苦痛の日々
「おい、さっさと用意しろよ。腹減ってんだよ。俺らは体張って戦ってんだ。後にいてちょこっと一太刀浴びせるだけのお前と違ってな。飯くらい俺らがすぐに食えるようにしておけよな」
「ほんと、いつまで経ってもグズなのよねぇ。いつになったら一人前になるのかなぁ。永遠に無理かなぁ。底辺って悲しいね」
「おいおい、そのくらいにしておけ。何もサボってる訳じゃねぇんだよ。ちぃっと、手が遅いだけなんだよ」
「……もうすぐです」
治療師のクソガキのルツが、偉そうにテーブルの上に足を投げ出して俺に文句をたれ、その横で魔法使いのクソ女のアールがルツの言葉に乗って嘲りの言葉を吐く。
宥めるような言葉を吐いたリーダーのクァズも、言葉通りにフォローをしているんじゃなくて俺を小馬鹿にしているのがわかる。
ニヤニヤとこっちを見ながら、持参した酒を飲んでいるからだ。
ちっ、くそっ。
お前ら、仕留め終わったモンスターからジェム取り出した後の面倒な始末は俺に丸投げのくせして、偉そうに。
そう思ったが、顔に出さずに淡々と返した。
さっき捌き終わったデカいウサギに似た一角ラビットの剥いだ皮と肉と肝臓を、マジックボックスから出した水で手早く洗い肉と肝臓は持ってきたヨーグルトに漬け込んで、マジックボックスにしまった。
作っておいた土竈の中では、大鍋にワイルドボアのシチューがグツグツと煮えていた。仕上げにマジックボックスから取り出したミルクを入れ塩で味を整える。
黒パンを人数分厚めに切って、鍋と一緒にパーティのみんなのところに持っていく。俺が作った土製のテーブルに置きどんぶりのような木のボールにとりわけ「どうぞ」と言うと、いただきますも言わねぇでみんなでがっつき始めた。
圧迫面接から三ヶ月、俺はこのパワハラパーティ「ドラゴンズネスト」の荷物持ち兼雑用係として働いている。
メンバーはリーダーの剣士のクァズ。レベルは38。ドラグーンブレイブで38といえばかなり低い。バトル勢も俺も当時最高レベルの136だった。
だがギルドでの説明では地方ギルド所属の冒険者だと、上級に入るらしい。子供時代がレベル10以下、新米・底辺冒険者はレベル10台、中級がレベル20台、上級冒険者が30台になるという。
レベル40を超えるようになると、国から声がかかり国所属の冒険者となる。そうなったら国が指定する地方に行き、そこのギルドに所属する。
特典として赴任先のギルドでパーティメンバーを選べたり(半強制的に指名できる)毎月ある程度の固定給が出る。あと所属した日に討伐で死んでも家族に年金がつくらしい。子どもは成人まで、奥さんは死ぬまで。
だから大半の冒険者はレベル40を目指す。冒険者としての盛りが過ぎていても指導者や指揮者として重宝されるからだ。
リーダーのクァズもこれを目指しているらしい。
うへぇ。赴任先のギルドはご愁傷さまだよな。まぁ…上司がクソなのはどの世界も同じだよな。
これが血統に乗る強力な固定スキルを持っている貴族なんかは、成人したてでレベル40ぐらいなんだと。攻撃系の固定スキル持ちの数は少なく、女性でも攻撃系のスキル持ちは軍所属になるらしい。
この国で一番強いのは火魔法持ちの将軍でレベルは74。周辺国の中でも群を抜いていると聞いた。伝説の勇者様達はレベル99なんだとさ。
俺のアカウントはレベル136だったから、そのまま引き継げていたら神レベルだよ。そしたらお前らなんか一捻りだと、俺は心のなかで毒づきながら寝床の用意をするために奴から少し離れた場所を移動する。
「ぬん!」
頭の中で二人用の小屋をイメージする。みるみる少し小さな小屋が土から生えるように出来上がる。屈まないと入れないが、どうせ一晩で消える寝るだけの家だ。マジックボックスから藁の束をいくつか取り出し、分厚い麻のシーツと毛布をかけて簡易ベッドを作ってから、入り口に扉代わりの布をつけた。
まだ食っている奴らを横目に見て反対側に行き、同じような家を作った。ごっそり力が抜けていくというか、酷い疲労感に襲われる。
「少し休まないとな」
このパーティに入った時に、稼いだ経験値は全て土魔法に振る事を条件つけられた。要はパーティメンバーの快適性を高める為に、俺を都合よく使いたいからだ。
普通は、持って生まれた固定スキルー俺の場合は土魔法ーを活かした職業につくか、成人までに色んな職業を体験して成人の儀の時に望む職業を教会でつけてもらう。
ドラグーンブレイブでは教会で頼めば無料で好きに転職できた。だけど、この世界では初回無料(神からの祝福だってさ)だが、その後の転職には莫大な金がかかるらしい。俺は迷わず教会で剣士の職業を選んだ。
まともなパーティなら個人のスキル振りに口出ししない。自分の稼いだ経験値の配分は自分で決めるのが普通だ。割り振った経験値は振りなおせない。だから、みんな将来の事を考えて経験値を割り振る。
たが、どうしてもパーティに所属したかった俺はそれの条件を呑んだ。ただし土魔法で家と風呂桶を作れるまでだ。それ以降のスキル振りは俺の自由にさせて貰いたいと交渉すると、奴らも荷物持ちが欲しかったのかそれで交渉は成立した。
だるい体を引きずって竈のところに戻ると、食事を済ませたサンディが、俺の所にやってきた。
「ねぇ、お風呂は?」
「もう少しかかります。今家を作ったんで、少し休まないとМPが回復しなくて」
「あらあら、足りない子ちゃんねぇ。しょうがないわね。これ、あげるから早く作ってくれる?」
サンディは自分のマジックボックスからМP回復薬が入った小瓶を取り出すと、俺に投げた。
これは粗悪品の回復薬で、飲めば確かにМPを少し回復させるが、その後に酷いダルさに襲われるやつなんだ。以前にも飲まされて酷い目にあったんだよな。
「あ…あの。大丈夫です。少し休めば…。どわっ!! 」
俺の足元に小さな火球がいくつか飛ぶ。飛び跳ねて避けたが、そのうちの一つがズボンの裾を焦がしたので、あわてて叩いて火消しをしていると、サンディは魔法使いのスティックで俺の顎をぐいっと突いた。
「人の親切は、素直に受け取るものよ。それに、いつも言ってるでしょう? 食後にいつでもお風呂に入れるようにしておいてって」
「……すいません。今日は捌く奴が多くて時間がなくて…」
「言い訳は聞きたくないわね」
スティックの先が尖るような感触を感じて、俺は仰け反るように頭を後にやった。
ぴりっ。
唇の端から鉄の味した。
尻もちをつく俺に、サンディは「あら、すばやさは増えたんじゃない」と氷の刃が付いたスティックをぐるぐると回しながらにやつく。
「いーい? 今すぐそれ飲んで用意するの。できたら呼ぶのよ」
そう言ってサンディは、ニヤニヤ笑っているクァズのもとに向かっていった。
リーダーの名前を変更しました。
ジャギから、クズ男→クーズ、クズー(しっくりこない)→クァズです