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蝉のように儚く  作者: 櫻井賢志郎
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人生で最も輝く時はいつなのか。誰にもわかるはずのない答えを、バスに揺られながらふと考える。

「人間は、みんなに愛されてるうちに消えるのが一番だ」誰の言葉だったかは知らないけれど、僕にとってこの言葉が意味するものは、まさに人生の輝く時を知ることにつながるんじゃないだろうか。


そして、彼女が死んだのもきっとこの言葉が意味するところなんじゃないか、、どうして死んだのか、何かしてあげられることがあったんじゃないか、そう思って考えるのを辞めた。

死んだ人のあれこれを勝手に考えるのは辞めようと頭の中で別のことを考える。

今日カウンセリングに来た悠太くんの話を思い出しながらカウンセラーになった今ならきっと彼の力になれる。ならなきゃいけないと心から思う。


あれから数年が経ち、今僕はカウンセラーとして中高生を相手に仕事をしている。この職業に就いたのも今思えば不純な動機だったかもしれない。この仕事に就く事で少しでも彼女の事を知る事につながれば、あの時何もできなかった僕の気持ちが少しでも軽くなればなんて思いもすべては結局、自分だけのためのものでしかないのかもしれない。


それでも、この仕事に就いた事に対しては後悔をしていない。

子供達の話を聞く中で、小さな悩みから大きな悩みまでその子にとっては関係なく重要なものであり、時にはそれが死に直結する内容である場合だってある。

心の中を覗く事はその人の人生を覗くことと等しく近いものなのかもしれない。


そんな繊細な仕事だけれど今はこの仕事について良かったと思う。たくさんの悩みを抱えた子どもたち、その周りの大人たちがどんな風に生きていくのかを知りながら、少しでもその人のためになる事ができたら、少しでもその人がその悩みを超えることのできることへの手助けができていたなら僕は嬉しい。

どんな結果になるかはわからないけれど僕がカウンセリングをして救えた命があったなら、あの頃の僕に自信を持って今の自分を誇る事ができる気がする。君が進んだ道は間違っていなかったよとあの頃の僕の背中を押してあげる事ができる。そんな気がしていた。




「しずくってどう書くの?」

「あ、、」

わざわざ後ろを向いて尋ねてきたこと、しっかりと目を見て尋ねてきたこと、普通の人はきっとそんなことに困惑せずにそのまま会話を広げられるのかもしれない。でも、僕はそうじゃない。

前の席に座る鮎坂優香さんは、別に興味があるわけでもなさそうに、「こう?」といって雫という漢字を僕の机に書く。


「ひらがなで、しずく」

一言で僕は返し、すぐに会話を切り上げようとする

「ひらがなか!いいね!」

「ありがとう」

ここで会話は終わると思っていたし、終わらせてほしかった。


「私もひらがなとか漢字一文字の名前が良かったんだよね~鮎坂まではいいのに優香ってなんか普通じゃん~」

「そうかな」

「そうだよ!海瀬しずくって文字にしてもきれいな形だしかわいくて羨ましい!」


だから早く会話を切り上げたかったんだ。僕は自分の名前が好きじゃない。女の子みたいだと小学生の時にからかわれたことだってあるし、僕自身も女の子みたいな名前で嫌だと思っていた。

もし、同じしずくでも、雫と漢字だったなら少しは男の子らしい名前に近づけていたかもしれない。ただでさえ女の子みたいな名前なのにひらがなだと余計にそう感じてしまう。


その後も鮎坂さんとの会話は続いて、気が付けば2時間目の始業のチャイムが鳴っていた。

10分にも満たない会話の中で、優香という名前が大した意味もなく付けられたこと、高校1年生になってすぐからずっとバイトをしていること、彼女は自分のことを恥ずかしがることもなく話してくれた。

僕の学校はそれなりの進学校という事もあり、バイトに打ち込んでいる子がいない訳ではなかったがかなり少数であったため若干の違和感を覚えた。




「ただいま」

「おかえり、お父さんもうすぐ帰ってくるから、ひなたが出たらお風呂入っちゃって」

「姉ちゃんもう帰ってるんだ。姉ちゃん出たらLINEして」

母さんとの会話が終わるとすぐに自分の部屋へ行き、ベッドに横になる。

目的があるわけでもなくスマホを開き、SNSを眺める。ホーム画面に戻るとLINEの通知が入っていることに気が付く。

てっきり姉ちゃんが風呂から出て母さんからのLINEが入ったのかと思ったけど、違った。


新しいクラスになって初日だというのにもうクラスラインのグループができていた。3年生ということもあり、クラスの中には過去2年間で同じクラスになった子もいたからLINEを知られてるのも不思議ではない。

意識していたわけではないけれど気が付けばグループメンバーの中から鮎坂さんの名前を探していた。

本名で登録されていたこともあり簡単に見つけた鮎坂さんのアイコンは、友人との加工アプリで撮った笑顔の写真だった。


新型コロナウイルスの拡大で日常生活はマスクをして過ごす高校2年間だったこともあり、マスクの下の顔をはっきりと知らない子は少なくなかった。最近になってやっと緩和され、マスクをしながらの外出も許されているくらいだ。

今日鮎坂さんに話しかけられた時もお互いにマスクをしていたし、それが当たり前になっていたからあの10分にも満たない時間の中でマスクの下はどんな顔なのか、どんな表情で今話しているのか、そんなことは気にもならなかった。


僕にとってはマスクをつけなきゃいけない毎日もそうじゃない毎日もどちらでもよくて、なんとなく過ごす日々であることに変わりはなかった。

変わりのなかった日々も受験がある今年はそうもいかない。

別に行きたい大学もなければ、将来やりたい事があるわけでもない。ないことはないけどないに等しい。

ふとスマホに視線を戻すと通知が増えている。母からだ。


脱衣所に向かう途中の廊下で姉ちゃんとすれ違う。

「おかえりしずくちゃん!」

「ただいま」

いつも通りの噛み合わないテンションで安心すら覚えながら脱衣所へ向かう。


姉ちゃんは二つ上で今は絶賛大学生を満喫している。僕とは違って常にグループの中心にいるような、明るくて誰からも好まれる人だ。

姉ちゃんとは昔から仲が良くて基本喋ってるのは姉ちゃんだけど、なにかと僕を守ってくれる存在だった。

姉の後ろにくっついてばかりだったから今の僕はこんなに内気なのではないかと思うほどに対照的な存在で羨ましくすら思う。


風呂から上がり食卓で食事を摂る。僕の家は昔から食事は家族みんなで食べるのが当たり前になっていた。

小さい頃は食べ方や箸の持ち方なんかを注意された覚えもあるけど、今となっては何を言われるわけでもなく姉ちゃんに関しては食べながらスマホをいじるときてる。

でもこれが普通と言われれば普通だなと思うそんな家庭だなと思う。


食事を終えて自室へと戻り再度スマホを開くと鮎坂さんからLINEの友達申請がありメッセージが来ている。


「前の席の優香だよ!!

しずくくんこれからよろしくね〜」


こちらこそよろしくね


素っ気なく思われてしまうかなとも思ったが、僕はいつもこうだ。と思いながら返信をする。

わざとらしく名前がメッセージの中にある事が気になるがきっとちゃんとひらがなって覚えたよとでも思っているのだろうなと思うことにする。


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