黒猫ツバキ、恐るべき闇と戦った女神たちの壮絶な体験談を聞く(前編)
登場キャラ紹介
・アマテラス……天照大神。日本神話の太陽神にして最高神。外見は15歳くらい。巫女の格好をしている。1人称は「妾」。ツバキからは「アマちゃん様」と呼ばれている。しょっちゅう、コンデッサの家に遊びに来る。かなりのポンコツ。
※この回ではアマテラス以外にも、ギリシャ神話のアテナ・北欧神話のフレイヤ・インド神話のカーリー・中国神話の西王母が登場します。全員、女神です。
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。……の外れにある、魔女コンデッサのお家。
冬の寒い日。
コンデッサは自宅で鍋料理を作り、その味を楽しんでいた。彼女の使い魔である黒猫のツバキも、当然ながら(?)一緒に食事をする。
「いや~。冬に食べる鍋料理は最高だな! ツバキ」
「まったくだニャン。ご主人様の作ってくれた鍋のご馳走は、とっても美味しいニャ!」
「ツバキは猫なのに、鍋料理を食べるのか。不条理じゃな」
仲良く会話を交わす主従へ、巫女姿の変な少女が声を掛けてきた。鍋の中の具材を、お玉杓子ですくいながら。
「アマテラス様。いつの間に、出現されたのですか?」
「気が付いたら、アマちゃん様が部屋の中に居るのニャン。そして、ごく自然に鍋料理を頂いているのニャ。そっちの状況のほうが、よっぽど不条理にゃ」
少女の正体は、日本神話の女神アマテラスであった。
コンデッサたちの鍋パーティーに、ちゃっかり参加している。
「知っておくが良いぞ、コンデッサとツバキ。鍋パーティーは、参加メンバーが増えるほど、楽しさもアップするのじゃ」
「メンバーが増えれば、その分だけ、自分が食べることの出来る量も減りますけどね」
「ご主人様。大目に見てあげるニャン。アマちゃん様も、こんにゃに喜んでるんニャから……」
「ツバキは親切じゃのう。美味しい鍋料理を作ってくれたコンデッサへも、妾は心より感謝する」
コンデッサへ、ペコリと頭を下げるアマテラス。
「やれやれ……アマテラス様が、我が家で食事をするのはいつもの事ですから、もう慣れましたよ」
なんだかんだと、コンデッサもツバキも優しいのであった。
ちなみにツバキは猫舌なので、鍋料理をコンデッサに小皿へと分けてもらった後、少し冷ましてから頂いている。
鍋を囲んでの楽しい食事中、ふと、アマテラスが呟きを漏らす。
「鍋パーティーをしていると、あの時のことを思い出すのぅ……」
「〝あの時〟とは、なんでしょう?」
気になってコンデッサが尋ねると、アマテラスは遠くを見る眼差しになった。実際に彼女が目にしているのは、鍋から立ちのぼっている湯気であるが。
「かつて、世界各地の女神たちが力を合わせて〝恐るべき闇〟と戦った……そんな時があったのじゃ」
「〝闇〟……怖いニャン」
ツバキが怯える。
コンデッサは『なんで、鍋料理を食べると、戦いを思い出すんだろう? 意味が分からない』と疑問に思った。
「うむ。あれは、壮絶なる死闘であった。妾はもちろん、アテナたちも頑張ったのじゃが、闇が持つ圧倒的脅威の前には手も足も出ず、やむなく、それぞれの神話の主神や父神や他の神々の力を借りて、ようやく勝利することが出来たのじゃ」
「それほどまでに強大な闇とは……その正体は、いったい何なのです?」
「教えて欲しいニャン」
「説明しよう! ある日のことじゃ。日本神話の妾・ギリシャ神話のアテナ・北欧神話のフレイヤ・インド神話のカーリー・中国神話の西王母が集まって『皆で、何か楽しいことをしたいな~。そうだ! 鍋パーティーをしよう!』ということになった」
「世界の女神様たちも、案外、ヒマなんですね」
「どんにゃ鍋料理を作ったニョ?」
「スタンダードな煮込み料理である、寄せ鍋じゃ。パーティー当日、どの女神も、各々が好きな食材を持ってきた。それで、デッカい鍋に湯を沸かし、どんどん中に放り込んだ」
「どんどん……ですか」
「どんどん……ニャのね」
「そうじゃ。どんどんじゃ。妾は大量のおにぎりと梅干し、アテナは大量のチーズとブロッコリー、フレイヤは酢に漬けた大量のニシン、カーリーは大量のバナナとマンゴー、西王母は大量の桃とキュウリを、鍋の中に入れた」
「全て、鍋料理の材料としては不適当に思えますが……」
「どれも、鍋の中に入れないほうが、美味しく頂けそうニャン」
「それ以外にもイロイロと、よく分からない肉や魚などを、鍋の中に入れた」
「…………」
「表現が、不穏すぎるニャ」
「そうそう。鍋料理の汁……スープも大事じゃな。妾は、信州みそを提供したぞ。お湯で溶かしたのを、大量に」
「また、大量ですか」
「大量にゃん」
「あと妾が手作りした秘伝のタレも、大量に鍋へ投入した」
「手作りの秘伝……」
「うさんくさい響きニャン」
「アテナは、オリーブ油をドバドバと鍋の中に入れていたな。赤ワインもゴボゴボ入れておったな」
「トバドバ……ですか」
「ゴボゴボ……にゃん」
「フレイヤは『隠し味よ!』と自信満々に、リンゴジャムを鍋に――」
「リンゴジャム……ですか」
「もう聞きたく無いにゃん」
「カーリーは『極上のカレースープを作るの~』と言いながら、山のような量の香辛料を鍋の中に混ぜ込んだ」
「…………」
「……ニャン」
「西王母は『健康のために牛乳を!』と声高らかに述べて、白いミルクをたっぷりと鍋の中に注ぎ込んだ」
「…………」
「……ニャン」
「……あの」
「なんじゃ? コンデッサ」
「アマテラス様が、いま仰った食材やスープの素は、残らず全部、1つの鍋の中に入れられたのですか?」
「もちろんじゃ! パーティーのために、特別に大きい鍋を用意したからの」
胸を張って、アマテラスが言う。偉そうだ。
「で、アマちゃん様。鍋の中は、どうニャったの?」
「なんか、凄いことになった。色も香りも見た目も、漂う雰囲気も、圧迫感も」
「…………」
「……ニャン」
「鍋料理は出来上がったのに、どの女神も食べようとはしなかった」
「……でしょうね」
「当たり前ニャン」
「正直、後悔した」
「…………」
「……ニャン」
「鍋の中は〝恐るべき闇〟の様相を呈していた」
「早い話が、無自覚のうちに《闇鍋》を作っていたわけですね」
「それが、闇の正体だったのニャ」
「闇と化した鍋料理を前にして、妾たちは途方に暮れた。作っている最中はハッピーな気持ちであったが、どうしてあんなにテンションが高かったのか、どうしてあんなに躊躇が無かったのか……冷静になって考えれば、謎でしか無い」
「鍋料理を作っているときは、異常に気分が高揚しますからね」
「鍋の魅力は絶大なのニャ」
「闇の鍋……つまりは闇鍋料理をどうするべきか、妾たちは話し合った。ぶっちゃけ〝捨てる〟という選択肢もあった」
「それは――」
「確かに、しょうがないかもしれないニャン」
「じゃが、妾もアテナもフレイヤもカーリーも西王母も、誇り高き女神! 『食べ物を大事にしなければ!』との熱き心は、皆、共通して持っておったのじゃ」
「ご立派です」
「自分たちでは食べられない闇鍋を作った以上、アマちゃん様たちは全然、食べ物を大事にして無いニャ」
「そのようなわけで、闇鍋の中身を皆で分け合って、それを各自の神話の別の神たちに、押しつけ……もとい、プレゼントすることにした」
「酷い話ですね」
「強要は、いけないと思うニャ」
アマテラスたちの「闇鍋を他の神様へプレゼントし(押しつけ)よう!」作戦は、上手くいくのか? 後編に続きます。