採集
「風呂の用意ができました」
「あら、お疲れ様ぁ。じゃ、待っててよ。飲み過ぎで寝ないでよ」
「このくらいで酔うかよ」
クァズはニヤリと笑って酒瓶に口をつけた。
サンディはそれまでクァズにしなだれかかっていた体を起こすと風呂の方にいそいそと向かって行った。
俺はそんな二人を見ないようにして、奴らが食い散らかしたテーブルの上の食器を集めて竈の方に向かい、マジックボックスから水樽を出して食器を洗う。
クァズは俺が作った小屋の一つに向かい、ルツとアールはテーブルのそばの焚き火でなんかこそこそと話しはじめた。
本来なら野営の時に風呂なんか入らない。みんな生活スキルのクリーンで汚れを落とし討伐や狩りが終わって街に帰った時に宿の風呂に入るのが普通だと聞いた。
「長い野営だとクリーンだけじゃお肌に悪いのよね。土魔法ってお風呂を作れるのよ。野営でも毎晩足を伸ばせるお風呂に入りたいじゃない」
このパーティ入る時、サンディはそう言ってアールを味方につけクァズに俺の加入を後押しした。
確かに風呂はクリーンに比べるとスッキリ感が違う。クリーンは濡らしたタオルで体を拭いたような感じだからな。
大抵の女性冒険者はクリーンではなく野営の時でも風呂を使いたがるが、大抵のパーティではそれは叶わない。風呂には大量の水が必要だ。火魔法使いの冒険者に比べ、水魔法使いの冒険者は少ない。
特にここのような辺境の地だと大方の水魔法使いは土魔法使いと同様に開拓団なんかにスカウトされていくんだとおっちゃんが言ってた。
それでもクァズはサンディ達の我儘を聞いて俺を入れた。本当は荷物もちには食料や薪、水樽だけでなくメンバーのテントや予備の武器や私物も持たせる。だが俺には食料と大量の水樽を持たされた。
もちろん手持ちでも荷物を持たされるが、持ちきれない荷物が出る。それを各自自分のマジックボックスに入れるように言われて、1番割を食ったのが治療師の(ヒーラー)のルツだった。治療師はМP切れを起こさないようにМP回復薬や薬草をたくさん持つ。
それを整理するように言われて、マジックボックスの容量がそれ程多くなかったらしいルツは、私物を処分したと言っていたから、ルツが俺を嫌う理由はこれなんだと思う。
直接言われたことはないが、正式にパーティに入った初日から奴の態度は悪かったからな。
それでも、それは俺のせいじゃねぇ。
風呂を望んだのはサンディ達で、そうすると決めたのはリーダーのクァズだからな。
俺だって振りたくない土魔法に経験値振らさせて、自分の職業である剣士に振れなかったんだ。自分一人の為なら十分だったが小屋2軒に大型の竈やテーブルを一晩維持した上に火魔法に耐える防水処理した風呂まで作れるようになったのは最近だ。
今回の討伐からやっと剣士の職業に振れるようになったんだ。長い3ヶ月だった。
皿洗いを済ませ、捌いた一角ラビットの内蔵と残飯ゴミを少し深い穴を作って埋め、上に軽いコーティングを施す。夜中に血の臭いで魔物を呼ばないようにだ。
コーティングをかけ終わったら、ピロンと金属音がした。
ーん?
俺はステイタス画面を呼び出した。
「採集 NEW」
土魔法のところの成形、硬化、コーティングの下に新しい土魔法のスキルが表示されていた。
ー採集?
なんだコレ…。字面からなんか集めるっぽいな。
あ!
俺はしゃがみ込んで手を地面につけた。おっちゃんが言っていた「レベルがあがると土の中から金属や石を引き寄せる」やつかもしれない。
だったら試してみるに限る。俺はなにを採集しようかと悩んで小学校の実験でやったやつを思い浮かべた。
ー砂鉄
俺は心のなかでそう呟くと、掌がなんだか少しあったかくなった。
だが、それだけだった。
ーくそ。МPが足らないのか。
少し回復したがМPはギリギリだ。小瓶の残りを飲むか? いや、これ以上飲むと明日が地獄だ。ここは自然とМPが回復するのを待つ方が…
「あんた、なにやってんの?」
後ろから不意にアールに声をかけられた。ビクッとして振り返ると、風呂上がりのアールが背中越しに俺の手元を覗きんでいる。
「あ、いや、ゴミを埋めたんで、コーティングで蓋をしてたんだ」
咄嗟に嘘をついて、俺はすぐに立ち上がった。
「ふーん」
「そ、それよりなんか用なのか」
こいつらに俺の新しいスキルを気づかれるのは危険だ。俺は誤魔化すように手に払い、アールになんの用かと聞いた。
「まだ干し杏あったでしょう」
「あ? あぁ。まだある」
干し杏はアールの好物だ。こいつは風呂上がりに毎晩干し杏を取りに来る。
マジックボックスから干し杏の入った革袋を渡すと、アールは俺の顔をまじまじと見つめた。
「あんた…」
「な…なんだよ」
人のスキルの発現は他人にはわからない…はず…だ。そうはわかっていても、このタイミングで俺をじろじろと見ているアールに俺は焦っていた。
「痩せたら、少しはマトモな顔になってるじゃん」
「はぁ?」
痩せたんじゃねぇ! やつれたんだ!
そうだよ。俺は少しぽっちゃり体型だったよ。だがこの3ヶ月、マジックボックスに入りきれない荷物を持って手ぶらのお前らについていき、朝から晩までこき使われМPが枯れるまで土魔法を使わされ、ほぼ毎晩寝ずの番をさせられて、俺はどんどんやつれていき今や標準体型になった。
「ふ〜ん、悪くないんじゃない」
そう言ってアールは俺に近寄ってくる。
アールは外見だけなら美少女だ。その性格の悪さで総合評価はマイナスなくらい性格が悪い。下に見たやつは自分の奴隷とでも思っているくらい、自分のいいように使うし自分の都合のよい嘘もつく。
アールは自分の外見を自覚しているらしく、両腕で谷間を強調しながら小首を傾げ一歩俺に近づいた。
…ごくり。
ここで学生ならアールの肢体に見惚れるんだろうが、俺の頭の中には「痴漢冤罪、セクハラ冤罪」の二文字が浮かび上がった。
ーマズい。これ…陥れられるフラグだ!
俺はじりじりと後退り、アールと距離をとった。
「おい。アール、泥だんごと何やってんだ」
不機嫌な声のルツが俺を睨んでアールの後ろの木の陰から現れた。
「なぁにぃ? ルツったら待ちきれなかったの?」
アールは小悪魔のような笑顔を浮かべ、革袋から干し杏を取り出すと舐めるようにそれを齧りながらルツの側に近寄った。
ルツは俺をギロリと睨むと、何も言わずアールの腰に手を回して空いている小屋の方に向かっていった。
さすがに「土饅頭」呼びにはできませんでした 笑