きっかけはVRゴーグル
「っ! いてて」
体が少し軋む。目をつぶっていてもわかる眩しい光を感じて体を起こすと、目の前には草原が広がっていた。ピピピと鳥が空高く飛んでさえずっている。
のどかだ。旅行に来ているなら記念に写真をとってもいいくらいの景色だった。
「はぁ?!」
振り返ると森がある。
「え? え?」
自分を見ると、少し襟口が伸びたセーターに泥だらけのジャンパーとジーンズ。擦り傷のある手。
頭を抱えて必死に思い出す。
ーそうだ。俺、新発売のVRゴーグルを手に入れたんだ。
何度言っても置き配しやがる宅配業者のせいで、何度か頼んでいた荷物を盗まれた。保証はされるが業者とのやり取りが面倒だし、時間が無駄だ。ゲームができなくなる。
だから、今回は駅前のコンビニに配達先を変えた。
コンビニから荷物を受け取って帰る途中、4人組の外国人に襲われたんだ!
VRゴーグルを探して周りを見回すが、そこにはただの雑草しか見当たらない。
「ちくしょう! 俺のゴーグルっ!」
握りしめた拳で地面を叩く。
「いってぇぇ」
殴ったはいいが小石の痛さで頭がはっきりしてくる。襲われたのは、夕方のコンビニ近くの繁華街だったはずだ。
「あれ? ここ、どこだ」
ぽつんとひとり佇む俺の前を風が一陣、吹いていった。
「いや、本当に助かりました」
「なに、いいってことよ。怪我人を見つけたら、近くの街まで同行するってのがギルドの掟だからよ」
「ああ、あんたは運が良かったぜ。日が沈んだらあの辺りは危険だからな」
あのあと、ぼぅっと呆けていたら森の中から獣の叫び声が聞こえて、慌てて草むらに隠れていたら彼らパーティに出会ったのだ。人の大きさ位もあるイノシシに似た奴を仕留めていた彼らはダン、カレラ、ヤーンにユーマの四人組のパーティだ。
良い奴らか悪い奴らかわからなかったが、ここに一人でいるよりはいい。
俺は、仕留めたイノシシを前になにか話している彼らに遠くから「おーい」と、声をかけながら近づく。
一番うしろのやつが、俺の声に気がついて振り返った。
「ぎゃーーー」
「え?」
パーティの紅一点のカレラの叫び声に、ほかのメンバーが剣を握って振り向くと、頭からダラダラ血を流している俺が、そこにいた。
カレラに傷の手当をしてもらっている間、改めておかしいことに気がつく。
どうみても彼らは日本人ではない。白人や中東系の濃い顔をしている。だが、言葉は通じるようだ。おしゃべりなカレラの話によると、リーダーは剣士のダン。同じく剣士のヤーン。魔法使いのカレラとカレラの弟で魔法使い見習いのユーマ。彼らは冒険者のパーティで今日は依頼があったワイルドボアの駆除にきていたという。
ワイルドボアは、さっきのイノシシに似たやつだ。繁殖期に入る前によく依頼される魔物らしい。
ーちょっと待てよ。絶対普通じゃないって!
そうは思っても口にはだせずに、手際よく解体されていくワイルドボアとカレラをちらちらと交互に盗み見る。目の前で水薬で傷を拭ってくれているカレラは赤い髪に赤い瞳をしていた。
なんとなく見覚えのあるNPCに似ている。
「ところで、あんたなんていう名前なの」
「拓哉」
「タクヤ。ふーん、変わった名前ね」
ー悪かったな。母親が大ファンっていうやつの名前つけられたんだよ。お陰でイジられて嫌な思い出しかねーよ。
手当してもらっている手前、あからさまに悪態はつけずーその気概もないがー黙っていた。
「あの、ここってどこですか?」
「は? ここはどこって…。ああ、森で迷っていたんならわかんないか。ここはマルティナ国の国境よ」
「マルティナ国?!」
俺の大きな声に、みんなが驚いて手を止めた。
やばい、それが本当なら俺が今やっているゲームの中の国名だ。いや、おかしいだろ。なんで俺がゲームの中にいるんだ?
ぐるぐると考えていると思い出した!
そう襲われた時に、俺はVRゴーグルを奪われまいと必死に抵抗した。ボコボコにされてもゴーグルを守って…、そして見上げた俺に硬い何かが振り下ろされた。
頭に走る激しい痛み。絹を裂くような女の悲鳴と、ぷちっとした感覚と生暖かいなにか。薄れゆく意識の中で思ったのは、やっているゲームに対して未練だった。
「ちくしょう……、レベあげやって金策やって、やっといい錬金つけた装備を買ったっていうのに。帰ったらすぐやろうって思って離席のまんまにしてるんだよ。返せよ…、俺の…三…連休」
あれが俺の最後だったのか。
人生の最後で強く思ったのは、やり込み損ねたゲームへの未練だったとは、我ながら笑う。
男性が主役のお話を書きたくて、書き始めました。
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