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第九話 先輩と7月の決別

「ひな姉。あの日、あっちとはどんな話をしたんだ?」


 真夜中、テレビに向かいゲームコントローラーを動かす背中に声をかける。集中を削がれたのが気に食わないのか、むっと口をへの字にする。


「特に何も。翼に言ったのとだいたい同じことだよ。おねーちゃんは今ドラゴンを倒すので忙しいからもう寝なさい」

「…話を聞いてくれないと、夜な夜な親が寝静まったことを見計らって好き放題ゲームしていることを親にばらす」

「まって、このステージだけ終わったらすぐ話聞くからちょっと待って」


 ゲームは1日1時間のルールを破って、日付が変わってから毎日数時間ゲームをしている姉である。慌てた表情でドラゴンを倒すと、ばっと向く。そして俺に向き直り目を丸くした。


「ど、どうしたの弟よ。ひどい顔色してるよ?」

「眠れないんだよ」


 目を閉じれば浮かぶのは今日の放課後。相変わらず雨の降り続く下駄箱で、俺は先輩を待ち伏せしていた。ざわめく放課後の空気の中、先輩は1人で帰路に就こうとしていた。


「先輩!」


 声をかけると、緩慢な仕草でこちらを振り向く。うっすらと目の下に隈が浮かんでいた。


「あ、えっと、どうしたの?」

「いや、先輩が最近部室に来ないので…様子を見に来たんです」

「ああ、そっか。そう、だよね」


 先輩はやけにぎこちなく、一言一言を選ぶように言葉を紡いだ。


「あのね、私、写真部をやめようと思うんだ」


 時間が止まったかと思った。


「先輩、それどういう?」

「だからね、君と私はまた元通り。赤の他人に戻ろうよ」

「あかの、たにん…?」


 言われた言葉をオウム返しにする。もはや言われたことを理解できていなかった。


「何言ってんですか。今更、いや、最初から、赤の他人になんてなれないはずじゃないか」

「だからって、ずっと先輩と後輩の関係でいられるわけがない。それは、ひなからも言われたんでしょう?」


 先輩はそれだけ言うと俺の脇を通って昇降口に向かう。


「待って、らん姉!」


 思わず制止の言葉が口から出た。しまったと思ったのは後の祭り。らん姉の足は止まったが、振り返った表情は拒絶を宿していた。


「もう、話しかけないで」


 傘で顔を隠して走り去っていく先輩を、俺は呆然と眺めることしかできなかった。


 あれからずっと先輩の言葉が頭を巡っている。3か月間隣にいた先輩の笑顔が視界をちらつく。とても眠れるような精神状態じゃなかった。疲労からか頭がガンガンと痛んだ。そして、リビングからのゲーム音に気づきひな姉に話を聞きに来たのだ。


 ひな姉はこっちを向いて目を見て話を聞いてくれる。それだけでなんだか浮かばれた気持ちになるのだから、現金な話だ。


「あー、ごめん。らんがそこまで突っ走るとは思ってなかった。うわぁ、こじれにこじれたじゃん」

「誰のせいだ」

「らんのせい。私のせいじゃない」


 むっと頬を膨らませる姿が面白くて、少し和んだ。しかし先輩が一番悪いのは事実として、その悪癖を爆発させたひな姉に責任の一端はある。


「私はね、翼に言ったようなことをらんにも言っただけだよ。本当にこれでいいの?とか、今の関係は異常だよ、とか、いい加減に現実に向き合いなさい、とか」

「発言の火力が高すぎる」

「らんはさ、今まで10年近く逃げ回ってきたわけだからちょっとくらい強く言わなきゃダメなんだよ。と思ったのです。ダメでした。双子の私から発破をかければらんも動くかと思ったんだけど逆効果だったみたい」


 てへっと舌を出して見せるひな姉は、さすがに少し反省している様子だった。


「で、そんなひどいことをらんから言われて、翼はどうする?もっとぐいぐい行く?それとも」


「もう、無理かなって」


 言葉が口をついて出た。自分で言ってから、それが自分の本心であることに気づく。


 そうだ。俺はもう諦めたいんだ。


「いいの?ずっと、ずうっと、らんとまた仲良くしたいって思ってたんでしょ?」

「ああ。だけど、今まで何も言われてすらいなかったから、いいように解釈してた。姉弟としてじゃなきゃ仲良くできるんじゃないかって。でも」


 面と向かって拒絶された。完膚なきまでに嫌われた。それも、事情を分かっている妹から、言葉はきつくとも正論を言われたという、それだけのことで。

 結局、俺が先輩と仲良くしたかったのは独り相撲で、相手からしたらどうでもよかったんじゃないか。


「もう、他人でいいよ」


「…翼はそれでいいの?」

 そう聞くひな姉は、迷子のような顔をしていた。


 ああ、ひな姉に相談してよかった。自分の頭がだんだん冷たく冴えてくるのを感じる。赤の他人がなんだ。結局高校に入る前に戻っただけじゃないか。それに、たとえ一言も話せなくてもひな姉はずっと俺の家族でいてくれる。先輩の家族だってひな姉がやってくれるだろう。十分じゃないか、そこにいるのが俺でなくたって。


「ひな姉だって、そのほうがいいだろ?」

「翼がそれでいいなら。私には何も言えない。けど…」

「俺とらんはきっと、ずっと家族じゃなかったんだよ」


 会話終了の合図にひな姉に背を向かる。重苦しいBGMが再び流れ出した。トイレ周囲に見知った気配を感じたが構わず自室へ向かう。


 ああ、でも、やはり今日は眠れなさそうだ。

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