうだ。しかし文句を言いながらも勉強会をわざわざ開いたのは、2人が部長を純粋に慕っている表れなのだろう。


 それを聞いていた園崎がなぜか教科書をぱたりと閉じた。


「おい、どうした?お前は勉強しないのか?」

「ああ、いや」


 園崎は迷うように視線をさまよわせたが、意を決したように頷いた。


「なんか、それいいなって思ってさ」

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