ダンジョン到着
「おい! 起きろよ!」
「ぐっ!」
ウトウトしていたら、脇腹の強い痛みで目が覚めた。
ルツが不機嫌な顔で腕組みし、俺を睨んでいた。どうやらこいつは俺の脇腹を蹴ったようだ。
「寝ずの番が寝てんじゃねぇよ! ほんと役ただすだな! さっさと朝飯作れや」
周りを見回すと薄っすらと夜が明け始めている。
本当はルツが夜中に俺と代わり、朝までの寝ずの番はルツの番だったが、こいつは今まで一度も時間通りに来たことはない。
みんなが起きてくる直前に俺と代わって、クァズ達にはさも自分が寝ずの番をしたフリをしていた。俺がこの3ヶ月殆ど寝れなかったのはコイツのせいだ。クァズはちゃんと代わってくれるが、ルツの振る舞いには目を瞑っている。
一度どうにかしてくれとクァズに訴えたが、「ルツは若いんだから察してやれよ」と、笑ってごまかされた。
だから俺は黙って朝飯の支度を始めた。
他の奴らが朝飯をがっついていた頃、俺は竈の陰に隠れて地面に手を置くと砂鉄と念じながら小さな声で「採集」と呟いた。
シシューと細かい振動が伝わって掌にほんのりとした熱が伝わる。掌を返すとそこには一掴み程の黒い丸い石が現れた。
ーやったぜーーー!
これで土の中から砂鉄が取り出せる! 砂鉄は剣の材料だ。それだけでなく農具や鍋釜の材料としてどこでも需要がある。これで俺は一人でも金を稼ぐ術を手に入れた。あとは量次第だ。
ーこれでこのクソパーティとも、この討伐でおさらばだ!
「おい、なにやってんだ。さっさと片付けろよ。いくぞ」
「あ、はい」
後ろから不意にクァズに声をかけられ、俺は慌てて初めて採集した砂鉄の塊をマジックボックスに放り込んで、いつものように無表情で片付けを始める。
前の世界でもそうだが、会社で辞職の気配を悟られるのはまずい。仲がいいと思っていた同僚に口を滑らせ社内に噂が回って居心地が悪くなったり、最悪妨害が入ったりするもんな。
労働基準局があった前の世界でもそうなんだ。法律なんてあってないようなこの世界では、気に入らねぇってだけで怪我をさせられたり最悪殺されたりしかねない。
実際、ルツはそういう事を俺にやっていた。だからこの討伐が終わるまで態度を変えず、目立たないようにしようと思った。
今回の討伐の目的地は、中級者向けのダンジョンだ。いくつかある中級者向けの中では比較的攻略が簡単な方でルツとアールには『丁度いい』とクァズが選んだダンジョンだ。
「はぁ? そう言ってた前のダンジョンはあっさりだったじゃんか。もっと手応えがあるんじゃなきゃ、やる気でねぇな」
ルツが不服そうにぼやく。
「そう言うな。冒険者には練度も重要だ。安定的に倒せる為に、何度か同じレベルのボスを倒すのは大事なことだぞ」
クァズが笑いながらルツを宥めると、サンディもそうそうと頷く。
「それにこのダンジョンのボスを倒したら、あんた達『丁度』レベルが1つ上がるんじゃない?」
「え? ほんと?」
それまで不服そうな顔をしていたアールが驚いた顔をしてサンディに聞き返した。
「あぁ、俺達の計算ならな」
「やりい! じゃさっさと倒して帰ろうぜ」
にやりと笑い合うクァズとサンディと、盛り上がるルツとアールを俺はシラケて見ていた。
ダンジョンの中に入る前、いつものようにクァズはダンジョンの説明を始めた。
ダンジョンは3階層、1階層目に雑魚モンスターが多数出てきて2階層目に中ボスとそこそこ手強いモンスターがいる。そして3階層目にダンジョンボスがいるという簡単すぎるいつもの説明だ。
作戦はいつものようにボス戦はルツが囮で敵を引きつけ、クァズが盾役でサンディとアールが攻撃するって奴だ。
ー毎回思うが、それって説明かよ。もっとどんな種類のボスで、気をつける事とか弱点はこれだとか教えないのかよ。
一応冒険者の能力の1つに討伐モンスター辞典みたいなものはある。ステータスを開いた時に倒した魔物に関しての情報が載るが、魔物の細かい癖とか効率の良い倒し方は載らない。それは個人の知識になる。
初心者や経験の浅い冒険者は、経験者からそれらを実践で教わりながら腕を磨いていく。蘇生や欠損部位を再生させるヒーラーもいるが、そんな奴らは軍に所属して冒険者の中にいるのは稀だ。
大金を積めば大都市の教会でやってもらえるが、こんな辺境の教会にそんな腕利きのヒーラーは居ない。だから大抵の冒険者は、大怪我をしない為に慎重に経験を積んでいく。
ーま、そんな雑な説明で勝ててるって事は、こいつらそれなりに戦闘センスがあるって事だよな。
この3ヶ月後ろでこいつらの戦闘を見ていたが、ルツの支援は割と的確だった。クァズとサンディは経験があるだけに安全マージンを取って戦うが、アールは危険な賭けに出る戦い方をする。
ルツはそれを予見してアールに手厚い回復をかけていく。正直無駄じゃね?って思うくらいだが、そこは愛の力なのか二人の息は合っていた。
いつものクァズの説明と違ったのは、クァズの言葉の最後だった。
「今日の1階層の魔物は、タクヤお前が全部倒せ」
「は? 俺だけで?」
「今回から剣士として本格的に参加するんだろ?」
「えー、すぐ大怪我して役に立たなくなるんじゃなーい?」
「俺を頼んなよ。回復薬使えよな」
アールが茶化してクスクスと笑う横で、ルツが不機嫌そうに俺を睨む。俺だってお前に頼りたくねーよ!
「そういう約束ですが……荷物どうするんですか。背負ったままじゃ動けませんよ」
「マジックボックスの中の空いた水樽をそこに置いてけよ。背中の荷物はそこに入れればいい」
クァズが顎で指した先は背の高い草が生い茂っていて樽くらい隠れる背丈があった。
「こんなとこで空の樽なんか盗ってく奴なんかいねぇよ」
「はぁ」
俺は言われるがままマジックボックスの中から空の水樽を出し、背負っていた荷物をマジックボックスに詰めた。




