おっちゃんと風呂桶
かぽっ
小瓶の蓋をあけ、一口だけ中身を口にした。舌に残る生臭い液体を我慢してゴクリと飲み込む。量を調整してできるだけ飲まないようにして体への負担を減らす為だ。
そして、小瓶の飲み口に指を付け回復薬を口元の傷口に塗った。さっきサンディに付けられた傷はみるみる消えていく。
粗悪品だが、МP回復薬は小傷も治せるから重宝されている。て言うか塗り薬として使われる方が多い。
冒険者に怪我はつきものだからな。
普通、パーティメンバーの怪我はどんな小傷もヒーラーが必ず確認する。小傷から体調を崩したり実は毒性のある攻撃を受けていたなんて、ザラにある話だからだ。
ところがこのパーティの治療師のルツは何のかんのと言いながら俺にヒールをかけるどころか確認すら嫌がる。こんな小傷なんか鼻で笑ってバカにするだけだ。
以前、突然現れた魔物に最後尾を歩いていた俺が襲われた時も奴は肩から血を流す俺に向かって「歩けるなら大した怪我じゃない。まだ討伐前に無駄なМP消費をするのはやだね。戦闘の時にМP切れるかもじゃん?」と宣った。
ヒーラーはパーティの要、発言権は強い。そりゃそうだ。ヒーラーは戦闘中、自分の判断で治療の匙加減や順番を決め、パーティを支援する。
早くしてくれと頼むことは出来ても、やるかどうかはヒーラー次第だ。結果、後回しにされて昇天した奴もたくさんいるらしい。
だからか、リーダーのクァズすらルツにはご機嫌をとるような事を言う。
死んだら終わりのこの世界で、パーティのヒーラーに嫌われるのは命取りだ。だからヒーラーには個人的感情に関わらずメンバーと接するという高潔な精神が必要だと教会の神官は言っていた。
ヒーラーを選択する者は一定期間教会の所属となり、そういう教育を受けなければいけないらしい。治療師という職業を持つルツも受けているはずだが、こいつにそんな片鱗はない。
足を骨折した時は俺が歩けなくなったので、クァズに言われて仕方なく一度ヒールをかけ骨折は治ったが、多分歩けるよう最低限度のヒールだったんだろう。暫くずきずきとした痛みは残った。
くそ、どいつもこいつも最低野郎共だ。
俺は適当な木の下に風呂桶を作った。浅い高さで一人が入れる程度の大きさの風呂桶だ。そして「硬化」と「コーティング」と唱えて表面に防水処理をする。
硬化は、文字通り土魔法で作ったものを硬くするスキルだ。彼奴等が使っていた椅子やテーブル、そして家全体にも硬化をかけてある。そうじゃないとすぐに崩れるからな。
コーティングは、物の上に石や金属の皮膜を張るスキルで硬化させた風呂桶の表面に薄いガラスをコーティングして防水処理をした。これで数時間は水を張ってても大丈夫になる。
ま、あれだな。車の撥水コーティングに似た感じだ。
そして俺はステイタス画面を見てМP残量が「2」になっているのを確認した。ギリギリМPが間にあったようだ。HPと違ってМPが0になっても死ぬことは無いが、酷い疲労感で動けなくなる。
まだ動けなくなるわけにはいかない。俺は小瓶を取り出し一舐めだけして、小瓶をマジックボックスに放り投げた。
そしてマジックボックスから水樽を取り出して、中の水を風呂桶に移す作業を始めた。水さえ張ればサンディが火魔法で勝手に沸かすからな。
俺は黙々とバケツで水樽から風呂桶に水を移しながら風呂桶にコーティングした薄いガラスに目を落とす。
「おっちゃん、元気にしてるかな」
硬化もコーティングも土木工事の依頼の時に同じ土魔法を持っている農家のおっちゃんから教わった。
轍でへこんだ街道を均し、硬化するのが土木工事の依頼だ。土魔法持ちはスキルで、土魔法持ちじゃないやつは道具を使って道を均す。
土魔法持ちはそのおっちゃんと俺だけで、おっちゃんは均しも硬化もやっていた。俺は最初は土魔法のレベルが低く、均しだけだったがおっちゃんは同じ土魔法使いだからと、色んなことを教えてくれた。
レベルがあがると土の中から金属や石を引き寄せたり、均した土の上にタイルのように変化させ貼ることもできるらしい。
おっちゃんはそのレベルじゃないそうだが、農家に必要な畔や土塀を作ったりできるから村で重宝されていると自慢していた。
メッキのように金や銀を彫刻なんかに均一に施せるようになると結構な金になるとも教わった。
確かにドラグーンブレイブでも土魔法使いが売ってたアイテムにはそんな感じの物が多かったなと思いながらおっちゃんの話を聞いていた。
良い仕上がりにするには何でもイメージが大事だと教えてくれて「良いものを見るんだぞ、見ないとイメージが固まらないが、こんな辺境じゃ城壁の大扉がせいぜいだがな」と笑っていた。
おっちゃんに教わってすぐ、俺は城壁の大扉を見に行った。大扉には硬い木材の上に鉄がコーティングされ、その上に防錆の為か硬質ガラスがコーティングされていた。
車のガラスコーティングをイメージした俺は、小さな石を握ってコーティングと念じる。
開いた手のひらに綺麗にガラスコーティングされキラキラ輝いていた石を見て「やったぜ!」とガッツポーズをとったら、ピロンと機械音がした。
慌ててステイタス画面を見ると土魔法のとこに追加スキルを見つけた。
「コーティング NEW」と表示されていた。
おっちゃんに話すと、おっちゃんは我が事のように喜んでくれて色々小さなコツを教えてくれた。おっちゃんのおかげでコーティングもすぐにコツを掴み、暫くすると「硬化」もできるようになった。
土木工事の依頼も終わり、村に帰るおっちゃんは別れ際に「土魔法使いの農家はいいぞ。村の娘にモテモテだからな。気が向いたら俺の村にこいよ。丈夫な畔の作り方教えてやるからよ」と言って帰って行った。
「あー、なんか畑耕すのもよく思えてきたな」
風呂桶に水を張り終わった俺は、木の枝に大判の布をかけると、サンディを呼びにクァズの所に向かった。