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しずくへ
しずくとは三年生になって一番最初に話したね。
今でもあの時声かけて良かったなって思ってるよ。
しずくはあまり好きじゃないって言ってたけど私は海瀬しずくって名前がすごく好き。私の大好きな海が入ってるし名前を呼ぶたびに家族で行った海を思い浮かべたりしてたよ。
しずくのおかげで私の最後は楽しい思い出で溢れてたし、しずくと和馬のおかげで最後は夢にも向かおうと思えた。ありがとう。
結局説得はうまくできなかったんだけどね。
一度だけしずくに強く言っちゃったことがあったよね。あの時はごめんね。
私にとってしずくは自然でいられる存在だったし、自然な私のまんまでい続けたかった。しずくの知らないもう一つの私の生活を知ったら嫌われちゃうと思ってあの時は急に強く当たっちゃった。
もししずくがもう一つの私に気付いてたら、いや、もしかしたら気付いてたのかもしれないどっちにしても、いつも通りの関係でいれたからきっと楽しかったし。私はそれを壊したくなかった。
辛いことばかりだったけど最後はしずくたちとの楽しくて温かい思い出が胸にあるうち死ぬことができて私は幸せだったよ。
少し嘘をついちゃった部分もあったし、隠していた事もあってごめんね。
ずっとしずくのことが大好きだったよ。一緒に映画に行けて嬉しかったしあの時勇気を出して誘って良かったなって今でも思ってる。
こんな形で2人と離れる事になってごめんね。
私が一番2人との時間が続けばいいのになんて口にしてたのに私から離れる事になってごめんね。
でも私は、、、
最後の文を読もうとして涙が溢れかえった。
僕は優香のことを何も知らなかった。あんなに仲がいいと思っていたのに知らないことが沢山あったことを知った。
それに、僕が知らなかった優香は一体どんな事があったのかどんな辛いことがあってこんな事になってしまったのかわからずにいた。
隣にいた和馬も咽び泣いていた。
「そんなわけないです!」
大きな声を出していたことに自分でも思ったけれど心の底から出た言葉だった。
「すみません、でも優香はついこないだまで僕たちと楽しく過ごしていたんです。自分で死ぬなんて、そんなわけないんです、、」
「今日はお辛いかと思うのでまた日を改めて話を聞かせてください」
そういって刑事さんは僕たちにそのまま自宅へ帰るように伝えた。
そんなわけないと伝えても刑事さんの表情は一切変わることはなくてやっぱり事実なんだと突きつけられる。
家についてからは姉とも誰とも話すことなく部屋に篭った。
部屋の中で、泣き続けた。
スマホの中には3人で撮ったたくさんの写真、和馬の試合や文化祭、カフェでの写真と色々な思い出がそこには詰まっていた。
優香に言われて撮った映画を見に行った時のツーショットを見ながら遺書の中にあった大好きと言う言葉が頭の中を巡る。
僕は優香のことが友達として好きだったし優香もそうだと思っていた。もしかしたらそうじゃなかったのかもしれない。
それも今となっては分からなくなってしまったし、優香に聞くとも出来ない。
本当の意味で過去のものとなってしまったこと。これからはこの写真が更新されていく事はない事実にただ涙を流した。
次の日学校へ行くと、改めて刑事さんが来ており話をすることとなった。
和馬とは別々に呼ばれて刑事さんの質問に答える。
「ここ数日鮎坂さんに変わった様子はありましたか」
そう聞かれて僕は最近の様子を思い返す。しかし、どんなに考えても変わった様子は思い当たらず、「いいえ特に」としか答えることができなかった。
「日常の中での彼女の様子は」と聞かれ
思い出して泣きそうになりながらも
「普段は明るく元気な子でした。3人でいつもお昼を食べたり放課後に鮎坂さんのバイトしているカフェに行ったりしていました。鮎坂さんはバイトに入ることが多くて、放課後も土日も働いていることが多かったです。」
「何か気になる事はありましたか」
「特に気になる事はなかったです。今でも亡くなったことが信じられないくらいに。」
「ご家庭での事は何か言っていましたか」
そう言われ僕はハッとする。優香から家の事は全然聞いたことがなかった。もしかしたら優香のもう一つの生活は家庭での事なのかもしれないと思った。
「前に、高校卒業後は働いてほしいと親から言われていると言っていました。それと、、あまり関係ないかもしれないですが鮎坂さんが以前仲の良かった友達と家庭のことについて言われて喧嘩をしたと言っているのを聞いたことがあります。」
「他にはなにか」
他にと言われてもあまり浮かびはしなかったが一つだけ妙に引っかかる事があった。きっと関係ないと言い聞かせながら刑事さんにそれを伝える。
「鮎坂さんは将来はカウンセラーになりたいと言っていました。そのために大学と大学院に行きたいけれど親が許してくれるかわからない、説得すると言っていました。それと遺書の中で、、説得はうまくいかなかったと書いてありました。」
「そうですか」そう表情変えずに刑事さんは答える。
それ以上のことは何もわからなかった。優香が説得をしようとした日にどんなやり取りがあったのか、その中でどのように説得してどう断られてしまったのかは僕にはわからないしわかるすべもなかった。
「ありがとうございました」と言われ質問がここで終わる。
応接室を出て、和馬と交代をする。
和馬を待っている間に妙に引っかかっていた事が頭に残る。
もし優香が説得できなかった事で亡くなっていたらどうしようか、僕が勧めたからじゃないかと思えてくる。
もし、そうなら僕は何も知らずに優香に無責任な事を言って追い込んでしまったのではないかと考える。
しばらくして和馬も応接室から出てきて僕たちは教室へと戻る。
それからの僕たちはどこか空虚なままに日々を過ごしていた。
定期考査に向けた勉強や受験に向けた勉強、やらなければいけない事はたくさんあった。
でも僕は何か大切なものがこぼれ落ちてしまったように何をするにも気が向かずにいた。
日に日に時間が過ぎていく中で僕たち2人は自然と会話も減りそれぞれの時間を過ごす事も増えていった。
仲が悪くなった訳でもなくただごく自然と距離ができていく。
それからも何度か刑事さんから話を聞かれる事もあったが基本的に内容は変わらず僕からは特別何か新しい情報が出る事はなかった。
これまでの期間で、何度も僕自身が優香のことについて考える事があった。その度にやはり、もう一つの生活について知る事が本当の意味で彼女を知る事になるのだと思った。
お通夜に参列した際に、優香の家族は4人家族だという事を知った。
歳の離れた弟と両親がおり、両親は僕たちの世代にしては若い方だという印象を持った。2人とも下を向いていてあまり表情は見えなかったけれど優香にとってのもう一つの生活、それはきっとこの家族に関係があると思った。
優香の弟はまだ小さくてたくさんの人が参列していることに戸惑っている様子だったけどその横にいるお母さんの表情が少しだけ見えた。
当然のように優香のお母さんは大粒の涙を流しながら泣いていて、その横にいるお父さんの表情はあまり見えなかった。
きっと悲しいに決まっているし、僕と同じように何か後悔だってあるはず。何があったのかは知らないけれど、僕はただ一瞬映った優香のお母さんの表情が泣いていたこと、優香が死んでこんなに涙を流している事が優雅に伝わっていれば良いなと思った。
それから優香のことを思い返していく中でいくつかの疑問が生まれた。
なぜ受験生だというのにあんなにもバイトに打ち込んでいたのか。
国立を目指すのであればなおのこと、勉強にもっと時間を使っても良かったのではないか。
優香はバイトばかりにしては成績も良かったし、授業中に寝ているところも見たことがなかった。
そんな優香だから将来の夢を叶えられると思っていたし、叶えてほしいと思っていた。
不思議なことと言えば服装についてだ、優香はいつも長袖を着ていた。和馬の応援に行った時も暑い日だったというのに優香はいつも通り長袖を着ていた。
日焼けしたくないと言われれば今時の高校生らしくて普通かもしれないけれど。
でも優香のそれは異常なほどのこだわりで学校にいる時も長袖のシャツを着ていることしか見たことがなかった。
優香は肌を見られるのが好きじゃないと言っていたけど、もしかしたら何か見られたくないものがあったのかもしれない。
そんな疑問を持っても解消されることはなく、時間だけがただ過ぎていった。
それから僕は受験に向けて勉強を日々進めていく。
「しずく行きたい大学決まってるの?」
ふと姉ちゃんが言葉にした。
決まっていない訳ではないけれど、特に理由があって決めた訳ではなかった。
このまんま大した理由もなく進学をしていいのだろうか。僕はもっと意味を持って進学という大きな節目を迎えるべきなのではないだろうか。
受験生なら誰もが持つ当たり前の疑問を前にしながら、他の受験生とは違ったもう一つの理由があった。
優香のことをこんなにも知らなかった僕は、優香が目指していたカウンセラーのような人の心に寄り添いその人を知る仕事に就くべきなのではないだろうか。それが知らなかった僕が今できる一番な行いなのではないだろうか。
「今ちょっと迷ってる」
「なんで?」
そう聞かれて、優香のことや優香がなりたかったカウンセラーの事を伝える。カウンセラーになったらきっと優香の知らなかった部分を知れるんじゃないかと思っていることを伝える。
「良いと思うよ。でもさ、優香ちゃんはしずくに知って欲しかったのかな?知って欲しかったら言ってたんじゃないの?」
確かにその通りだ。言わなかったということは僕に知ってほしくなかったのかもしれない。そう思った時に一つの描写が思い返される。
和馬の引退試合を見た後の2人で行ったカフェで僕は初めて優香に強く言葉を発せられた。
あの時優香は何かを言おうとしながら言うのをやめた気がしたことを思い出す。確かあの時は優香に対して羨ましいと言った事を強く否定された。それにあの時優香は早く家を出たい。私の人生なのに。そんなことを言っていた気がする。
あの時何を言おうとしたのかよりも、なぜ言わせてあげる事ができなかったのか。その後悔が今になって押し寄せてくる。
僕はいつもそうだ。相手の言いたいこと、相手が汲み取ってほしい事をまるで理解しない。
理解できる人になりたい。その思いから僕は口にしていた。
「それでも僕は優香だけじゃなくて人の気持ちがわかる人になりたい。わかって支えられるような人に。」
「しずくがそう思うならそれで良いと思う。頑張りなね。」
それから僕は目的ができた事で勉強も捗るようになっていった。
和馬は野球で大学が決まったらしく、これからも野球を続けていくらしい。
たまに一緒にカフェに行って勉強に付き合ってくれる事もあった。
一緒にいる時は自然と優香の話をする事もあったが、優香の生活やなぜ死んだのか、そう言った事にはお互い触れずに過ごしていた。